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序章 ~逆行 解決に向けて~

 文化祭から一ヶ月ほど経過した。けれども、文化祭後にあったあの騒動は未だに、僕らの間に亀裂を残したままだった。

「あの、えっと……中田君?」

「はい、何ですか?」

 特筆することのない、普段通りの平日。何故か未だに室長を続けさせられている僕と牧野さん。前と何も変わらない日常のはずなのに、そこには決定的な「何か」が欠けていた。

「えっと……う、ううん、なんでもない」

 そう言って、牧野さんはどこかへと行ってしまった。……そう。僕と牧野さんの関係が、文化祭以前よりもぎこちなくなってしまったのだ。原因は言うまでもないだろう。今日みたいに、話しかけては何も言わずに去っていくパターンは、ここ一ヶ月の間続いていた。

「……ふぅ」

 それから、牧野さんとあやめの仲もあまりよくないらしい。前はしょっちゅう一緒にいたのに、最近では目も合わせないとか。かく言う僕も、あやめとはあれ以来口を利いていないのだけれど。

「優、大丈夫か?」

「西崎君……」

 ただ一つだけ変わらないとすれば、それは僕と西崎君だろうか。彼とは昔からずっと一緒だったから、あやめと疎遠になっても大して変化がないのだ。……まあ、もっとも彼は、あやめが起こしたことを知らないけれど。

「帰ろうぜ」

「ええ」

 何もかもが四月に逆戻りしたような錯覚に陥りながらも、僕らは日常生活を送っていた。



  ◇



「優兄、最近ちょっとおかしいよ」

 夕食を終えて後片付けをしていた頃、妹の弓が話しかけてきた。

「そうですか?」

「うん。すっごく」

 弓は心の機微に敏感な子だから、気づかれていても不思議はない。けれど、心配をかけてしまったのだと思うと、申し訳ない気持ちになってしまう。……僕は、この子の兄なのに。

「何か困ってるなら、私に―――私が駄目なら英兄でもいいから、相談してよ。ね?」

 遠慮がちに、だけどはっきりと、まるで諭すように、弓はそう言った。……まるで、かつて僕がこの子にしていたように。

「そう、ですね……。では弓、一つ聞いてもいいですか?」

「うん、なあに?」

 悩みを打ち明けてもらえるのが嬉しいのか、弓は笑顔で問い返してくる。よし、これなら遠慮なく尋ねられる。とはいえ、そのまま打ち明けるわけにもいかないので、参考になりそうなことを聞こうか。

「弓は、誰かを好きになったことはありますか?」

「……え?」

 突拍子もない問いに、弓は一瞬硬直していたけど、やがて顎に手を当てて思案し始めた。

「うーんと……まいちゃんとか、えみちゃんとか、それからふぅたんも好きだよ?」

「それは弓のお友達でしょう?」

 彼女の同級生(女子)で、とても仲がいいらしい。よく弓が話していたので覚えている。

「そうではなくて、異性で、です」

「異性って、男の子だよね? だったら……冷?」

「えっと、そういう意味でもなく……」

 冷は弟でしょうに。

「あ、大丈夫。優兄も大好きだよ」

「そういうことを言っているのではないのですが……」

 何も大丈夫じゃないし。っていうか、友達や冷は「好き」なのに、何気に僕は「大好き」なのか。どうでもいいけど。

「家族以外の異性で、誰か好きな人はいないんですか?」

「えぇ……っていうか優兄、どうしたの? 突然そんなこと聞いて」

 うん、よく分かった。弓にはまだ、色恋沙汰とかは早かったみたいだ。

「いいえ、何でもありません」

 今我が家にいる唯一の(ちゃんとした)女子だから、恋する乙女の気持ちというやつを聞きたかったんだけど……まあ、無理なら仕方ないか。

「あ、分かったー! 優兄、好きな人出来たんでしょ?」

「……違います」

 寧ろ逆です。好かれて大変なことになりました。

「照れなくてもいいのに。まいちゃんも、ひろくんのことが好きだって言ってたし」

 ひろくんというのは、まいちゃんの幼馴染だったはず。どっちかと言うと、そのまいちゃんに話を聞きたい。そう思っていると、突然弓が穏やかな表情に変わった。

「だからね、優兄。別に、焦らなくてもいいんだよ?」

 ゆっくりと、一言ずつ染み込ませるようにして、弓は語りかけてきた。……ああ、そうか。弓の言う通りかもしれない。

「……そう、ですね。確かに、焦っていた気がします」

 今の気まずい状況を何とかしようとして、思い詰め過ぎたかもしれない。悩めば悩むほど、思考が堂々巡りして、この現状に焦りを感じていたのだろう。だからこそ、単純な答えが見えなくなっていた。弓の言葉で、それに気づくことが出来た。

「ありがとうございます、弓。お陰ですっきりしました」

「そう? 良かった」

 僕の返事に、満足げな笑みを浮かべる弓。……やっぱり、家族というのはとても頼りになる。困ったときは、必ず僕を助けてくれる。そんな家族の存在が、何度僕を救ってくれたことか。

「……こうなったら、さくっと終わらせましょうか」

 大切な妹のお陰で、本当にやるべきことが何なのか、ようやく分かった気がする。



  ◇



 翌朝、僕はあやめのクラスに来ていた。理由は勿論、彼女に会うため。昨日弓と話して気づいたのは、このギクシャクした関係をなんとかしようとしていたのに、肝心のあやめとはあれ以来顔を合わせていないということだった。本来なら真っ先に話し合わなければならない相手なのに、今まで会わずにいたのだから、それで何とかできるわけがない。……ほんと、焦ると碌なことないな。

「……とはいったものの、まだ来てないみたいですね」

 今はまだ時間があるけど、予鈴が鳴ってから来たとしたら、落ち着いて話せなくなるだろう。とりあえず、朝のうちに話すのは諦めて、昼休みにでも出直そうか。



  ◇



 しかし、昼休みに訪ねてもあやめは不在だった。クラスの人に聞いてみると、彼女は学校を休んだらしい。最近は休みがちだったようなので、それ自体は然程不思議じゃないけど……この分だと、いつまで経っても解決しない可能性もなくはない。

「仕方ないか……」

 あまり気乗りしないけど、ここは最終手段を使うしかないか。

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