五章 ~新学期 急転直下の一日目終了~
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冬休みが明けて、最初の学校。中田君の従妹である夢ちゃんが制服姿で登校してきたりしたけど、概ね平常通りに終わった―――はずだった。
「夢ちん……! 目を開けて……!」
下校途中、突然夢ちゃんが倒れた。あやめさんに抱き抱えられた夢ちゃんは、頭から血を流していて……一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「夢ちんっ……!」
あやめさんは夢ちゃんを激しく揺すっている。けれど、彼女は一向に目を覚まさない。―――そのとき、脳裏にとある言葉が浮かんできた。それは……。
「夢ちんっ……! ……死んじゃ、嫌っ!」
「……っ!」
「死」という文字。日常には程遠く、しかし誰もが等しく迎えるであろうものだ。それが夢ちゃんに―――今、目の前で起ころうとしている。その事実を実感したとき、自分の頭から血の気が引いていく感じがした。
「……っ~!」
「え……?」
目の前が真っ暗になって、平衡感覚が麻痺しかけたとき、耳に小さな呻き声が聞こえてきた。
「おんどりゃ……誰に向かって言っとんねん」
「ゆ、夢ちんっ……!?」
貧血でぼやけた視界の中に、朧げだったけれど、起き上がった夢ちゃんの姿が映る。
「っ……こんなん、掠り傷程度や」
側頭部から血を垂れ流しながらも、夢ちゃんは元気そうだった。……良かった、生きてるっ!
「ゆ、夢ち~ん……っ!」
「わ、ちょ、ちょっと……!」
夢ちゃんが目を覚ましたからなのか、あやめさんが夢ちゃんに抱きついて、頬擦りしていた。……私も、そうしたくなる気持ちが分かるくらいに、ほっとしている。
「……はぁ~」
安心したら、体中から力が抜けてしまった。倒れるようにして地面に跪いて、安堵の息を漏らす私。
「夢ち~んっ!」
「や、やめ、ちょっ、離れ……」
あやめさんと夢ちゃんの声が、どこか遠く思えてきたのは、多分、精神的疲労からだろう。
◇
その後、中田君も合流して、あやめさんの家に向かった。その途中、中田君はやたらと周囲を警戒しているようだったけれど、夢ちゃんが倒れたのと何か関係があるのだろうか?
「あやめ、屋敷には地下室がありましたよね?」
「あるけど……そこ行くの?」
「ええ。地下室なら、狙撃の可能性はほぼないですから」
そ、狙撃……!? 何か、物騒な単語が聞こえたんだけど……。
「地下室なら、音楽ルームがあるけど……ちょっと埃っぽいよ?」
「構いません」
といった感じで、私たちは音楽ルームへと案内された。そこはあやめさんの言う通り、床にも薄っすらと埃が積もっていたけど……長い間、使われていないのかな?
「それで、優。「狙撃」ってどういうこと?」
部屋に入ってすぐ、あやめさんが中田君に尋ねた。彼女も気になっていたみたいだけど、中田君の様子から、どこか切羽詰っているように思えて、ここまで追求を待っていたのだろうか。
「みんな気づいてないのかもしれませんが……さっき夢が狙撃されました」
「「「え……?」」」
その言葉に、私、あやめさん、西崎君の三人は、間の抜けた声を上げてしまった。でも、夢ちゃんが狙撃って……え?
