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ラ・カーム戦記  作者: 神名 信
55/70

第55話

 ロズオブニア地方への入り口は通常、結界が張られていて入ることはできない。

 商人も、ロズオブニア近郊の港町で取引をするのが慣例で、森の中まで入った者はほとんどいない。

 三人はキヌアの先導によって森の結界を通り抜けた。

 ラ・カームから見ても結界は水魔法や土魔法などのものとは明らかに違うものであり、どのような仕組みであったのか理解できなかった。

 ただ、キヌアが特殊な機械を持っていたのでそれで結界を通り抜けられるのだろうとは想像できた。

 キヌアと会うのが四年ぶりということもあってか、サーシャはずっとキヌアにべったりくっついて、王国の話をしていた。

 キヌアも娘が帰ってきたような心境なのだろうか、熱心に相槌を打っていた。

 「しかし、サーシャが里帰りをするのに皇子様を連れてくるとはな、ほんとに面白い子だな」キヌアが半分冗談をこめながら言った。

 「ラ・カーム様は『シスコン』だから私のことなんてなんとも思ってないんですよー」

 「いや、なんとも思ってないわけじゃないけど・・・」ラ・カームが戸惑いながらも言った。

 三人で話していると小さな集落が見えてきた。

 どうやら家が百軒ほどあるような小さな集落であった。

 この集落がロズオブニアで標準的なものなのかどうかラ・カームにはさっぱり分からなかった。

 「わーー!四年前と全然変わってない!」サーシャははしゃぎながら駆け出していた。

 その集落は中心部に教会のような建物があり、それを囲むように家が建っていた。

 行き交うエルフたちにサーシャは元気よく挨拶していた。

 周囲のエルフたちもサーシャのことを快く迎えてくれていた。


 ラ・カームとサーシャ、特にラ・カームは公式な訪問というわけにはいかなかったので、村長などに紹介されるでもなくキヌアの屋敷へ招かれた。

 キヌアの屋敷は他の家よりも大きく、王国では見たこともないような機械が所々に置かれていた。

 サーシャはラ・カームに機械の使い方を教えたがっていたようだが、キヌアに用件を頼まれて屋敷の奥へと入って行った。

 ラ・カームは応接室に通され、皮製の椅子に案内され正面にキヌアが座った。

 サーシャが立ち去るのを確認してからキヌアがラ・カームに尋ねた。

「皇子、なぜサーシャがここで育ったかわかりますか」

 「はい、戦火に巻き込まれたと・・・」

 「我々は長く人間の世界とは距離を置いていた、今でもそうです」

 「はい」

 「しかし、王国とイグニクェトゥアの戦禍はここ数十年ますばかりです。まだ幼いあなたに言うのは酷なのは分かっていますが、戦争のない世界を模索しませんか?サーシャのような子はたくさんいるのです、それはイグニクェトゥアだけでなく、ラ・カーム王国の将兵によっても同様の悲劇が繰り返されている」

 「僕は、サーシャと会うまで自分のことと、家族のことしか考えていませんでした、多分父上は僕を最強の兵士にするために僕の姉と妹の命まで犠牲にする考えで・・・」

 「たしかに、皇子の力は今でも歴代王家最強に近くなっています、イグニクェトゥア一軍に匹敵するかもしれません、ただ、もう千年近く戦争の悲劇が繰り返されている」

 「でもイグニクェトゥアはラ・カーム王国の存在自体を認めていません、和平というのは王国の廃止と完全降伏です、それは王国内で到底認められるものではありません」

 「確かに今の戦争はラ・カーム王国の独立戦争です、ただ、イグニクェトゥアも長い戦争で厭戦気分も高まっている、きっかけがあれば和平への流れもできるのではないですか」

 「僕には、まだ分からないです、つい数か月前にも大きな戦いがあり、お互いに多くの命を失いました、戦争がない世界というのは想像できません」

 「そうですか、いや、そうでしょう、皇子は戦争のために生まれながらの教育を受けています」

 「・・・でも戦争がいいこととは思っていません、ラァやラナ、僕の姉と妹ですが、その二人の命を救うために僕はここまで逃げてきたんですから、人の命を奪う戦争がいいとは思えません、けど・・・」

 「皇子なりに考えてみてください」

そう告げてから、キヌアが切り出した。

「ところでラァ様、ラナ様のことですが」

 「はい」

 「非常に難しいのですが、救える可能性はあります」

 「本当ですか?どんなことでもします!」ラ・カームは興奮しながら言った。

 「殿下もご存じのことでしょうが話は王国の成立までさかのぼります」

 キヌアが語り始めた。


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