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第四部 107

 ──立村?

 隣りの美里も貴史の腕をひっぱりながらそっと後ろずさった。逃げているわけではなく、近づいたら即逃げられるのではと思ったのだろう。見方は正しい。

 一方的に奈良岡がまくし立てているのが聞こえる。逆効果だろうに。わざわざクッキーと手のついてないジュースを紙コップに用意して近づいている。

「どうしてさっさと帰ったの? 先生が心配してたよ。早く入ったほうが」

 ──だから逆効果だっての。

 貴史も割り込むかどうするか迷っていた。

 言葉が出ずに躊躇している立村の様子は何かもの言いたげだった。よっぽどのことがない限り意思表示をしようとしないのも立村の性格だとわかっている。つい先ほどの卒業式英語答辞のように追い詰められたら何をしでかすかわからないというのもわかりきっていること。さて、どう出るか。一歩前に出ようとすると美里に腕をまた引っ張られた。その前にこずえがそそくさと立村に近づき思い切り額を叩いていた。ベストな展開だ。

「あんた、さっさと入って、食うもの食いなさいよ。どうせ朝ろくに食べてこなかったんでしょうが!」

 さすが立村の扱い方をよくわきまえている。さすがである。こちらもその間に時間稼ぎができる。立村はふっと素顔に戻った風に言い返している。

「余計なお世話だ」

「まあよかったよね、これで全員揃ったし。せっかくだしね」

「あれ、南雲は?」

 あっさりこずえとの会話でふだんの乗りに戻っている。何かもの言いたげに奈良岡が立ちん坊なのを誰か引っ張りだせと言いたい。そう、立村からご指名いただいた南雲、なんとかしろ。その南雲はというと、クッキーとミニケーキに東堂と一緒にかぶりついている。奈良岡を制御するつもりは一切ないらしい。古川が丁寧に説明している。

「彰子ちゃんがね、愛の力で説得したのよ。愛よねやっぱし」

「羽飛はどこにいるかな」

「羽飛? 呼ぼうか?」

 呼ばれたら出ようと思ったが、さすがこずえにかなうものはない。即座に却下しやがった。

「そんな過保護なこと、誰がやるってのよ! ほらさっさと行きな!」

 背中と頭をどんと突き飛ばし、立村を教室の中に押し込んだ。

「古川すげえわ」

「こずえ、偉い。立村くんが頭上がらないわけよね」

 美里が貴史に寄り添いつつ囁いた。あとはタイミング待ちだ。ご指名がかかった以上こちらからも話をしたいと思う。

「ちょっくら行くわな」

「うん」

 美里と頷きあった時、また一歩先ん出た奴がいた。


「立村、戻って来てくれたか!」

 カンガルーの巨大ぬいぐるみを抱えている我が担任・菱本先生だった。

 ──おいおい、また目うるうるさせてるぞ、先生どうすんだ!

 立村の表情が即座にきっととんがったのが遠目でもわかる。

「せっかくこずえが機嫌とったのに、もう!」

 美里の言葉ももっともだった。

「立村くんが帰って来て嬉しいのわかるけど今じゃないよ、言うのは!」

 卒業式からまだ二時間も経っていない。D組の女子たちからは総顰蹙を買っているし、B組の連中だってすべてが立村に好感を持っているとは考えづらい。特に因縁のある藤沖はどう思うのか。見れば知らん顔でポテトチップスを口に押し込んでいる。立村登場で視線集中させているのはどうやらB組の中でも評議ふたりくらいのようだった。あとはさすがにD組連中。男子の顔を見ればみな、来い来いと誘いたいし女子はおととい帰れと言いそうな冷ややかな眼差しだった。


 ふたりで急いで前扉から抜け出した。誰かに聞かれてはまずい。あいつが逃げ出したらすぐ追いかけるべきだ。後扉で待ち伏せようと思った。

「貴史、どうする? 立村くんこのままだと帰っちゃうよ」

「そこを追いかけるかだな。あいつだって教室で語り合いたくはねえだろ」

「そうだね、けど、外に出たらまた逃げちゃうよ」

 もっともだ。ずっと立村は貴史から逃げ続けている。貴史もいきなりここから了解なく消えるわけにはいかない。美里も一緒だ。これはやはり、きっちり先生やD組の連中に話を付けていくしかない。時間の猶予もない。

