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【書籍四巻】定年後は異世界で種馬生活【コミカライズ】  作者: 街のぶーらんじぇりー【種馬書籍四巻/コミカライズ】
第八部 新迷宮に挑む

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第437話 【第八部終了】愛する人にあげるモノ

「こ、これは……」


「うん。あの迷宮でボスを倒してドロップした品だよ。アーティファクトってほどじゃないけど……」


 クラーラの前には、妙な四本足がついた金属製の舟。赤みを帯びた金属でできているが、明らかに銅とは違う輝きを放っている。


「これは……疑いなく、アダマンタイト製。薬師の間で伝説となっている『神の薬研』というものではありませんか?」


 ああ、そういえばニコルさんもそんなこと言ってたな。


「そうらしいね。みんなが俺に任せてくれるって言うから、これはクラーラに使ってもらおうかと思って」


「で、でも……探索隊の中にも高位金属性持ちの女性がおられたはず。これを手にする幸運は、その方に与えられるべきでは……」


 薬研を持つその手は、細かく震えている。俺にはわからないが、高位金属性持ちの彼女には、こいつがとんでもない魔道具だってことがびんびん伝わっているらしい。クラフト命、それも製薬では大陸トップの実力を持つクラーラにとっては垂涎の品であるはずだが……過剰なくらい周囲に配慮するのがならいとなっている彼女は、これをニコルさんに渡すべきだと言う。


「うん。ニコルさんもきっと欲しいんだろうね。だけどその彼女自身が、この薬研をクラーラにって、言ってくれているんだ。君がこれを手にしたら、この国の人々を救うすばらしい薬を、次々と調合してくれるだろうって」


「も、もちろんそうなれば、全力を注ぎますけれどっ!」


「そして俺も、クラーラにこれを使って欲しいと思っているんだ。君ならこの魔道具の力、一滴残らず引き出してくれるだろうって、期待しているんだよ」


 クラーラは、視線を伏せたままだ。もう一声かけるべきかと迷う俺だが、ゆっくりとその顔を上げた彼女が、その頬に強い決意を刷いているのを見て、その肩に伸ばしかけた手を止める。


「わかりました、このすばらしい魔道具をお預かりしましょう。この道具ならば……あまたの薬師が挑んで果たせなかった『イリクシア』を調合できるかもしれません。試させてください」


 おい、マジか。『イリクシア』ってのは、魂が身体を離れてさえいなければ、どんな重症だろうが重病だろうがたちどころに治してしまうという伝説の万能薬。確かにこの国でそんなモノに挑戦できるのは、あらゆる調薬レシピを諳んじ、抜群の魔法制御力を持ち、俺の種から得た魔力で日々その技術を研鑽し続けている彼女しかいまいが……。


「作ってみせます。だって、ルッツ様がくださった薬研ですもの。私のすべて……生命も含めて、ここに注ぎます」


 いやいや、お薬作るのに自分の生命を張るのはやめてね。そう返そうと思った俺は、言葉を飲み込んだ。だってクラーラの瞳に、蒼い炎が……久しぶりに見る執念の炎が、めらめらと燃えていたのだから。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「無理もない。製薬に関わる貴重な魔道具を、しかも愛するルッツから直接与えられたら……クラーラ姉のブレーキが壊れてしまうのは、仕方あるまい」


 そう口にした我が正室様が、陶器人形みたいに冷たく整った顔を、ふっと緩める。ちなみにこの世界、なぜか馬車にもブレーキが付いているのが標準だから、こんな現代的な言い回しが存在するんだ。


「うん、ちょっとクラーラの製薬にかける情熱を、忘れちゃってた」


 ものづくりに関して万能のクラーラだけど、製薬に対しては何か特別なこだわりがあるらしい。いつもしとやかに身を慎んでいる彼女が薬の話になると目をギラギラさせるのは、なんでだろう。


「知れたこと。ルッツとぴったり身を寄せ合い、その魔力を注がれながらポーションを作ったことが、クラーラ姉にとって人生で最も美しい思い出になっているのだ。私もその話、何度聞かされたことか。そのたびに少しだが……妬ける」


 白皙の頬が、少し紅く染まる。普段感情を顔に出さないベアトがこうしてたまに見せるデレは、なかなかグッとくるものがある。思わず抱き寄せて、その桜色の唇を、じっくりと味わってしまう。あの防衛戦の最中に種付けして三ケ月、まだ彼女のお腹が自己主張していないことを確認して、ゆっくり身体を離す。


「ルッツのキスは危険。したくなってしまうではないか」


 生々しい第一声に、思わず笑いそうになってしまう。ベアトもすっかり俺と楽しむそれを、気に入ってくれているらしい。思わず暴れん坊将軍が起動してしまったが……子を孕んだら「しない」のがならわしであるこの世界、しばらくは我慢だ。


「うん、早く子を産んで、また……したい」


 上目遣いでそんな可愛いことを言われたらもうたまらんのだが、今日の目的はそこじゃない。用意していたそれを手に取って、ベアトのちっちゃい頭に、ちょこんと乗せる。


「こ……れは?」


「今回の探索で見つけたアーティファクトさ。光の防御魔法がいっぱいかかってるんだそうだよ。俺が好きにしていいっていうから、ベアトにかぶってもらおうと思って」


「私に?」


「うん。ベアトが前線に立つことは少ないかもしれないけど、いろんな奴から狙われてる。大切なベアトに傷ついてほしくないから、どうか身につけていてくれないかな」


 光のサークレットは、まるでそこが定位置でもあるように、豪奢な金色の上でプラチナ色の光を放っている。変な装飾がない分、余計に髪の色艶が強調される。少しベアトには大きいように見えていたけど、頭に乗せたらぴったりサイズ、まるで彼女のためにあつらえたかのようだ。


「……うれしい」


 言葉とともに、透明なしずくがひとつ、頬をつたう。そして、俺に向けてくれた微笑は、まるで少女のように輝いていた。


 ……それ以来、ベアトはどこへ行くにもこのシンプルなサークレットを身につけて離さないようになった。かくして王室ご自慢の豪奢な皇太女仕様ティアラは、使われることがなくなり……宝物庫に仕舞い込まれる羽目になったという。


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