第434話 剣を捧げて
「うん、うまくいったわ。ルッツのおかげよ」
いやいや、結局俺って、何の役にも立ってないじゃん。厨二病っぽい想像に盛り上がってた俺を、いじりたいのだろうか。
「そうですね、やはりルッツ様の魔力は、すばらしいです」
あれ? なぜかアヤカさんまで、意味不明の褒め言葉をくれる。彼女は俺のプライドを傷つけるようなことを、決して言わない女性だけど……あのみっともない奮闘劇が、何かグレーテルの助けになったってことなんだろうか。
「いにしえの伝説を思い出したのよ。聖剣に選ばれし勇者は、その身に神を降ろして、ようやくそれを抜いたのだと。つまりは、神に等しい魔力を注がないと、剣は抜けないってことよ」
ああ、そう言うことなのか。俺の有り余る魔力が聖剣にエネルギーを与えて、あの黒石と切り離す働きをしたってことか。
「まあ、そういうことかな。どうせならルッツが抜くことができれば、カッコよかったんだけど……やっぱり最後は、光属性の魔法使いじゃないと、ダメだったみたいね」
ちぇっ。結局のところ、この世界で勇者になれるのは、女性だけってことか。まあいいや、勇者として魔王と戦うより、俺には強き女性を支え、癒してあげるほうが性に合ってるさ。
「さあ、この聖剣、どうしようか?」
あれ? グレーテル、君が使うんじゃないの? 俺の驚いた表情に気づいた彼女が、少女っぽい微笑を浮かべる。
「私はいいのよ。本来得意なのは格闘戦だし……ルッツがくれた、この斧があるのだもの」
真剣そのものの視線に、ズキュンと胸を撃ち抜かれる。
そう、彼女はもともと素手ゴロが一番得意、もちろん武器で戦う術も身につけていたけれど、それは貴族にふさわしく中剣による戦闘術だったのだ。だけど彼女の木こりスキルを活かしたかった俺が、斧なんかプレゼントしてしまったおかげで、いたくそれを気に入った我が幼馴染は、いつしかどこへ行くにも何と戦うにも、その斧を背負うようになってしまったのだ。
それは決して、彼女に斧戦闘スタイルが合っているということではないだろう。彼女はただ「大好きな男のくれたもの」というそれだけの理由で、己の生命を預ける主武器を、あっさりと変えてしまったのだ。
それは、男としては冥利に尽きるけれど……この世界に生きる人々にとって幸せなこととは言えないだろう。この間の魔物大襲来といい、森人族長が予言した魔神のことといい、この大陸は今も、不安要素でいっぱいだ。そんな脅威から人々を守ってくれるべき勇者は、最強の存在でなければならない。そりゃ魔銀の斧を振るうグレーテルにかなう奴がそうそういるもんじゃないだろうけど、聖剣を握った彼女の方がはるかに強いであろうことは、疑いない。
「グレーテル。その聖剣は、君が佩くべきだと思う。勇者は、それにふさわしい武器を持つべきだ」
「だ、だって……この斧は、ルッツが初めてくれた……」
うん、やっぱりそんな理由でこだわっていたんだね。とってもうれしいけれど、ここは納得してもらわないと。
「ね、グレーテル。君は、生命をかけて愛し守る相手を見つけた、生涯かけて尽くすその相手は、俺だって言ってくれたよね」
俺の言葉を聞いた愛しき幼馴染の頬に、一気に朱が散る。
「た、確かに、言った、けど……」
「じゃあ、俺に騎士の誓いを捧げてくれよ。この、聖剣で」
「えっ……」
グレーテルが戸惑うのも無理はない。騎士が剣を捧げるのは、あくまで上位のものに対してなのは、元世界と同じだ。だけどこの世界は、あらゆるところで女性上位……つまり女性騎士が忠誠を誓う相手は、ほぼほぼ女性しかありえないのだから。
それなのに俺は、幼馴染のまっすぐな気持ちを利用して、自分に剣を捧げろってずうずうしく要求している。種馬としての価値しかない、弱っちい俺に。誇り高い彼女にはきっと腹立たしいだろうけれど、グレーテルに聖剣を執らせるためなら、ずるくてもあからさまでも、何でもやってやる。
「俺を一生、守ってくれるんじゃなかった?」
「……」
意地悪い俺の言葉に、彼女は目を伏せる。細かく震える肩が、グレーテルの怒りを表しているようで……ああこれ、成功しても失敗しても、修羅場が待っていそうだ。
「……誓うわ」
きっと上げられたそのグレーの瞳には、強い光が満ちている。そして彼女は俺の前にひざまずき、聖剣を頭上に捧げて、お決まりの台詞を吐き出しはじめた。
「私マルグレーテは、貴方……ルートヴィヒ様を生涯のつがいと仰ぎ、この剣と生命を捧げます。貴方、貴方のお子、そして貴方が守りたいすべての者たちを、全身全霊で守るため、戦うことを誓います」
俺はその剣を取り、静かに握って、その刃面に口づける。俺の魔力が伝わったのだろうか……ひときわ強い光を放った聖剣を、彼女の左肩に当てる。
「我が最愛の幼馴染、グレーテル。君の誓いを、確かに受け取ったよ。この聖剣を執り、我々が守るべきこの国の民を、悪しきものから救い、守ってほしい」
「必ず」
もう一度聖剣をその手に戻せば、我が妻はすっくと立ち上がり、堂々と胸を張って、熱のこもった視線をまっすぐ突き刺してくる。それはまさに勇者にふさわしいもので……俺はしばらく、その高貴で勇壮な姿に見とれた。
まあ、胸を張っても張らなくても変わらなかったことも、付け加えておく。