「全く……さすがに頑丈ですね、あなたは」
「当たり前や。あの程度で死ぬわけあらへん」
い、いや、普通は死ぬと思うんだけど……実際、全然目を覚まさないから、死んだのかと思ったし。
「で? どうしてあなたが狙われてるんですか? こっちに来たのと何か関係が?」
「あー、うん、ちょっとな」
中田君に問われて、夢ちゃんはばつが悪そうに頷いた。
「実は……うち、逃亡してきたんや」
「逃亡?」
……なんか、また不穏当な言葉が聞こえてきたけど。
「ちょっと向こうでごたごたがあって……軽~く命狙われてんねん」
「軽くで狙撃されるんですか?」
「う゛っ……」
中田君に突っ込まれて、呻き声を上げる夢ちゃん。確かに、「軽く」で狙撃は……ないよね。
「まあ、何となくは分かりましたけど……弱りましたね。狙撃手は取り逃がしましたし、これでは下手に出歩けません」
確かに、いつ狙撃されるかも分からない状況じゃあ、不用意に外出が出来なくなる。
「それで? 相手が誰か分かってるんですか?」
「んにゃ。皆目見当もつかない」
っていうか、もうこれ、警察に届けたほうがいいんじゃないだろうか……? 銃器なんて、手に負えるわけがない。
「それだと、対策も解決も出来ませんね……」
え。相手が分かれば解決するつもりなの? いくらなんでも、それは無茶な気がするけど。
「まあ、それなんよ。相手が分からん以上、こっちから仕掛けることも出来んし」
「っていうか、本当に心当たりがないんですか? ごたごたの内容から、相手くらい分かるでしょう?」
「いやまあ、そうなんやけど……あくまで実行犯は別みたいでな。どうにもならへんねん」
「なら、現行犯で捕まえるしかないですね……まあ、それなら今は、夢に待機してもらうしかないんですが」
結局、夢ちゃんをあやめさんの家に置いたまま、今日は解散ということになった。
「あ。桜ちゃん、ちょっと待って」
中田君と西崎君が帰った後、私も帰ろうと思っていたら、あやめさんに呼び止められた。
「どうしたの?」
因みに夢ちゃんは、念のため音楽ルームに引き篭もることになった。私たちが今いるのは、その前にある廊下だ。
「ちょっと、話したいことがあるの。こっち、来て?」
話したいこと……って、何だろ? さっき話さなかったってことは、中田君たちに聞かれたくない内容なのかな?
あやめさんについていくと、そこは応接間だった。見るからに高級そうなソファに、その他調度品。それから壁には絵画が何点かと、これまた高そうな壺、皿、蜀台……っていうかこの部屋、うちのリビングくらい広いし。ソファを勧められたけど、座るのもなんだか緊張するし。
「ここなら、高洲さんくらいしか来ないし……大丈夫かな?」
私がソファに座った後、そう言って、あやめさんは話し始めた。
「あのね、さっき夢ちんから聞いたんだけど……もしかしたら、優も狙われるかもしれないの」
「え……?」
狙われるって……夢ちゃんを襲った人たちに、ってこと?
「言ってなかったと思うけど、夢ちんって、優と同じ魔女なの」
「魔女……」
その単語は、中田君の「秘密」そのものだ。中田君は現代に生きる魔女で、前にもその力を使って、私を助けてくれた。夢ちゃんも、彼と同じ魔女だっただなんて……。
「じゃなかったら、狙撃なんてされて、生きてるわけないもん」
確かに中田君も(モデルガンだったけど)目を撃たれたのに、直後には平然としていた。それならば、同じ魔女である夢ちゃんだって、頭を撃たれて生きてても不思議はない。
「それでね、夢ちんの巻き込まれたごたごたって―――魔女関係のことみたいなの」
夢ちゃんが命を狙われてる理由は、魔女に関する何か。だとすれば……同じ魔女である、中田君も狙われてるかもしれないってことっ!?
「でも、夢ちんはそのことを優には知られたくないみたいなの。―――だって、優は責任感が強いっていうか、自分のせいで誰かに迷惑掛けるのが嫌な人だから。自分が狙われてるって知ったら、周りが巻き込まれないように、必ず一人になっちゃう。……そんなの、絶対に嫌だから」
確かに、あの中田君なら、それくらいのことはやりそうだ。思い出してみれば、夢ちゃんが狙撃されたときも、私たちの安全に気を配っていた気がする。……呆然としていて、よく覚えてないけど。
「だから、絶対に優には知らせないで。優なら、万が一のときは自衛できるはずだから」
「……うん、分かった」
他ならぬあやめさんのお願いだし、それに中田君のためでもあるんだから、断る理由がない。だから、彼女の言葉に頷いて、私はあやめさんの屋敷を出た。……けれど、どうしてあやめさんはこの話を私にしたんだろう? 中田君に知られたくないなら、私に話さなければいいのに……。




