1話「スタート地点」
──マジでビビった。
見上げた空を眺め、安堵の溜め息を零す。
まだ、体が小刻みに震えて止まらない。
それもそのはず、ついさっき数十メートルはある
高さから無事生還したばかりなのだ。
多少腰が痛む体を起こし今の状況を確認する。
周りは緑豊かに広がる草原ばかりで、電柱や信号など全く見当たらない。
下には藁が敷き詰められており、馬が台車を引いて度々大きく揺れ動くことから自分は『藁を運ぶ馬車の上』だと推測できた。
こんな状況を見ての感想を一言で表すなら
「どうしてこうなった……」
この一言に尽きるだろう。
時は少し前に遡り、自分がまだ「日本」にいた頃に戻る。
隼瀬結斗はどこにでもいる普通の高校2年であった。
私利私欲のためバイトをこなし、勉強は赤点を回避する程度。
他の点を挙げるなら、人付き合いが少し苦手なところだろうか。
ただ一人の幼馴染を除いて…。
その少女が、3年前に事故に遭って死んでしまってからはなるべく人を避けるようになってしまう。
事故をきっかけに引越しをするが一年に一度、幼馴染の命日には墓参りに顔を出していた。
そして、3度目の墓参りに行こうと玄関のドアノブに手を掛けると…
「気がつけば藁の上で寝そべっていました…か。俺自身、何を言ってるか分からなくなってきたな」
「あんた…そこで何してんだ?」
追憶に浸っていると下から声が聞こえた。多分この馬車の持ち主だろう。
「すいません。えっと……」
下を見ると首を傾げているおじいさんがいた。歳は70代は超えていそうな程よぼよぼとした顔立ちだった。
「まーそんなことはどうでもいい。そこだと危ないからこっちに座ったらどうだ?」
「あ、ありがとうございます」
おじいさんは隣の場所を優しく叩き自分が座れそうな空間を作ってくれた。
結斗は軽く会釈をし、そこに座る。
「あの…おじいさん。ここは何処か教えてくれませんか?」
自分でもびっくりするほど冷静だった。
ここは何処か、なんでこんな所になど慌てるはずが特に何も思わない。
多分頭が完全に回りきっていないからだ。
「ここか?前を見てみな」
少し遠くには門らしきものがある。
その周りにも巨大な壁が並び、何かを守っているようだった。
上には国旗のような赤い旗があり、黒い龍の模様の上から剣を突き刺している模様だ。
「あれが今ワシらが向かっているカルーア王国だ」
「カルーア王国?」
初めて聞いた名前、現代ではあまり見ない馬車、科学的に証明できない謎の扉。
そして、自分の中で一つの疑問が湧いた。
「一つ、おかしな質問していいですか。ここは日本…ですよね」
「何を言ってる。そんなとこは知らんぞ。
おっと、到着したようだぞ」
嘘をついている感じではなかった。
つまり…
「遂に…遂に……」
だんだんと高まってゆく感情は収まらず…
「異世界、キタァァァ!」
「???」
俺は、溜め込んだものを吐き出すかのように
満面の笑みでガッツポーズをとっていた。
「ありがとうございました、おじいさん。見知らぬ俺をここまで乗せてってくれて」
数分の間、お世話になった人へ感謝の言葉を述べた。
「いいんだ、こういうのは慣れてるから。それより、ここで降りていいんか?中心街まで運ぶぞ?」
「いや、ここからゆっくりと街を歩いて回りたいし、これ以上迷惑をかける訳にはいかないので」
「そうか、ならワシは先に行くぞ。元気でな、少年」
「さようなら、お元気で」
ゆっくりと馬車は動きだし、やがて見えないところまで行ってしまった。
おじいさんを見送った後少し間を開け、自分の体を見て確かめ、溜め息混じりに一言呟く。
「……さてと、これからどうしよう」
白地のシャツに夏用のスラックスと、普通の学生服なのだが、ここは異世界。
そんな服装の人は誰一人として見かけず、ましてや物珍しいものを見るかのように見られていた。
更には、亜人やネコ耳すらもいないときた。
唯一の救いといえば、髪の色が金や銀、赤や青など様々な色がいるくらいだ。
「…なんか思い描いた異世界とかけ離れちゃったな。とりあえず歩くか」
今、自分の手持ちは何一つない。
空から落ちた時に分散してしまった。
残ったものといえば、今着ている学生服と首からぶら下げている御守りの鍵だけ。
気を落としながらも周りを見渡すと、石レンガらしきもので作られた家がずらりと並び、店なども確認できた。
「せっかく異世界に来れたんだ、これを機に俺は変わる!暗い頃の俺にサヨナラだ!……なんか独り言が増えた気がするな…」
自分を鼓舞するも苦笑いを浮かべたその時、1人の少女の顔が目に留まった。
ロングの茶髪に碧眼、その少女の顔を見て息を飲み込む。
その顔がまるで死んだはずの幼馴染によく似ていたからだ。
「待ってくれシオ──おっと」
咄嗟に名前を呼び止めようとしたが、周りに人がいて思うように動けないでいた。
体がよろめきながらも去っていった方を見る。
何でここにいるのか理解できていないが、ここで行かなければ永遠に分からないまま終わる気がした。
「…行くしかねぇ」
そう覚悟をし、少女が去っていった方へ駆け出していた。




