第436話 何度目かの結婚式
十月になったばかりの、その日。空はまさに秋晴れだ。
シュトゥットガルトの教会は、俺たちの家族や闇一族、そして街の有力者で埋め尽くされていた。俺は、ライトグレーの礼服をまとって、一人たたずんでいる。
「さあ、今日の主役が来られましたよ」
ツェリの声に振り向けば、白一色のドレスに身を包んだ少女が、聖堂の入り口から一歩一歩足を踏みしめて、こちらへ向かってくる。チョコレート色の髪をヴェールで隠して、いつもの姿とは違うしおらしい風情を漂わせているのは、もちろんミカエラだ。少し勘違いも混じってしまったけれど、生涯を共にする約束を、あの迷宮の中で交した彼女と俺は今日、結婚式を挙げるのだ。
花嫁をエスコートしてくるのは、初老の男性……ミカエラを貴族扱いにするために、グレーテルが無理やり養子に突っ込んだリューネブルク男爵家の、入り婿様だ。便利使いされただけなのに、人の良い男爵夫婦は活発なミカエラを好ましいものに思ったらしく、短い付き合いの中でもずいぶん可愛がってくれて……ミカエラの方もずいぶん懐いていたようだ。たった今も本当の父に対するように信頼して腕を預け、養父の方も本当の娘を見るような柔らかい視線を注いでいる。
そして養父から彼女の手をバトンタッチされた俺。並んで、司祭ツェリの前に立つ。ツェリはその目を少し細めて微笑むと、何やら聖典の一節を朗読しては、至高神の教えを説く。まあようは、子を産み育てることは人間にとって一、二を争う大切な義務であるというような、そんなことだ。そんな説教をひとくさりぶった後、ツェリがミカエラに向き直る。
「リューネブルク男爵家令嬢、ミカエラよ」
「はいっ!!」
いやいや、ここはそんなに元気いっぱい答えなくていいところだからね。一応たった今は、厳粛な儀式の、真っ最中なんだから。
まるで小中学生の点呼みたいな勢いのミカエラに優しい視線を投げて、ツェリが厳かに問いかける。
「ミカエラ・フォン・リューネブルクよ」
「はっ、はいっ!」
「汝は隣に立つ男ルートヴィヒを夫とし、その生涯が終わるその時まで、この男を慈しみ、深く愛し、守り続けることを、この男に誓えるか? そしてこの男が慈しむ妻たちを尊重し、その意に従い、共に手を携えてこの男を支え守ることを、至高神に誓うことができるか?」
う〜ん、これは要するに「先に妻になった奴らはお前の上席なんだぞ、逆らわずに言うこと聞いとけよ」ということなのか。俺の気持ちとしては妻たちはみな等しく大切なんだけれども……こんな中世的社会では、そういうわけにはいかないらしい。
「はいっ、誓いますっ! ルッツ様を一生愛して……ベアトリクス殿下、マルグレーテ様、アヤカ様、フィオレンティーナ様……皆様をお姉様として仕えさせていただいて、共にルッツ様の敵と、戦いますっ!」
だけどシンプルな価値観を持つミカエラは、そんなことにモヤモヤしてはいないようだった。ただ俺を好きだと言ってくれて、その妻である「お姉様」たちを敬い、従うと言い切っている。
ま、彼女の育った特殊な家庭環境を考えれば、それも無理のないことなのかもしれない。幼かったミカエラにとって家族は、自らを疎み、虐げ、傷付ける存在だったのだ。そこに「自分をいじめてこない姉」と「やたらと餌付けしてくる兄」が一気に現れたら、そりゃあこの「家族」を大切にしたくもなるよな。
花嫁に似つかわしくない長台詞に苦笑を噛み殺しながら、ツェリが俺の方に視線を向ける。
「バーデン侯、ルートヴィヒ・フォン・シュトゥットガルトよ」
「はい」
「そなたはこのミカエラを妻とし、生涯慈しみ、愛し、疲れた心を癒し慰め続けることを誓えるか。そしてあまたの妻たちすべてを等しく愛し、一人として悲しませないことを、至高神の御前で誓えるか」
なるほど、俺みたいな節操のない一夫多妻男に誓わせる言葉は、こういうものになるのか。もちろん俺は妻を泣かせるようなことはしたくないが……俺が種付けに行くたびにベアトやグレーテルが涙を浮かべていたことを思い出して、胸が少しキュッと収縮する。とはいえその二人とて、今では「そうか」「行ってくれば?」程度のうっすい反応になってしまったのは、俺が悪いんだよなあ。
「誓います」
ここはもちろん、こう言わねば先に進まない。どうせ今後も種付け稼業はやらねばならないのだ、絶対に泣かせないと言い切る自信まではないけれど、そうならないように精一杯配慮させてもらうとしよう。そして、ミカエラを一生可愛がることだけは、全力で約束しよう。こんな可愛い妹みたいな、もとい仔犬みたいな少女を、この腕から放してやれるはずもない。
「ここに、若き二人が結ばれたことを証しよう。二人を引き合わせた至高神の恩寵に、深き感謝を」
ツェリの締め言葉に、参列者が一斉に、胸の前で両腕をクロスさせる、おきまりの祈りポーズをとる。隣を振り向けば元気娘のミカエラが、珍しく涙など浮かべていて……思わずグッときて、ヴェールを荒っぽくはねのけて……少し大きめの唇に、深く口づけた。




