第429話 ラスボスなのか?
さらに魔物を力任せにぶっ飛ばすこと十数体。俺たちは、デリアさんが予測した位置の、三十メートルばかり手前にいる。だけど、目の前には重厚な、両開きの扉。これはおなじみの、ボス部屋の入口……つまりは、ボスを撃破しないと、その先のアーティファクトにはたどり着けないってわけだ。
これまでのボス部屋と違って、扉の装飾がやたらと華美なのが、気になるところだ。これって、もしかして……。
「ここが、この迷宮の、最深部なのかもしれないわね」
グレーテルの言葉に、一同が真剣な表情でうなずく。それが意味するところは、この先にいわゆる「ラスボス」がいるってことだからな。
「このフロアは首無し戦士ばかりだったから、首無し騎士とか?」
「ここが最終地点だとしたら、これまでとは趣の異なる敵が待っている可能性が高いかと」
アヤカさんの返しに小さくうなずいた幼馴染が、これまでとは違って慎重に、扉を押し開けた。開けた隙間から、迷宮の底には似つかわしくない、明るい光が射してくる。
「こ、これは……」
「し、熾天使よっ!」
扉の向こうは、吹き抜けみたいに高い天井をしつらえた、ホールのような場所。光に満ちたその空間の中心に浮かんでいるのは、男とも女ともつかぬ中性的な容姿を持ち、白い羽根をその背中に負って翔ぶ、美しい人形の魔物。いや、司祭職の資格を持つグレーテルが叫んだ台詞を信じるならば、ラスボスは天使様なのだ。
神の御使いと交戦するのはいいのかどうか……とか考えている場合ではなさそうだ。その優美な身体はすでに手にした黄金の弓を引き絞り、いきなりこちらに向かって矢を放ってきたのだから。
「はっ!」
低い気合とともにアヤカさんが印を結ぶと、矢は砂細工のように崩れて消えた。
「ありがとう、アヤカさん」
「今回はうまく行きましたが、いつまでも防ぎ止められるものではありません。光属性の攻撃は、闇属性の守りを突破する特効を持っていますから」
ああ、それは俺もこの世界に来てから学んだ。属性には相性の良し悪しがあって、それ次第で戦闘力のバランスが変わるのだと。代表的なのが光と闇で、アヤカさんが言ったように、光の攻撃に対し、闇の防御は不利になるのだとか。
「ですから、攻めるしかありませんね!」
何につけても慎重なアヤカさんが、グレーテルを追い越して最前線に出ると、忍び刀を一振り。虚空に浮く敵には届かないけれど、その切っ先から闇のオーラが実体化し、刃となって飛ぶ。余裕綽々といった態度だった天使野郎が、慌てて飛びすさる。
そう、光と闇の相性問題は、逆も成立するのだ。闇属性の攻撃に対し、光の防御は弱い。だからどっちのサイドも「当てたもん勝ち」で、攻撃偏重の戦い方にならざるを得ないのだ。
「アヤカを援護するわよ! イレーネは私と一緒に背後に回って! ミカエラは離れたところから石を撃ち続けなさい! メル様は他のみんなをバリアで守って!」
幼馴染の指揮に、あたかも十年来のパーティーでもあるかのようにメンバーがキリッと反応するのは、見事というしかない。
「ここにいるみんながぁ、ルッツ様を通じて、つながっているからですねぇ」
俺の背後に隠れたニコルさんがそんなことをささやく。う〜ん、それっていわゆる、竿姉◯ってやつか? だけどメルセデスとは、そういう関係になっていないし、なるつもりもないぞ?
「まあいずれぇ、そうなると思いますよぉ」
俺の言いたいことがわかったのか、そんな突っ込みを入れてくるニコルさんだ。ラスボス戦闘の真っ最中にこんなことを呑気に口走れるのが、彼女のゆるふわ特性というところだなあ。このひとがいてくれるおかげで、ギスギスしそうな雰囲気から、何度も救われてる。
おっと、今はそんな場合じゃない。目の前では愛しき妻たちが、生きるか死ぬかギリギリの戦いを、演じているのだから。
熾天使はまるで腕が何本もあるかのように、その矢を連射してくる。アヤカさんは回避に徹して、左右にひらりひらりと身を躍らせる。その動きはまるで舞のようで……思わず見とれそうになってしまう。だが、彼女の首筋に汗が光っているのに気づいて、決して余裕のある防ぎではないのだと悟った、その時。
「はあああぁっ!」
気合の声に振り向いた熾天使の眼前には、魔力を帯びてぶわっと広がったストロベリーブロンドの髪と、鋭く光を放つ、グレーの瞳。空中の敵は苦手とするグレーテルだが、いつぞや見せてくれたイレーネさんの腕を発射台にして飛び上がる〇海雑技団的な大技で、敵に迫ったのだ。
大上段に振りかぶった魔銀の斧を振り下ろせば、その刃は届かぬまでもそこから光の魔力が扇のように放たれる。とっさにかわした敵もさるものだが、避け切れなかったみたいで、羽根の先端が二十センチくらい断ち切られ、地面に落ちる。
「ふうっ!」
アヤカさんが、棒手裏剣を二本、立て続けに投擲する。羽根を傷付けて少しは動きが鈍くなることを狙った攻撃だったが、熾天使はするりと回避する。笑みなど浮かべる余裕があるところが憎たらしい。
「じゃあこれは、どうですかっ!」
弾むアニメ声とともに、数十個の黒い石礫が最高速で敵を襲う。まるで散弾銃のように面で制圧していくミカエラの投石攻撃を避けることは難しかったのだろう、熾天使は全身にまとう光のバリアを強め、石を跳ね返した……が、二、三ケ所から血を流している。攻撃に特化したSクラスの攻撃をモロに喰らって、無傷とは行かなかったらしい。
「よくやったわミカエラ!」
熾天使が気付いた時には、もうすでに我が幼馴染が、そこに肉迫していた。