 ──行くしかねえな。

 即断した。美里と組んだことでしくじったことなんてほんとにない。

「美里、行くぞ。お前も来い」

 もう一度美里と目で合図した。了解、物言わないでもわかる。もう一度前扉から入り、呼びかけた。立村が背を向けようとしている時だった。 


「先生、悪いけどさ」

 カンガルーを抱いたまま感極まっている菱本先生の前に、ふたりで立ちはだかった。立村を背中にかばうような格好になる。

「俺と美里、これから立村と三人で、打ち上げやりに行くんだ。ということで、お先に抜けさせてもらうわな。あとでそのあたり、よろしく」

 目の前で菱本先生と奈良岡がぽかんとした顔をしている。奈良岡がつぶやく。

「あれ、でもそれは」

「姐さん、本当に申し訳ないんだがさ、残りの司会は予定通り、南雲とふたりで組んでくれねえかな。よろしくたのむわ」

 美里が両手を合わせてお願いポーズを取っている。戸惑っていた奈良岡も後ろで食うのをやめ近づいてきた南雲の微笑みに納得したのか笑顔で頷いた。南雲もそれなりに仕事をする気はあるということだろう。あとは用がない。菱本先生が首を振っているがこちらはすでに東堂が回り込んでいて、

「まあ、先生、野郎とふたり食いましょうや」

 おじさんくさい誘いをかけている。今のうちに抜け出すしかない。貴史は美里と一緒に振り向いた。まだ立村は逃げていなかった。目を伏せるようにして、唇をかんでいる。そっと顔をあげ、怯えたようにこちらを見ている。

 呼びかけた。

「立村、行くぞ」

 美里もじっと見つめている。完全に凍りついている奴を溶かすには肩でも組むしかなさそうだった。そのとおりにし、そのまま後ろ扉から押し出した。美里が後ろに付き添ってくれている。ざわめきはB組経由のもののみ。たぶんD組連中はみな、貴史たちを見送ってくれているだろう。菱本先生もあえて何も言わなかった。それだけがありがたかった。「りっちゃん、あとで電話するよ」

 司会者引き継ぎ済みの南雲が脳天気な声で呼びかけているのが聞こえる。いったん立村が立ち止まり、振り返らずに頷いた。

 


 廊下にはもう人気もほとんどなく、後片付けの下級生たちがちょろちょろしている程度。三人が歩いていく姿を追う奴もいなかった。

 何度か立村が顔を伏せたまま、

「羽飛、あのさ」

 言葉を絞り出そうとする。何かを伝えたいのはわかっている。しかしここでしゃべらせたらすぐに逃げられるのも経験上理解している。あえて何も言わせたくなかった。どこか座ってからにしようと思っていた。

「もういい、わかってる」

 言い訳をしたいのかもしれない。英語答辞についてのよしなについても奴なりに伝えたいのかもしれない。もしかしたら美里に決別を伝えたいのかもしれない。いろいろな可能性が考えられるけれども、廊下であっさりと済ませる内容ではないし、そんな軽い間柄でもないはずだ。立村の発する言葉を制しながら貴史はいったん生徒玄関で靴を履き替え上靴をしまおうとし、改めて鞄に入れ直した。もう靴箱に入れる必要はない。立村は迷うことなくスーパーのビニール袋に自分の靴を押し込んでいた。

 ──さて、どうするか。

 立村と三人で水入らず語り合いたい。となると学生食堂がベストだろう。雪のはさまった砂利道を歩きつつ、貴史は美里に相談もちかけた。

「学生食堂に行くか」

 立村の真後ろにくっついている美里もあっさり答えた。

「そうだね、それがいいね」

 そのまま、青空の射すもと学食へ向かう坂道を昇っていった。途中、季節の早い花が咲いている道にたどり着いた。確かあれは梅だとか言ってなかっただろうか。ずいぶん満開に見えるのだが、他の桜の枝は一切花を咲かせていない。美里が目ざとく見つけ、駆け寄った。

