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【書籍四巻】定年後は異世界で種馬生活【コミカライズ】  作者: 街のぶーらんじぇりー【種馬書籍四巻/コミカライズ】
第八部 新迷宮に挑む

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第425話 ちょいデレなの?

 それはちょっと見、信じられない絵面だった。筋肉質ではあるが細身の、まだ少女といってよい肉体が、スピードに乗って突進してきた、おそらくトンで数えるべき体重を持つ魔物を、そのしなやかで美しい両手で止め、一センチの前進すら許していないのだ。

 

「グレーテルっ!」


「ふふっ、カッコよかったわよ。私のお婿さま……ふんっ!」


 なおも前進しようとする熊の毛皮をがっしりとつかみ、元いた位置まで蹴り飛ばしつつ、涼しい顔で呑気な台詞を返す我が幼馴染。光属性最高位の彼女が操る身体強化は、もはや物理の法則を超越したレベルに到達しているようだ。


「さあっ、とどめを刺しなさい!」


「は、はいっ!」


 ミカエラが撃ち出した拳大の黒い石が、魔物の胸板をぶち抜いて背中に抜ける。


「はあああああああっ!」


 痛みにうずくまるその隙を、イレーネさんは見逃さなかった。ひときわ大きな気合の声と共に宙を飛び、真紅の炎をまとった宝剣を、柄まで通れというような勢いで、背中から心臓に突き立てた。魔物は宝剣をその身に埋めたまましばらく痙攣していたけれど、やがて動かなくなった。


 ほっと肩から力を抜く一同に向かって、グレーテルが静かに口を開く。


「途中までは理想的だったけど、最終的にはかろうじて及第点というところね」


「面目ありません……」


「前衛はターゲットを自分に集めて、主砲をフリーにするのが役目よ。イレーネ自身の戦闘力は上がっているのだから、もう少し立ち回りを工夫すべきね」


「奥様のおっしゃるとおりです、精進いたします」


 深々と一礼するイレーネさんだけど、何だか嬉しそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。傾倒するグレーテルから直接指導を受けることに、いいしれぬ喜びを感じているみたいだ。その姿に優しい視線を投げた我が幼馴染は、ミカエラの方に振り返る。


「あなたは今回火力担当なのよ。全力でぶちかまさなくてどうするの」


「すみません、グレーテルお姉様っ!」


 まあそうだな。ミカエラがとった道は、いつも積極的な彼女にしては珍しくおとなしい、ゆるゆると失血死を狙うような戦い方だった。彼女が初撃を全力でぶつけていたら、それで勝負がついていた可能性大だったと、俺も思ったんだ。


「長年一緒に戦ってきたパーティーなら、今回みたいな戦い方がむしろ安全だけど……イレーネとギーゼラはほぼ初めて組む相手、呼吸が合うわけもないわ。タゲ取りのタイミングが一つずれたら、貴女が一人で敵の攻撃を受け止める羽目になるのよ」


「はいっ、そうでしたっ……」


 叱られしょぼくれつつも、声だけは弾んでいるのがミカエラだ。まあミカエラも「いじめてこない姉」がこうして、自分を気遣う言葉をくれるのが、嬉しいのだろうな。


「まあ、ほぼ三人でフロアボスを片づけたのだから、合格にしないとね」


 最後は優しい言葉でしめる、我が幼馴染だ。「ほぼ」っていうのは、突進してきた熊を組み止めて蹴り返したのがグレーテルだったってことなんだろうけど……あれは俺とメルセデスっていう、役に立たない見物客を守るための行動だ、ノーカンってことなんだろう。


 そこでふと気づく。グレーテルが守ってくれた対象である俺の腕は、まだ悪役皇女の細い身体をすっぽりと抱え込んでいて……その皇女が、白い首筋を紅く染めて、身をぷるぷると震わせているのだ。


「い、いつになったら、放してくれますの……」


 その声は、いつもの力感に満ちた高慢ボイスではなく、消え入りそうに恥じらう乙女のものだった。思わず力を入れてしまった俺の手に、また絶妙なふにゅりとした感触。こ、これは……。


「いい加減に放してくださいと言っていますのよ!」


 いかん、意図せざることとはいえ、またこの高慢皇女のちっぱいを触ってしまった。彼女の腕がいつもより弱々しく俺を突き飛ばしたと思うと、その腕が振り上げられ……あ、またビンタが飛んでくるんだなあ。まあ今回は俺の右手が悪さをしたんだ、おとなしくほっぺたを差し出すとしよう。


 ……だが、いつまで待っても俺の頬に、華奢な手が飛んでくることはなかった。皇女の方を見返せば、すでに振り上げた手は下ろされ、勝気な吊り目は伏せられている。


「ねえ、ルッツ様。貴方は……私を、助けようとしてくれたのですわよね」


「ええ、結局あまり役に立たなくて、グレーテルのおかげで生命を拾ったわけですけど」


 俺の台詞に、幼馴染が無い胸を少しだけ張るのが見える。


「どうして、私なんか助けようとなさるの? さんざん貴方には失礼な態度をとっていたはずですのに」


「自分でもわかりませんね。だけど俺、自分の目の前で女性が不幸になるのは、いやなんです」


「それだけ、なの……?」


「ええ、そうですね。だけど結局、女性を助けようとしても力が足りず、また別の女性に救ってもらうのですから……身の程をわきまえず余計なことをする男、ということでしょうね」


 本当にそうだ。身を挺して女性を守るといえば聞こえはいいが、それは男の方が圧倒的に体力で優位な元世界でのこと。こっちの世界では、まさに余計なことなのだろうな。


 そんなことを思ってもう一度皇女に視線を向ければ、なぜかその頬は紅潮して、紅い唇は細かく震えている。やがてその唇がためらいがちに開いて……。


「ルッツ様……あ、あの瞬間だけですけど、と、とてもカッコよかったですわ!」


 言うだけ言って、後は侍女の方に走り去ってしまった悪役皇女……あれ、もしかしてこれって、デレられた?



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