第426話 何か、間違えた?
「あ~あ、そんな気もしてたけど、やっぱりメル様も陥落しちゃったかあ」
「仕方ありませんわね、ルッツ様ですから」
我が側室たちが、俺に聞こえるようにあきれ声で論評している。いやいや俺、あの皇女を口説いた覚えはまったくないのだが。てか、むしろあいつとは合わない。
元世界の価値観をまだ引きずっている俺は、どっちかというとアヤカさんのように控えめな女性が好みだ。もちろん己の力を信じて突き進むグレーテルのように、光り輝く女性にもドキドキするのだが……他を見下すような発言を繰り返すメルセデスのような女には、いくら綺麗で優れた奴だとわかっていても、ついムカッとしてしまう。そういう俺の心情が伝わっているからこそ、向こうもことさら、カンに障るような言い方をしてくるのだろうな。
まあ、ここで何か否定的なコメントをすれば、メルセデスに聞こえてまた怒られてしまう。せっかく少し友好的になってくれたんだ、こじらせちゃいかんよな。ここは口をつぐむしかない俺だ。
向こうの方では、ニコルさんとミカエラが、短剣を片手にスプラッタショーを演じている。ニコルさんは特大のフロアボス魔石と薬材になる爪が目当て、ミカエラはもちろん、未知の珍味であるボス熊の肉に、目を輝かせている。
「仕方ない子たちね。今日はここでキャンプして、十二階層は明日のお楽しみにしましょう。熊肉は重すぎて持っていけないから、ここで食べるぶんだけね」
この二人がいるところでは、まるでグレーテルがお母さんのように見える。「奥様」の許可をもらった二人が、きゃあきゃあ言いつつボス熊の死骸を切り裂いてゆく。なかなかシュールな光景だ。
「ニコル、そろそろボスドロップの確認もお願いするわ」
「あっ、そうでしたぁ……」
素材に夢中のニコルさんに、本来の役目を思い出させるのも、我が幼馴染の役目だ。血まみれの手をメルセデスの水属性魔法で綺麗にしてもらうと、ニコルさんはゆるふわの表情を少しだけ引き締めて、その場に出現した宝箱を見つめる。
「毒の罠が仕掛けられていますねぇ、私ではちょっと解除できませぇん」
罠解除を得意とするシーフも金属性だが、万能のクラーラと違って鑑定にかなり才能が振り切れているニコルさんには、ちょっと厳しいレベルの罠らしい。我が幼馴染がぴくっと眉を上げると、無造作に宝箱に手をかけた。
「みんな、離れていなさい!」
そう命ずるやいきなり箱を開けたグレーテルに向かって、まるで昭和のプロレスラーが吐く毒霧みたいに濃い緑色の煙が吹き付けられる。
「グレーテルっ!」「奥様ぁ!」「お姉様っ!」
毒霧を浴びた本人は、俺たちの悲鳴など聞こえなかったかのように泰然としていた。
「どんな猛毒だって、私の光属性防御を超えることなどできないわ。貴女たちには危険だから『浄化』はしておくけどね」
プラチナ色のオーラをまとった右手を一振りすれば、そのへんに漂っていた緑色の霧が、素早く晴れる。そして彼女が箱から取り出したのは……一足の革靴。柔らかくなめされた素材で造られたそれは女性的なフォルムだけれど、フォーマルな場で履くようなエレガントさはない。いうなれば冒険者パーティーのシーフ役が使うような感じの靴だ。
「ふうぅ、これはぁ『神速の靴』ですねぇ。魔力を注ぎ込むと、あらゆる行動の敏捷性が増すようですぅ。アーティファクト級ではないですけどぉ、とても役に立つ魔道具ですねぇ」
なるほど、冒険者のみじゃなく、戦闘系のあらゆる女性に役立つ魔道具ってことか。うちの「奥様」は誰を、その持ち手に選ぶのかな。イレーネかツェリあたりに与えれば、もっとグレーテルが戦いやすくなるから……そんなところか。
「この魔道具を誰に履かせるかは、ルッツが決めなさい」
はあっ? これまでの魔道具やアーティファクトを与える相手をほぼ独裁で決めてきた幼馴染が、なぜこの一品だけは俺に丸投げなのさ。まあ反論しても叩き潰されるだけなのだ、真剣に考えよう。
コンマ数秒の時間を稼ぐのが求められる役目といったら、やっぱり護衛役になるのかな。特に俺の護衛をする女性には、必要になるアイテムなのだろう。となると候補はミカエラか、アゲハか……う~ん、迷うなあ。ミカエラは射撃系だから、彼女の動きを速くするほうが、みんな安全になりそうだ。アゲハに与えると、敵の攻撃を自分の身体で止めるような行動に、使ってしまいそうだからな。
「これは、ミカエラに身につけてもらおう」
そう言った瞬間、周囲の空気が張り詰めた気がした。そして、まだ熊肉と格闘を続けていたミカエラに目をやれば、血まみれの手をそのままに、完全に固まったまま両の目からふた筋の涙を流していた。
「あ、あれ、どうしたの……ミカエラ、嬉しくなかった?」
「い、いえっ。と、とっても嬉しいのですがっ……それはグレーテルお姉様やアヤカ様にふさわしいものではとっ」
「いや、これは君に、受け取ってほしいんだ、ミカエラ」
「……」
ミカエラの表情が崩れ、泣き笑いになる。彼女が何に感動しているのかわからないまま呆然とする俺の背後で、妻たちがこそこそとささやき合っていた。
「はぁ。やっぱりルッツは、知らなかったんだ」
「そうでしょうね……この後が心配ですが、まあミカエラなら、よろしいでしょう」
え? なんか俺、やらかした?