「うわあ、桜、桜咲いてる。梅じゃないよ。早いよね」

 小声でつぶやいている。立村がはっとした表情でその枝を見上げている。

「貴史、ここ、少し花、咲いてるね」

「あんれま、雪降ってるのに、ごくろうなこった」

「あれ、知らないの? この色の濃い桜ね、毎年咲くのが早いんだよ」

「俺たちが入学した時もそうだったか?」

「そんなの見てないよ、知らないよ」

 判明したのは、咲いている花が梅ではなく早咲きの桜だということだ。何はともあれめでたい。とりあえず今は染井吉野でなくてもいい。美里が少しでも機嫌よくなればそれでいい。早咲きのやったら色の濃い桜に感謝しとく。

 足元の雑草にはかすかに雪が積もっている。踏んでみた。かしゃりと音がした。まだまだ霜も残っているようだった。春にはまだまだ遠いということだろう。

 まあいい、風流なことなんかどうだっていい。美里がはしゃいでいる。喜んでいる。それでいい。

 しばらく濃い目の桜を見上げて歓声を挙げていた美里が、ふと立村に笑いかけた。何かを思いついたようだった。

「立村くん、さっきのカメラ、持ってる? ちょっと貸して」

「カメラ……?」

 戸惑っているのか、問い返す立村に美里が畳み掛ける。

「ほら、さっき教室で記念撮影したじゃないの。その時に私、渡したよね」

「ああ、あれか」

 かばんから取り出し、すぐに手渡した。返すのを忘れていたのか、それとも美里の仕掛けだったのか、その辺は問わない。

「ありがと。じゃあさ、貴史、ちょっとあんたどきな」

 次に美里は貴史に対しえらく失礼な言い方で、手で押しやった。文句のひとつくらい言ったっていいだろう。

「すげえ言い方だなあ。ったくお前もぜんっぜん、女っぽくなんねえなあ。優ちゃんの方がずっと」

「それ以上言ったら、即座に雪の中に蹴り飛ばすからね。立村くん、そこの木のところに立って」

「なんで?」

「撮ったげるんだから」

 貴史が幹から離れたところで、美里は無理やり立村を桜の真正面に立たせた。少しでもずれたら許さない。動くな、きちんと立てとなかなかに鬼指導だった。

「ほら、さっき立村くん、写真の中、入らなかったでしょ」

「別にそれはそれで」

「うん、クラス写真は無理に入らなくていいよ。立村くん入りたくないこと、わかってるからね。ただ、なんとなく」

 ちらと貴史を見た。美里の意図するものは言わずともわかる。誰が止めるか。美里は微笑みを浮かべながらカメラを構え、そのまま真正面から伝えた。

「立村くんは、こういうとこで、ひとりで、撮ったほうがいいなって、私が思ったの。私も、そうしてほしいんだ」

 ──そういうことな。


 ──これが立村への、美里なりの餞別なんだ。

 あの卒業式英語答辞ではっきりと、立村の気持ちは美里にはないという証明がなされてしまった。三年間曲りなりにも美里は立村の恋人であったわけだし、公開失恋と思われてもしかたない。立村も、美里も、それなりに覚悟するものはあっただろう。

 ──けど美里はくだらねえ失恋扱いされたくねえわな。

 他人がどう思うかは別として、自分がずっと想い続けてきた気持ちだけは嘘じゃない、それだけは否定したくない。中学時代は立村への想いと共にあった、それだけはしっかり見据えてここから先に進みたいのだ、きっと。

  

