六章 ~日常 狂いだす歯車~
夢が狙撃されて、一日が経過した。幸い、昨日のことは誰にも見られなかったらしく、特に騒ぎは起こっていないようだった。
「……で。優はこれからどうすんの?」
その日の休み時間。西崎君と、今後のことについて話していた。夢を狙う相手が不明な以上、西崎君と話したくらいで進展するとは思えないけど、かといって何もしないわけにはいかない。だからこその相談だ。
「それなんですけど、なんだか妙なんですよね」
「妙って?」
彼に話してよいものかとも思ったが、今は夢も、あやめも、ついでに牧野さんもいない。話すなら、今だろう。
「実は昨日、あやめの屋敷に着いたとき、能力を使って屋敷の周囲を探ってみたんですけど……全く、何の反応もなかったんです」
いくらあやめの屋敷が広大でも、悪意に敏感な「僕」の能力で捉えられないのはおかしい。もしも相手が僕らをつけていたなら、僅かなりとも痕跡があるはずなのだけれど。
「それって、単純にうまく撒いたってことじゃねえの?」
「その可能性もあるでしょうけど、そう解釈すると、一つだけ腑に落ちないことが」
「何さ?」
「反応が、全くなかったんです」
そう、反応が「全く」なかったのだ。これっぽっちも。
「反応が皆無、というのはありえません。だって、あの場所には君や、あやめ、牧野さん、そして夢がいたんですから。まあ、夢の思考は読み取りにくいことも多いですけど、他の三人まで読めないなんておかしいです」
「まあ、確かにな」
「僕」の能力は浮き沈みが激しいけど、さすがに至近距離の相手から思考が読めないなんて、普段のように力を抑えてない限りは考えにくい。それなら、自ずと答えは限られてくる。
「だから僕は―――今回の件は、夢の自作自演を疑っています」
「自作自演って……何のためにさ? あんな、狙撃なんて真似してまで、そんなことする意味あんの?」
突拍子もない話だから、信じられないのも無理はない。実際、僕もそんなに信じてはいない。けれども、可能性としては十分にありうる。
「けれど、夢なら出来るんですよ。「僕」の能力を妨害することが」
夢には能力が二つだけある。「僕ら」みたく人格や瞳の色を変えてこないから分かりにくいけど、特性の違う二つの力を自在に操れるタイプの魔女なのだ。一つは念力。体の外部に物理的な力をかけて、物体を圧迫したり、弾いたりする。狙撃を防いだのもこの能力だろう。命の危険があるときは本能的に発動させているみたいで、不意打ちにも対応できる。そしてもう一つが、能力の妨害。例えば、「僕」の思考読み取り能力を邪魔してくる。それが原因で、夢本人の思考が読み取れないことが多々あるのだ。とはいえ、何でも妨害できるわけではなく、風を操るなどの物理的な能力には効果がないみたいだ。尤もそれは前者の能力で防げるので、「僕ら」とは致命的に相性が悪い。
「だから、少なくとも夢には、僕に知られたくないことがあるんですよ」
「そりゃ、年頃の女の子には色々あるだろ」
いやまあ、それもそうだけど……でも、そういうのとは違う気がする。
「ま、なんにせよ。夢は暫くあやめの家だし、何か企んでても動けないだろ?」
「まあ、それもそうですね」
それだけで無警戒には出来ないけど、暫くは様子を見たほうがいいかもしれない。そう結論付けて、西崎君との会話を打ち切った。
◇
放課後。僕は黒板の清掃をしてから、教室の戸締りをしていた。それから教室の鍵を返して帰ろうとしたら、昇降口に牧野さんがいた。
「牧野さん。誰か待ってるんですか?」
「あ、中田君。えっと……中田君を、待ってたの」
え? 牧野さんが、僕を……? 珍しいこともあるものだ。
「あ、もしかして、迷惑、だった……?」
「いいえ。……まあ、たまには一緒に帰りましょうか」
「うんっ……」
牧野さんが悲しそうな表情をするので、ついそんなことを言ってしまった。けれど、彼女が嬉しそうだったので、まあいいかと思う。
「……」
「……」
帰り道。僕は牧野さんと一緒に、会話一つもなく下校していた。……にしても、どうしたんだろうか? 牧野さんが僕を待っていただなんて。何か、大切な話でもあったのだろうか?
「……中田君って、さ」
「はい?」
と思っていたら、牧野さんのほうから話しかけてきた。こちらから話しかける手間が省けたのでとりあえず乗ってみる。
「中田君って、どうしてそんなに優しいの? ―――前にも私のことを助けてくれたけど、どうして態々? 私なんて、助けなくても良かったのに……」
「ああ、そのことですか。簡単ですよ」
態々僕を待ってまで聞くようなことでもないなと思いながら、彼女の問いに答えた。
「僕の名前、覚えてます?」
「名前って……中田、優―――あ」
「そう、「優」。つまり「優しい」です。これは亡くなった父がつけてくれたんですが、そのまんま「優しい子に育って欲しい」と思ったみたいです」
「そう、だったんだ……」
答えると、牧野さんの表情が暗くなっていく。あ、いけない。死ん身内の話をすると、場の空気が悪くなるんだった。すっかり失念していた……。
「と言っても、それだけではないですよ。概ね、生まれ持った気質です」
「あ、それは分かる気がする」
良かった。どうにか暗い雰囲気を払拭できたみたい。……けれど、何故か無意識の内に、口が動いてしまった。
「まあ、優しいだけでは、何も守れないんですがね……」
「えっ?」
折角良くなった空気を台無しにする発言。牧野さんは驚いたような声を上げたけど、僕は気づかない振りをした。……だって、これだけは言いたくなかったから。
「このまま、何事もないといいのですが……」
それが無理だということは、僕が一番分かっていた。




