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一章 ~訪問 仲直り~

 文化祭から一ヶ月。つまり、あやめさんの起こしたあの騒動からも一ヶ月が過ぎていた。けれどあれ以来、あやめさんの姿を目にすることはなかった。いつものように訪ねてくることはなくなったし、こちらから会いに行こうにも、あやめさんのクラスが分からないのでどうしようもない。……よくよく考えると、私って、あやめさんのことを意外に知らなかったんだな。

「……はぁ」

 ここ最近、無意識のうちに溜息が出るようになった気がする。本当なら中田君に相談すればいいのだけれど、いざ彼を目の前にすると、緊張してうまく喋れないのだ。

「……はぁ」

 どうしよう、溜息が止まらない。溜息を吐くと幸せが逃げていくらしいので、私の幸福はもう品切れ状態だろう。そもそも、そんなものがあるのか怪しいけど。

「牧野さん?」

「……はぁ。―――って、中田君!?」

 そんな薄暗いことを考えていたら、突然声を掛けられ、思わず飛び上がってしまった。

「どうかしました?」

「う、ううん、なんでもない……」

 放課後だったけど、まだ教室には人が残っていた。だから、いきなり大声を出してしまって、ちょっと恥ずかしい……。

「そうですか。それでなんですが、ちょっと一緒に来てもらいたい場所があるんです」

 ……まさかこれは、俗に言うデートのお誘いという奴では? と一瞬思ったけど、よく考えたら中田君はそんな浮ついた人じゃないし、そもそも自分を誘う意味がないから、多分違うと結論付ける。……という思考回路に、ちょびっとだけ自己嫌悪。

「うん、分かった」

 そのときは、最近あまり話せなかった中田君と喋れてよかったな、くらいにしか思っていなかった。



  ◇



「……ここ、どこ?」

 中田君についていくこと数十分。私は、広大な庭園の中にいた。白い石の歩道を挟むようにして広がる綺麗な薔薇と、生垣で作ったオブジェは見事だけど……そもそも、ここは一体どこなんだろうか?

「ここはあやめの家です」

「あ、あやめさんの……!?」

 最初に会ったときから育ちが良さそうだったし、執事さんがいたくらいだから、家が裕福なのは想像していたけど……家にこんな、学校の校庭くらいに大きいお庭があったとは。

「ここで驚いていたら心臓持ちませんよ。まだほんの序の口なんですから」

 これで序の口って、一体どんなお金持ちなの……? っていうか、そんな広い土地の存在に今まで気づかなかったことに驚く。普段出不精だからかもだけど。

「とにかく、早く本館に行きましょう。でないと、冗談抜きで日が暮れます」

 中田君の案内に従って、私は庭園を進んでいった。



  ◇



 庭園を抜けた後、私たちは門を潜り(実は、庭園は塀の外にあった。一応あれも敷地らしい)、出迎えてくれた執事の高洲さんに連れられて、巨大なお屋敷(学校の校舎くらい大きい)の中に入った(今ここ)。

「さ、こちらへ」

 高洲さんが案内してくれているのは、屋敷の本館一階部分。床には高そうな絨毯が敷き詰められ、廊下の脇にはこれまた高そうな骨董品や絵画が飾られている。傷つけたり壊したりしたら弁償しないとだし、一体いくらするんだろうかと思うと、怖くて緊張する。

「あやめはどうしていますか?」

「あやめお嬢様はゲーム部屋に篭っていらっしゃいます」

 ゲ、ゲーム部屋……? 確かに、ここまで広い屋敷なら、用途別に部屋を沢山用意してても不思議じゃないけど。寧ろあやめさんなら絶対作るだろうけど。問題はそこではなく。

「平日の昼間から、学校サボってゲームとは……いい身分ですね」

「お嬢様も、先日の一件で心を痛めておいでです。どうか、あまりお責めにならないでください」

 それは分かるけど、学校サボってゲームはないと思う。

「こちらでございます」

 そんな話をしていると、どうやら目的の部屋に到着したみたいだった。他の扉とデザインは同じだし、目印のようなものもないのに、どうやって見分けているんだろうか? 単なる慣れ?