「今私が撮ったら、今度は立村くんが撮って。で、貴史は私が撮ってやるから」

 余計なお世話だ。別にそんなお義理でとってもらわなくてもいい。思い切り嘴挟んでやった。

「なんで俺だけ『撮ってやる』なんだ? すげえ差別」

「うるさいわね。あんたはどっちにしても写真に写りたがり野郎だから」

「人のこと言えるかよ。美里こそ規律委員会の『青大附中ファッションブック』に載れねかったこといまだに根に持ってるだろ! 確かあん時は霧島に取られたんだか」

「違う! あの時はゆいちゃんじゃないよ。ほら、生徒会長のあの子よ!」

「まあなあ、どっちにせよお前のモデルデビューの道ははるかなるかなたってことだなあ。ご愁傷さん」

「貴史! あんた言いたいこと言わせておけば何言うんだか……! わかった。あんたの死ぬほどださい背番号つき野球ユニホームファッションの写真を今度あんたのファンに配ってやるからね。あーあ、これから先の明るい男女交際希望持てませんわね、どうぞご愁傷様!」

 辛気臭い空気がすっかり壊れた。とりあえず過去のあまりにもださすぎな服装の写真は家に戻ったらアルバムから抜いておいたほうがよさそうだ。いや、美里と一緒に映っているのなら向こうの家からも奪っておかねばならない。女っけのない寂しい高校生活はもちろん避けたいがまあいいかとも思う。

 ──いいんだ、俺には鈴蘭優ちゃんがいる。

 あっけに取られて身動きとれず立ちすくんでいる立村にようやく美里は我に返ったのか、

「じゃあ、立村くん、そのままでね」

 指示を出した。貴史に美里の側へ来るよう手招きし、じっと見据えてシャッターを切った。明るい空に溶け込むような真っ白い光が飛んだ。ここは外だというのにフラッシュ付けっぱなしにして撮ったらしい。アホである。


 ──おい、もう一度撮ったほういいんじゃねえの。

 美里からカメラをひったくろうとした時、立村の表情がどこか頼りない風に貴史を見据えていた。カメラのレンズではない。お天気さんさんにも関わらずとんだフラッシュでもない。貴史を呼んでいた。

「羽飛」

 ふたりで記念写真撮ろうという気にもなったのか。まあいい。よい心がけだ。

 桜の木の下に近づき、声をかけようとした。顔を覗き込んだ時自分の目に何が映ったのか分からず、思わず目をしばたかせた。

「立村?」

 もう一度覗き込む。信じられないものが目の前に展開されていた。


 じっと見つめる立村の瞳から、光るものがとめどもなく流れ落ちていた。それが涙だということを把握できぬうちに、立村はそのまま貴史の左肩に手を置いた。足元で何かが落ちる音がした。横目で見るとそれがかばんだと気づいた。そのまま立村は貴史の反対側の方に顔を押し付けるようにし、何かをつぶやいていた。最初は聞き取れなかった。

「立村、お前……」

「羽飛、ありがとう」

 何度も繰り返され、やっと意味を掴んだ。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

 肩がぬれているのがなんとなくわかる。貴史はじっと立村のしたいようにさせていた。いつのまにか美里が貴史の後ろにいてじっと立村の髪の毛を見つめているのも、その目がやはり同じようにぬれているのも気づいていないようだった。ちらと貴史は振り向き、美里にしばらく黙るよう目で合図を送った。今は、余計なこと言う必要なんてなかった。

「ったく、何だよお前、もっと早く言えっての、なあ」

 ささやきかけ、改めて花の色を眺めた。花の枝の向こうには雲ひとつない青空が広がっていた。ひとかけら、花びらが落ちてきた。まだ裾根に霜柱は張っているけれど、もう少しで春が来る。


 しばらくそのままでいた。美里がそっと立村の隣りに回った。すなわち貴史のすぐ脇だ。潤みがちの目でやさしく見つめたまま、

「立村くん、行こう」

 呼びかけた。立村が顔を上げ、美里が側にいたことに驚いたのか慌てて目をこすっている。気づかなかったのか、アホかと突っ込みたいがここは我慢する。そのまま美里がやさしく語りかけた。

