第433話 勇者の証明
「さあ、最後のアーティファクトと、ご対面ね!」
愛しき幼馴染を先頭に、隠し部屋に踏み込む俺たち。学校の教室くらいの広さを持つ空間の奥にはひと抱え以上ある玄武岩みたいな黒っぽい石塊がどんと鎮座して、なぜかそこには、一振りの剣が突き刺さっている。その剣が放つ不思議な光が、部屋全体を柔らかく照らしているんだ。う〜ん、この「いかにも」っぽいセッティング、これは……。
「す、すごいですぅ! これはぁ、宝剣なんて軽い言葉で語れるものではないですぅ……神話に伝わる一対の聖剣、そのうちの一振り、ア、アルテミスの聖剣に、違いありませぇん!」
その話、俺も書物で読んだな。神代の昔、地上を統べていた夫婦神の佩く太陽の聖剣と月の聖剣……その、月にあたる方が「アルテミスの聖剣」と呼ばれていたとか。こんな辺境の迷宮に、そんな大物が眠っていたというわけか。至高神を崇める一神教的なこの世界にも、大昔に遡ればギリシア神話みたいな神様がいっぱいいるところは面白いが、そこに突っ込んではいけないのだろう。
「特に、トラップが仕掛けられている様子はありませんねぇ……ふんっ!」
剣の刺さっている石を慎重に調べていたニコルさんが、意を決したように剣の柄を握って気合を一発入れる。だけど……。
「抜けませんねぇ……」
まあ、それはいわゆる、ファンタジーラノベおなじみのアレか。選ばれし勇者じゃないと抜けないという、ご都合設定。逆にそれを抜くことができれば、平凡な少年がいきなり世界最強になってしまう、よくあるテンプレだ。
ならここの役者は「光の勇者」グレーテルしかいないように思うのだが、当の本人はそれほど、聖剣に思い入れがないらしい。
「たぶん光属性でないと抜けないのでしょう、イレーネ、さくっと抜いちゃいなさい」
「ええっ! そんな、私ごときが……い、いえ、まあ、奥様がそうおっしゃられるのでしたら……」
最初は遠慮していたイレーネも、目をキラキラと輝かせる。やはり光属性の戦士にとって「聖剣を抜く」というのは、一度は夢に見るスペシャルイベントなのだ。
「はぁっ……ふんっ!」
彫像みたいに整った顔をゆがめて、イレーネさんが柄を握った両手に、満身の力を込める。抜けるように白い肌が一気に紅潮するシーンにはえもいわれぬ色気が漂うのだが、今はそんなこと考えてる場合ではないか。
「びくともしません……やはり、選ばれた勇者にしか抜けないのですね」
がっくりと肩を落とすイレーネさん。残念ながら聖剣というやつは、なかなか頑固なようだ。我が幼馴染はしばらく考え込んで、何かを思いついたらしい。
「これを抜くには、ある程度の魔力が必要なのかもね。この中で一番魔力が多いのは……」
そりゃあグレーテル、君だろ。いや、もしかしたらアヤカさんか。そんなことを考えつつぼんやりしていた俺は、みんなの視線が自分に集まっていることに気付かなかった。
「魔力量『だけ』なら、ルッツ様ですよねっ!」
「そうですよねぇ。ルッツ様が魔力切れになったことなんて、見たことないですよぉ」
「聖剣が、魔力量を求めているなら、ルッツ様が適任かも知れませんね」
え? もしかして、俺が聖剣を抜く流れになってるの?
「やってみなさいな、ルッツ」
グレーテルまで、そんなことを言い始める。いくらなんでも、そりゃないだろ。
だけどこれは、ひょっとすると一生に一度のチャンスなのかも知れない。この世界では魔法を使えない男は、戦闘行動では肉壁しか役に立てない。だけど、聖剣に選ばれたら違うだろう。剣そのものに光属性の力があふれる聖剣が、俺が持つほぼ無尽蔵の魔力と結びつけば、結構スゴいことになるんじゃないか? 久しぶりに厨二的なヴィジョンが脳裏に浮かんで止まらないぞ。
ワクテカしつつ、俺は聖剣の柄を両手で握る。ぐっと力を込めれば、淡い光を放っていた剣身が、その輝きを一気に増す。この聖剣、確かに俺の魔力を吸って、それに反応している。
「おおっ」「聖剣が目覚めたの?」「抜けるかもですっ!」
女性陣がわいわいと盛り上がっていて……もちろん、俺もだ。きっと、男性初の勇者伝説が、今こそ始まるんだ。
「よし、抜くぞ! うおおおおおおぉぉっ!」
背筋に渾身の力を込めれば、聖剣のプラチナ色した輝きが、その明るさをいや増す。こ、これはいける。
「むあああああぁっ!」
剣はなかなか抜けないが、さらに輝きを放つそれに勇気付けられて、俺は全身の力を振り絞る。そして……。
「………………ゴメンナサイ、ムリデシタ」
筋肉に蓄積した乳酸との戦いに敗れ、俺はがっくりと肩を落とした。聖剣はまばゆく光っているというのに、俺の力では引こうがコネまわそうが、びくとも動かせなかったのだ。
疲労困憊の情けない姿で見上げる俺に、我が勇者はなぜか優しい目を向けた。
「ありがとう、ルッツ。じゃあ、抜いてくるね!」
その言葉の意味を理解できず呆けている俺に一つウィンクを投げて、グレーテルは聖剣を握る。力みかえるわけでもなく、ごくごく自然にその手を引き上げれば、剣はするりと台座の黒石から抜けた。彼女が軽く剣を八の字に踊らせれば、その切っ先の軌道が、光のリボンを描く。
それは我が妻が聖剣に選ばれ、本当の「勇者」になった瞬間だった。




