第414話 クモ退治
光のオーラを放ちながら迫っていくグレーテルとイレーネに対しては、受け身主義のクモたちも危機感を覚えたのだろう、新たな糸を次々と吐いて防御を固め、シャーッというような威嚇音を発している。
「こいつの毒は強力です、奥様の防御力を超えることはないと思いますが、念のためご注意ください!」
「ありがとうイレーネ。私もわざわざ攻撃を食らう気はないわ。そうね……ここは、メル様にお手伝いしていただこうかしら? まあこれは、ルッツのアイデアだけどね」
俺の名前が出たとたんにピクリと眉を吊り上げたメルセデス。大嫌いな俺の台本を演じるのがよっぽどいやなのだろうが、その唇から拒否の言葉は紡がれない。
まあ、無理もない。ここまでの攻略で、彼女の力はまったくあてにされず……役に立ったのは蒸しガニ調理くらいだ。ムダに誇り高い皇女としては、このへんで探索でも戦闘でもいいから、何か役に立った実績を作っておきたいはずだからな。
短い小声の打ち合わせが終わると、メルセデスが表情を改め、いかにも高位魔法使いっぽい凝った意匠の杖を片手に、呪文の詠唱を始める。きゅっと上がった目尻と色濃い眉に強い意思が宿り、いつもは高慢さの表れにしか見えなかったツンと高い鼻も、何やら高貴で美しいものに感じられてくるのは、仕事に打ち込む女性の姿に弱い、元世界から引きずってきた俺の感性のなせる業か。
皇女を取り巻くように、十個ばかりの水球が空中に、徐々に形作られ成長していく。そして、彼女が杖をクモの巣に向けた。
「わが指し示す先に、水の恵みをもたらせ! はっ!」
水球があたかも槍のように姿を変えたかと思うと、次の瞬間に、クモの巣に向けて突き刺さるように飛んだ。
もちろん、リーゼ姉さんの超絶魔法とはレベルが違う。槍は槍でも姉さんのそれは分子レベルのコントロールで冷却された硬い氷、メルセデスのそれは、単なる水だ。撃ち出す速度も、姉さんのウォーターカッターとは勝負にもならない、せいぜい学生のやり投げ選手くらいのもの。
だけど今は、それでいいのだ。メルセデスの水槍はクモの群生エリアにまんべんなくぶち当たり、十数体のクモが構築した複雑に入り組んで分厚い巣の全体を、その主であるクモ自体も含め、しっとり濡らした。
「役目は果たしましたわよ!」
「ええメル様、十分ですわ。じゃあ一発で片づけるわよ……ふぅん!」
我が幼馴染が両手を前面にかざすと、その両掌から数十本の稲妻が走り、視界いっぱいに光が満ちる。もちろんこれは、俺がかつて毎日のように喰らっていた、グレーテル得意の雷撃だ。
ドォンという重低音の後に、バリバリと何かが裂けるような音が響き、甲高い断末魔の声が続く。木が燃えた煙なのか水蒸気なのか、白い煙がもうもうと立ち込めて……それがようやく収まった頃クモの巣があったあたりを見れば、巣は跡形もなく焼け落ち、クモは炭の塊と化していた。
「さすが『奥様』の光魔法は、勇者にふさわしい威力ですね」
ここんとこ肉弾戦ばかりで、派手な魔法を披露していなかった我が幼馴染が、ライバルであるアヤカさんからの賛辞に、鼻をうごめかせる。まあ今回うまくいったのは、グレーテルの力だけではないけどな。
「うん、グレーテルの雷撃は相変わらずすごい……というより、また威力を増しているみたいだね。だけどこれは、皇女殿下が巣や木々を十分に濡らしておいてくれたからだよ」
俺の言葉にドヤ顔をするメルセデスだが、うちの女性陣は彼女の部下を含め、首をかしげている。
「そうなんですか??」「殿下の水魔法は美しいと思いましたけれど……」
まあ、あんまりわかんないかな。でも、メルセデスの名誉のために、ここは説明しておかないといけない。
クモの巣は横にも縦にも大きく、しかも奥行きも結構深かった。ここにグレーテルの魔法をぶっこんだら、稲妻が直撃したところは焼け焦げるだろうけど、クモの糸はそれほど電気を軽く通すもんじゃない。稲妻の直接当たらないところ、特に最表層じゃなく奥に入ったところには、致命傷を及ぼせない可能性が高い。
だから、クモの巣全体に水をたっぷり含ませ、電気を通しやすくしてやるのさ。クモの巣は雨でも壊れないから、水をはじくと思っている人が多いんだけど、実はかなり水分を吸っちゃうことを、元世界の某国営放送テレビかなんかで見た気がするんだよね。
加えて、木々や巣を濡らすことにはもう一つ意味がある。普通の木にグレーテルの超絶雷撃魔法をぶち当てたら、間違いなく発火して迷宮内山火事状態になる。自分たちのつけた火で焼け死ぬわけにはいかないから、感電させても延焼しないようにするためにも、水は必要なのだ。
濡らすための水は、厚みのある巣の奥まで届かせないといけない。そのためにはただ水球をぶつけるだけではダメだ。水を細い槍のような形にして、速く撃ち出すことが必要ってわけだ。
こういう面倒な魔法に関して、メルセデスが優秀ってのは本当だった。試したことのない魔法であるはずなのに、要求を伝えたら何でもないことのようにやってのけたからな。与えたイメージを魔法で具現化する能力は抜群のようで……彼女にもう少し魔力があったら、姉さんと同じように氷魔法が使えるようになるんじゃないか。
「ルッツ様のご説明でよくわかりました。皇女殿下、ご助力ありがとうございます」
「すごいですねっ! あんなに細かい制御をこともなくやってのけるとは、さすがは皇族のお方ですっ!」
「ほほほっ! わかればよろしいのですわ。この選ばれたもののみ持てる高貴な力を、貴女方に貸してさしあげましてよ!」
せっかくみんなが感心しているところなのに、この高慢ちきな台詞でだいなしだよ。こういう時は黙って上品に微笑んでいれば、みんなの尊敬を集められるというのに。何かと残念な皇女の振る舞いに、侍女のギーゼラさんが小さいため息をついているのは、見なかったことにしよう。