「お嬢様。優様と牧野様がお見えになりました」

 高洲さんは重厚な扉にノックをして、中にいるであろうあやめさんへ要件を告げる。

「……入って」

 ややあって、扉の向こうからそんな返事が聞こえてきた。

「失礼します」

 高洲さんが扉を開いてくれたので、中田君と一緒に部屋の中へ入る。

「うわっ……!」

 部屋に入ると、生温くかび臭い空気が顔に吹き付けた。どうやら、窓際に設置されたいくつものPCが稼動しているせいで、部屋の気温が上昇しているらしい。部屋の中央には大型の液晶テレビが四台、輪になって置かれていて、それぞれにテレビゲームのハードが接続されている。残った壁にはびっしりと棚が取り付けられ、大量のゲームソフト(たまに攻略本)が収められていた。これが、あやめさんのゲーム部屋なのだろうか?

「相変わらず、ここは空気が悪いですね……。いい加減、換気くらいしたらどうですか? あやめ」

 中田君の見やる先、こちらを向いているテレビの前に、あやめさんは座っていた。画面を見るに、ゲームに勤しんでいる真っ最中のようだ。

「どうしたの?」

 私たちには目もくれず、背を向けたまま、あやめさんは問いかけてきた。私たちと話すのが気まずい……というよりは、ただゲームに集中したいからだろうか。

「決まってるでしょう? どうして、学校サボってゲームしてるんですか?」

 え、もしかしてそれ言いに来たの? いやでも、案外このギクシャクした状態と関係あるのかもしれないし。

「だって、ようやくこのゲームが買えたから、すぐにでもプレイしないと」

 え、そんなすっごく身勝手な理由!? あのときのことを引き摺ってるのかと思っていたけど、違うのかな……?

「それ、建前ですよね?」

「……っ!」

 コントローラーを操るあやめさんの指が、一瞬だけ止まった。けれどすぐに操作を再開して、なんでもない風を装う。

「本当は、あんなことをした手前、中々顔を見せる気になれなかっただけでしょう? 今日休んだのは本当にゲームかもしれませんけど、最近はちょくちょく休んでいたみたいですし、少なくともそっちはゲームと関係ないですよね?」

「……そう、かもね」

 あやめさんはゲーム画面を一時停止させると、ほつりとそう呟いた。……しっかりポーズとってる辺りがあやめさんらしい。

「本当は、優に―――優や桜さん、西崎君に会うのが辛かったのかも。だって、私は優に嫌われてるから……優達と一緒にいちゃいけないんじゃないかって思えてきて、無意識のうちに避けちゃってた」

 あやめさんは私たちに背を向けているけど、その声は嗚咽が混じっていて、もしかしなくても泣いているのだろう。それだけ、中田君と一緒にいられなくて、寂しかったのかもしれない。それこそ、学校サボってゲームしたくなるくらいに。

「確かに、僕はあやめが嫌いですけど―――それ以前に、あやめは僕の家族であり、仲間です。今までもずっとそうして来たんですから、今更そんなことを気にしなくてもいいんですよ」

 あやめさんの背後まで近づいて、そう優しく語りかけた。……前半が何気にあれだけど、この際気にしない。

「牧野さんや西崎君のためにも、前みたいに……とまでは言いませんが、せめて顔くらいは見せるようにして下さい」

「……うん、分かった」

 中田君の言葉に、後ろを向いたまま、あやめさんはこくりと頷いた。

「……にしても、優って昔から変わらないよね」

「そうですか?」

「そうだよ。……自分で傷つけたのに、自分でフォローしちゃうとことか。前にも似たようなことがあったけど、そのときだって、今日みたいに諭してくれたじゃない」

 そう言って、振り返るあやめさんは、泣きながらも無邪気に笑っていた。なんていうか、二人の間には特別な絆みたいなものがあって―――私、今とっても空気だ。

「桜さん。桜さんにも色々迷惑掛けちゃったよね? ほんとに、ごめんなさい」

 と思っていたら、あやめさんが私に向かって頭を下げていた。

「う、ううん、気にしないで」

 まあ実際、あのこと自体はそんなに悪くなかったと思ってる。とっても快適だったし。

「ようし。それじゃあこれから、みんなでゲームしよう!」

 仲直りが済んだからか、突然テンション高く叫びだしたあやめさん。そんな彼女に、私は中田君と顔を見合わせた。

「……まあ、今日くらいは付き合ってもいいですけど」

「……うん、そうだね」

 多分、いや絶対、あやめさんの変なテンションに振り回されるんだろうなと思いながらも、私たちは頷いた。

 そして結局、この日は夜遅くまで、あやめさんと遊んだのだった。お開きになる頃には、私も中田君もぐったりしていたことは言うまでもないと思う。

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