第427話 おかしなプロポーズ
キャンプ夕食の間にも、なにやら微妙な空気が流れていた。
メルセデスがじっとりした視線を向けてくるかと思えば、アゲハが背後から鋭く視線を突き刺してくる。二人の妻たちは、何やらため息をついているが……俺には何のことやらさっぱりわからない。
「ねえグレーテル、俺なんか間違えたかな?」
こっそり聞いてみる俺の腕をグイっとつかんで、なぜか物陰に引っ張り込む我が幼馴染。
「ルッツは異世界から来たから、この世界の習慣をいろいろ知らないのは仕方ないと思うけど……アレを知らないとはちょっと驚いたわ」
「そうですね、もう六年もこちらの世界で暮らしておられるのに……」
あらら、いつの間にかアヤカさんまで加わって、残念なものを見るような目を俺に向けてくる。
「この世界で女性に靴を贈るのは『貴女と共に人生を歩きたい』って意味なのよ?」
「えええっ!」
いやいや、そんな罠、知らんわ。確かにこの世界に転生してきてからしばらくは、そういう上流社会特有の暗喩みたいなのを勉強したけど……グレーテルと一緒に暮らすようになってからは彼女が何でも「こうしなさい!」って教えてくれるから、その手の貴族的な知識を仕入れることをサボっていたのだった。
そういえば……元世界の妻が言ってたかもしれない。女性に靴ってのは「俺の前からいなくなれ」「人生を一緒に歩きたい」のどっちの意味で解釈されるかわからない、微妙なプレゼントなのだと。その時は「ふ~ん」で聞き流してしまっていた、だって贈り物系のセレクトは全部、妻にお任せだったんだもん。
「だからよく考えてから、お気に入りの女性に贈りなさいという意味で、ルッツに任せたのだけど……ポンとその場で決めちゃうのだもの。どうせアイテム効果の俊敏性だけ考えて、決めたんでしょう?」
「ハイ、面目ないです……」
「まあ済んだことは仕方ないわ。それに、愛人たちの中でミカエラは一、二を争うルッツのお気に入りだしね。一緒に今後の生涯を送るのも、自然というものでしょ」
う~ん、よく考えれば、そうかも。一番って言えるかどうかは自信ないけど、少なくともリーゼ姉さんやクラーラと同じくらい、ミカエラが好きだ。彼女の有無を言わせぬ明るい笑顔が、何度俺を癒してくれたことか。そして、グレーテルの次くらいに、いつも俺の傍にいて、守ってくれる。大切な、大切な女の子なんだ。
「幸せそうな顔しちゃって……まああの子なら、いいわ。これからミカエラは妻の一人、公式な場所に側室として臨むのはしばらく難しいけど……彼女だってベルゼンブリュック貴族の養子になっているのだから、いずれ何とかなるでしょう」
「異存はございません。アゲハが複雑な顔をするのでしょうけど、よく言い聞かせておきますので……」
また口をはさむ余地のないまま、俺の妻を増やす話になってしまっている。まあ今回は明らかに俺が悪いのだ、仕方ない。
「それじゃ、この世界のマナーがなってないルッツに命令よ。今晩……」
もちろん俺には、こくこくとうなずくしか選択肢はなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
遠征用の二人用テントの中では、光の魔道具が薄いけど温かな光を放っている。俺の前では、ミカエラが毛布をわたわたと準備中だ。いつもなら俺と一緒のテントを譲らないグレーテルが、今日はむしろ積極的に、遠慮するミカエラをここに送り込んできているのだ。
「少し寒いね」
「ひゃ、ひゃいっ!」
いきなり噛んでしまうミカエラから、緊張が伝わってくる。いかんいかん、怖がらせてどうするんだ。
「今日は、突然ごめん。びっくりしたよね」
「お、驚きましたけどっ、う、嬉しかったのは本当ですっ。でも……ルッツ様、本当に『そういう意味』で、私に靴を下さろうとしたのですか?」
うっ、その道には鈍感なはずのミカエラにさえ、疑われている。だけどそんなことを正直にぶっちゃけても何もいいことはない。ミカエラを一生大事にしたい気持ちは本当なんだ、そこをぶつけていかないと。
「そこに座って」
俺が指差す先には、道具箱の上に薄いクッション、ちょっとした腰掛けになっている。少し首を傾げたミカエラだけど、素直にそこに可愛いお尻を乗せる。
「ちょっと待ってね」
怪訝そうな顔をするミカエラから視線を外し、俺はザックから「神速の靴」を取り出す。上等の魔道具とはいえ千年以上放置されていたのだ。みかねたメルセデスが水魔法で綺麗にして、ニコルさんが革の手入れをしてくれたんだよね。
「はい、足を出して」
俺のリクエストに、ごくっとつばを飲み込む気配がする。どうやら彼女も、これから俺がやろうとしていることを理解しているみたいだ。そう、グレーテルから先ほど厳しくレクチャーされた、誓いのお作法を。
「し、失礼しますっ……」
一つ大きく目を見開いたミカエラが、その可愛い素足を、俺の前にさらす。この国の貴族女性にとっては、素足を男に見せるというのは極めて「そういう意味」がある行為なのだというが……まあ子まで為してしまった俺とミカエラにとっては、いまさらだろう。
ミカエラの足を手に取り、その少しぷにっとした感触を心地よいものに思いながら、すっかり柔らかくなった靴を、ゆっくりと履かせていく。
「あっ……」
思わず触れてしまった足の裏がくすぐったいのか、ミカエラが色っぽい声を漏らす。その反応に思わず俺もムラっときてしまうけど、まだまだ儀式は終わらないぞ。優しく靴を左足にはめると、今度は右足。ミカエラはそのくりくりした目を自分の足に注ぎながら、熱い息を吐いている。
「ルッツ様。本気、だったのですね……」
「うん。これからもずっと、一緒にいてくれる?」
「も、もちろんですっ! むしろ絶対に、離れてあげませんからっ!」
頬に透明な二筋を流しながら、紫の瞳は俺を捉えて離さない。もう我慢できない、チョコレート色の頭をグッと引き寄せて、そこだけ大きな唇に、深く口づけた。




