第431話 あとは、お宝が?
「ラスボスのドロップが、これですの?」
ひときわ重厚華美な宝箱の中身を見て、メルセデスが不思議そうな顔をしている。ま、興味ないやつにはそうかもしれないな。箱の中には、四本足のついた小舟みたいな器と、掌より少し大きいくらいのホイールの中央に、両手で持てるようなシャフトが貫通している道具……紅みを帯びた金属でできてるみたいだけど、銅製じゃない、もっと硬い材料だ。う〜ん、この道具、なんて言うんだったかな。元世界の漢方薬専門店で見たような記憶があるけど。
「そ、そんなことを言ってはいけませぇん! これは『神の薬研』に違いありませぇん! アーティファクトではありませんけど……それに準ずる秘宝ですぅ!」
いつもはのんびりまったり、ゆるふわトークが持ち味のニコルさんが、珍しく熱くなっている。そうだ、そういやこれ薬研っていうやつだった……薬材を舟に入れて、あのホイールでゴリゴリやるんだよな。中世ヨーロッパっぽいこの世界だけど、こういう東洋風の道具も存在するんだなあ。
なるほど、製薬に関する魔道具だったか。となれば、金属性の魔法を磨くことを生きがいとしているニコルさんが、食いつかないわけがない。薬研を見つめる彼女は、今にもよだれを垂らさんばかりの表情をしている。
「あらあら、金属性専用の魔道具ね。これはルッツに任せるわ。最もこれが似合うひとに、渡しなさい」
「ここまで上等な品を手にするにふさわしい方はぁ、もう『薬師姫』クラーラ皇女殿下しかいらっしゃらないと思いますぅ!」
ドロップが武器ではなかったことで、興味を失った風情のグレーテルが俺に処置を丸投げすれば、食い気味にニコルさんがかぶせてくる。
ああ、これは優しいニコルさんの、気遣いなのだろうな。この魔道具、この怪しく紅い材質にしろそのたたずまいにしろ、タダモノではない。おそらく金属性を極めたいニコルさんには垂涎の品で……だけどベルゼンブリュックには金属性、特に薬を調合することに関してはダントツナンバーワンの、王女クラーラがいる。冷静に考えたらこれを手にするべきなのは、クラーラだ。
だけど俺って、そう合理的に物事を判断できる人間じゃないんだよね。地味な仕事をコツコツこなして貢献してくれて、一緒に危機をくぐり抜けた女性も、同じくらい大事にしたい思いがあって……理屈ではクラーラに与えるべきものとわかっていても、ニコルさんのことが気になって、いつまでも決められなきて悩むだろう。
そんな性格をよく知ってるニコルさんは、俺が困らないようにと先回りして助け舟を出してくれたということなんだろう。声も性格もゆるふわなのに、肝心なところではお姉さんらしく、暖かく包んでくれる彼女は、俺の心の……まさにオアシスなんだ。
「うん。これはクラーラ殿下に差し上げることにしよう。ニコルさん、ありがとう」
彼女の配慮に俺が感謝していることは、ちゃんと伝わったみたいだ。ニコルさんはそのたれ目を優しげに下げて……不意に、口角を上げた。
「そうおっしゃってくださるのでしたらぁ、もう少し素材をかついでいただけるとぉ……持ちきれなくて、結構置いてきちゃったんですよねぇ……」
ゆるふわの皮をかぶっているのに、向けてくる圧力がすごい。まったくこの人は、素材となると……もちろん、望みはかなえよう、俺の四倍容量ザックに、収まる限り。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで? 最後のアーティファクトはどこなの?」
そうだった。目的はクラーラへのお土産じゃなく、アーティファクトだった。グレーテルが問いかけた探知役のデリアさんが、さっきから首をかしげている。
「数メートルの距離なのですが……この、石壁の向こうです」
ラスボス部屋にふさわしく、ここより先に続く通路は見当たらず、目の前には大理石のようなクリーム色の磨き上げられた石壁があるだけ。だがデリアさんの魔力探知スキルは、さらにその先に、アーティファクトの気配を感じているらしい。
「じゃあ、壊してしまえばいいのよ! 二十センチや三十センチの石なんて、私の蹴りで一撃よ!」
強引な結論に持って行こうとする我が幼馴染だが、ここは我慢してもらわねば。迷宮を物理的に壊して攻略しようとした冒険者が、大崩落を起こして生き埋めになった事例は、王立学校でも習っただろ。
「じゃ、どうすればいいのよ……」
俺の制止に不満げながらうなずいたグレーテルが、口を可愛くとんがらせる。
「たぶん、なんらかの仕掛けがあるはずだと思うんだよね。この壁のどこかを押すと、全体がパカッと開くみたいな……」
俺の思い付きに、みんなが不思議そうな表情になる。そうか、こっちの世界にはこういう発想はないか。これって元世界のアニメで、合体ロボの秘密基地とか、ジャ◯ローみたいなのをさんざん見てきたからなのかもな。一同が考えに沈んだ静寂を、力強い高音ボイスが断ち切った。
「……そういうお話なら、私が力を貸して差し上げられるかもしれなくてよ!」
もちろんその声は、もはやお馴染みとなった悪役皇女の高慢ボイスだった。