「私たち、もっかい、友だちとしていっしょにいられるよね? 立村くん?」

 しゃくり上げながら、やはり涙目でいっぱいになりながら立村も答えた。貴史の肩に手をかけたまま、震えていた。

「清坂氏が、それで、よければ」

「よくないわけ、ないじゃない! もう、ばかなこと言わないでよ! 付き合うとか付き合わないとか、そんなのどうでもいいよ!」

 頬にえくぼを作り何度も首を振り、美里はまくし立てた。

「そんなことより、こうやって三人でくだらないことやって遊んでいるだけで、私いいもの。貴史、あんたと同じだよね、そうだよね」

 ここで頷くのは男としてのセンスに反する。お約束の一言を述べることにする。

「俺は優ちゃんと……」

 言い終わる前に思い切り美里が貴史の後頭部をぶん殴った。泣いているから手加減するかと甘くみていたのが敗因だった。まじで痛い。

「一生やってなさい! もう、こういうお馬鹿は置いといて、さあ、早く行こうよ!」

「行く?」

「生協の食堂に行こうよ。ほら、三年前と同じく! そこで、仕切りなおそうよ!」

 ──生協の食堂か!

 

 あの手紙を読んだのかと野暮なことを聞く気もない、美里ともう一度より戻すつもりないのかと今の段階で問うつもりもない。菱本先生を許せるかとか、杉本梨南とべったりするつもりあるのかとか、もうどうでもいいことだった。

 それよりも立村と一対一で語りたいことが、この三年間でどっさり溜まっている。遠慮して口に出せなかった話題が、それこそ山のように堆積している。今こそとことんばかげたことを語ろう。くだらなすぎる話題を語ろう。お互い気取った顔で出会ったあの中学入学式のあの段階まで巻き戻したい。

 三年前の入学式は三人三様に過去をすべて隠し合って友達の縁を紡いだけれど、もうそんなベールなんぞ必要ない。三年間で見るべきものは見た、受け入れられるもの受け入れられないものすべて感じつくした。だからこそ、

 ──俺に出来るのは、今の俺をとことん語ることだけだ。あいつの言葉と美里の言葉と、すべて丸ごと聞きまくるだけだ。今の俺なら、絶対にできる!


 目の前に見える生協の建物をじっと見すえ。貴史は美里を促した。

「ああ、なるほどな。てなわけで、卒業式二次会開始だ! さあ立村、今日はとことん語ろうぜ。付き合えよ」

 貴史はもう一度立村の肩に腕を回した。こんな暴力女なんてさっさと置いてまずは生協に逃げ出そう。こんなことを入学式の時もしゃべっていたような気がした。

 隣りで立村がはにかむように俯いた。

 まだつぼみのかけらも見られない染井吉野やまだ花盛りの梅の香りに包まれながら三人ゆっくりと道を昇ってゆくと高校校舎がかすかに覗いていた。響く春風がどことなく何かを巻き戻しているように聞こえた。同時に立村も立ち止まり、美里をじっと見つめた。口を切った。どことなく緊張しているようだった。


「清坂氏、言い忘れてた」

「なあに?」

「三年間、ありがとう」

 タイミングがどこかずれているがまあいいか。見守る貴史をよそに美里はつらっと言い切った。

「違うでしょ、これからもよろしく、でしょ」

 にこっと笑い、もう一度はっきりと、

「立村くんがこれから誰を好きになっても、つきあったとしても私と貴史は、絶対に嫌いになんてならないからね。立村くん、大好きだよ」

 めいっぱいの笑顔を向けて語りかけた。空の青さに溶けるようなまっすぐな声だった。そのままさっと走り抜けていく美里に向かい、貴史は労いの口笛を吹いてやった。

 ──もう大丈夫だな、美里。


「さ、いくぞいくぞ、辛気くさいことは抜き抜き、立村、ほらほら」

 ふたたび硬直したまま動けずにいる立村の背中を思い切り押してやり、貴史はそのまま美里の後姿を追いかけていった。



                          ──完──


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