第420話 獣のフロア
十一階層は、やたらと広かった。広いだけじゃなく、あちこちに枝わかれして……そして一定距離進むたびに、デリアさんに魔力探知をしてもらわないといけない。もちろんその後必ず俺には、魔力補充というお仕事、いやむしろ役得が待っているのだが……そういう問題ではなく、言いたいのはとにかく時間がかかるということさ。
魔物との戦闘に関しては、まったく問題なかった。このフロアにはでっかいサイみたいな、ぶっとい一本角を持った魔物、トナカイみたいだけど角が不気味に紅く光る魔物といった、獣タイプの敵がわんさと出てくるのだけど……はっきり言ってイレーネさんの独壇場だった。
火の宝剣をグレーテルから与えられ舞い上がっている彼女は、とにかくそれを振るいたくて仕方がないらしい。魔物の姿を見るや突進し、相手の角をひらりとかわすや、たっぷり魔力を注いだ宝剣を一振り。多くの敵はその一颯で首を落とされ、運よくそれを免れた魔物も、剣から放射される炎に身を焼かれてしまうわけで……ここまで数十体と戦って、彼女が二の打ちを必要とした敵はいない。まさにヒャッハー状態、いつも彫像のように冷たく整った顔をしているイレーネさんが、こんなに興奮しているのは初めて見たかも知れない。
「こ、この剣は最高ですっ! 自分が勇者にでもなったかと勘違いしてしまいそうで!」
「そうね、イレーネの剣技に宝剣の魔法が加われば、まさに無双できるわね。泣き所は、魔物の革を焼いて、ダメにしてしまうことくらいかしら」
イレーネさんの盛り上がりっぷりにやや引き気味のグレーテルも、アーティファクトの威力に感心している。泣き所といったのはアレだ、獣系の魔物で金に換えやすいのが革の部分だから、冒険者の持ち物としてはイマイチな感じがするって程度で……欠点とは言えないよな。
「いえいえ~、イレーネさんの倒し方はぁ、まさに理想的ですぅ」
ニコルさんのゆるふわボイスに、興奮の色が隠せない。
「サイもトナカイも、その角が貴重な薬剤原料になるのですよぅ。ギルドから買ったら、一体当たり百金貨では済まないのですよぅ。その角をほとんど無傷でゲットできるなんてぇ、ついて来てよかったですぅ」
そう、ニコルさんはさっきから、イレーネさんの倒した魔物の角を、ミカエラに助けてもらいつつワイルドに切り取りまくっては、「ふしぎなおどり」を踊っているわけなのだ。
「貴重なものだってことはわかるんだけどさ、そろそろ自粛しない?」
だって、数十体ぶんの角はもちろん彼女のザックに納まりきるはずもなく、すでにアヤカさんやミカエラまで分け持ちさせられる羽目になっているんだもん。気持ちはわかるけど、今回は、それ目的じゃないんだからさ。
「そんなあぁ~、だめですかぁ、奥様ぁ……」
垂れ目をウルウルさせながらニコルさんがすがる相手は、我が幼馴染。
「しょうがない子ね。仕方ないわ、ルッツのザックはまだあいてるでしょ、持てるだけ持ってあげなさい。私も、分担するわ」
「だけど、切ったばっかりの角は水分が多くて、重すぎるよ。俺はともかく、戦闘員があまり重たい荷物を持つべきじゃないだろ」
なぜかニコルさんには甘いグレーテルの命令だけど、俺は反論してみる。だって、前衛にとって速さは一番の力だ。重量物を背負えば加速が鈍る、近接戦闘ではコンマ数秒の遅れが、致命的な差になることがしばしばなのだ、俺はグレーテルに、傷ついて欲しくはないからな。
俺の意図が正しく伝わったのだろう。我が幼馴染が頬を緩めながらも、少し困ったような表情をする。その時割り込んできた高い声は、意外な人物のものだった。
「ほほほ、そんなことならば、私に任せていただけば解決ですのに! 帝国皇女たる私が、手を差し伸べてあげますわよ!」
その高慢ちきな言いぐさは、もちろんメルセデスのものだ。う~ん、さっき水バリアで役に立ったもんだから、調子に乗ってるんじゃないかなあ。
もちろん、属性とやりようによっては魔法で素材を軽くすることはできる。要は乾かして水分を減らしてやればいいのであって……気の合う火属性持ちと風属性持ちが呼吸を合わせて熱風でも吹きつければ、乾燥を早めることができるのだろう。
だけど残念ながら今回の探索には、風属性の女性を連れてきていない。たった今ドヤ顔をしてささやかな胸を張っているこの皇女はAクラスといえど水属性、そんな業は使えないだろ……いや、もしかして。
「皇女殿下。ひょっとして、素材の中にある水を取り出す魔法が、使えたりします?」
「もちろんですわ! 皇室にある者として、その程度の魔法制御力はあって当然ですわ」
いやいや、それって尋常じゃないから。ベルゼンブリュック最高の水魔法使いであるリーゼ姉さんでも、物体の表面にある水を気化させることはできても、内部の水分を一気に外へ出すなんてことは難しいはずだ。だがそれをこの悪役っぽい皇女は、できると言う。
「それは感服しました。では、実際にやってみていただけますか?」
「ほほほ、お安い御用ですわ!」
その口調は、あくまでも高慢ちきだった。




