二章 ~新年 黒白~
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夢を我が家から追い出すために考えた方策。それは、夢をあやめの家に泊まらせることだった。あやめの屋敷なら無駄に広いし、彼女も夢とは面識があるので、実現は然程難しくはないだろう。
「うぅ……なんであいつの家に行くんや~?」
しかし、肝心の夢はあまり乗り気ではなかった。確かにこの子はあやめのことが苦手みたいだけど、まあ、気にするほどのことでもないだろう。
「さあ、もうすぐですよ」
「人の話を聞け!」
相変わらず夢が喚いているけど、いつものことなので無視。
「うぅ~……優のアホッ!」
無視無視。
あやめの家に着く頃には、夢もすっかり大人しくなっていた。門のところまで来た後、出迎えてくれた高洲さんにあやめを呼んでもらった。
「さ、どうぞこちらへ」
数分後、何故か戻ってきた高洲さんに案内されて、あやめの元へ向かう。そうして辿り着いたのは、この前使ったレクリエーションルームだった。
「お嬢様、優様がいらっしゃいました」
「入って」
高洲さんが扉をノックして呼びかけると、間髪入れずにあやめからの応答があった。……けれど、どこか不機嫌な雰囲気が漂う声だったような。
「失礼します」
「ちょっと優っ! 女の子同伴ってどういうことっ!? ……って、あれ?」
扉を開けた途端、あやめがきつい口調で怒鳴り散らしてきた。だけど、私の傍らにいる夢を見た瞬間、呆気に取られたような表情になった。
「な、なんだ夢ちんか~! もう、びっくりした~」
「なんだとはなんやねん!」
どうやら安心しているみたいだけど、どうかしたのだろうか?
「だってぇ~、優が女の子同伴って聞いたらから、私たちを裏切って別の女とくっついたのかと思っちゃったんだもん!」
「え、高洲さん、そんな言い方したんですか?」
「いえ、私は優様が同伴でいらっしゃったとしか」
高洲さん……相変わらず、変なところで意地が悪いな。この展開を予想した上で、そんな思わせぶりなことを言ったのだろう。
「ちゅーか、そこの電柱女は誰やねん?」
それから、夢の言葉で、その部屋に牧野さんがいるのに気づいた。……って、電柱女はないだろうに。
「夢、あんまり失礼なことは言わないでください。あなただって、「チビで金髪の不良小学生」って言われたら怒るでしょうに」
「当たり前や! 大体、この金髪は地毛やし! 不良ちゃうわ! しかも小学生やなくて中学生やし!」
夢の暴言を窘めていたら口論に発展してしまった。……犬猿の仲って恐ろしい。
「あのね、桜ちゃん。夢ちんは優の従妹なの」
「い、従妹……?」
代わりにあやめが、牧野さんに説明していた。まあ、厳密には赤の他人だけど、いたずらに話をややこしくしなくてもいいか。本当なら、夢と血縁だなんて思われるのは嫌なんだけど。
「で、こちらは私の友達で、牧野桜さんです」
「ふぅん、優の友達……か。まあええわ。うちは上方夢。よろしゅうな」
「あ、えっと、牧野桜、です……。こっちこそ、よろしく」
とりあえず、それぞれ自己紹介は終わったようだ。
「―――それで、しばらく夢ちんを泊めてあげればいいの?」
「はい。庭の片隅にでも埋めておけばいいですから」
「ちょいまちっ! 何でうちを埋めるんや!?」
あやめに事情を話して、夢を埋葬―――宿泊させることは出来ないかと尋ねてみた。まあ、さすがのあやめも自分の家で死人―――問題児を飼うのは気が引けるかもしれないけど、その辺はノリで何とかなるだろう。
「いいよー」
「ええんかい!?」
やっぱりあやめだ。ノリの良さに関しては超一流。これで夢を始末―――引き取ってくれる当てが出来て、一安心だ。
「夢ちんには、私と一緒に寝てもらうね♪」
「え゛!?」
ちっ……やっぱり、あやめは変なところでお人好しだから、そうなってしまうのか。夢なんか、庭の土で十分なのに。
「誰かと一緒に寝るの、クリスマスに桜ちゃんと一緒だったとき以来だから楽しみ♪」
そういえばあやめって、誰かと寝るのが好きだったっけ。私も小さい頃は、一緒に寝ようとせがまれた。
「今日からよろしくね、夢ちん♪」
「う、うわぁぁぁぁん!」
夢の絶叫が屋敷中に響き渡る。多分、それくらい嬉しいのだろう。
夢があやめの邸宅に泊まることが決まり、彼女の書初めに少し付き合った後、私は帰宅することにした。ついでに、牧野さんも一緒に。
「全く。あやめったら、高価な着物を墨だらけにして……ほんと、困ったものです」
「それがあやめさんらしさだと思うけど」
「それもそうですね」
それはそうと、牧野さん。前より態度が柔らかくなったというか、おどおどすることが少なくなったみたい。それでも相変わらず、私に対してすら物怖じすることもあるようだけど。
「あっ……」
「どうしたの?」
「墨が、顔に……」
「えっ!? ど、どこに!?」
牧野さんの額に、僅かながら墨が付着していた。多分、書初めをしていたときについたんだろう。
「ちょっと待ってください」
「え、えっ!?」
「じっとしててくださいね」
仕方がないので、私はポケットからハンカチを取り出して、牧野さんの額を拭いてあげた。幸いまだ乾ききっていなかったらしく、墨はすぐに落ちた。
「はい、取れました」
「……あり、がと」
拭き終えると、牧野さんは顔を赤らめて俯いてしまった。……いけない、昔からの癖でついついやってしまったけど、よく考えたら凄く恥ずかしいことだったんじゃないだろうか?
「どういたしまして」
ちょっと悪いことしたかもと思いながらも、別に間違ったことはしていないと開き直ることにした。それから私は、牧野さんを家まで送り届けたのだった。




