九章 ~監禁 収束~
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目が覚めると、そこは小汚い部屋だった。コンクリートの壁に、錆だらけの扉。窓は無残に割れていて、まるで廃墟の中にいるみたいだった。
「……お気づきになりましたか?」
「……!?」
未だに寝ぼけ眼な状態で誰かに声を掛けられ、心臓が飛び出しそうなくらい跳ね上がってしまった。
「ああ、驚かせてしまいましたか……」
声のしたほうへ振り返ると、そこには白髪交じりの男性―――多分、五十代くらい―――が立っていた。上等なスーツに身を包み、気品溢れる物腰の御仁は、心配そうに私の様子を窺っていた。
「申し遅れました。私、綾小路家に仕える執事で、高洲と申します」
男性―――高洲さんは恭しく頭を垂れると、再度私のほうを見て、続けた。
「この度は、あやめお嬢様の我侭に付き合わせてしまい、誠に申し訳ございません」
しかしもう一度、深々と頭を下げる高洲さん。っていうか、綾小路家ってことは……あやめさんの執事、なの? 確かに育ちがよさそうだとは思っていたけど、まさか執事がいるとまでは……。そもそも、執事という職業が実在していたことに驚いた。
「あやめお嬢様の色恋沙汰にご学友を巻き込んでしまい、大変心苦しいのですが……どうか、もう少しだけご協力頂けないでしょうか?」
「協、力……?」
それ以前に、今自分の置かれている状況が分からない。だから、高洲さんの頼みも、内容そのものが理解出来ないでいた。
「はい」
それから高洲さんは、事の次第を話してくれた。あやめさんが中田君のことを、小さい頃からずっと想い続けていたこと。けれど、彼はその想いに気づいていたものの、自分から嫌いだ何だと言って、告げることすら許さず断っていたこと。そんな先回りみたいな態度に業を煮やしたあやめさんは、中田君が何らかの理由で躊躇っているだけなのか、それとも彼女の気持ちを完全に理解した上で避けているのか確かめるために、中田君を試すつもりなのだということ。そして―――私と一緒に誘拐されたことにして、中田君をここへ呼び出したこと。
「あやめお嬢様は、優様を試すおつもりなのでしょう。―――お嬢様と牧野様、どちらを選ばれるかを」
高洲さん曰く、あやめさんは、中田君に二者択一を迫るつもりみたいだ。「もしも私とあやめさんが攫われたとして、どちらを助けるのか」。―――つまり、私たちのどちらが大切なのか、と。そこであやめさんが選ばれないということは、つまり……「たとえ危険な目に遭っても、あやめさんよりも友達を優先する」ということなる。要するに、あやめさんがその程度の存在でしかないと言っているようなものだ。
「恐らく、優様はもうじき到着なさるはずです。……そこでどちらを選ばれるかは分かりかねますが、少なくともその頃にはお帰り頂けるはずでございます。どうか、それまでお付き合い願えませんでしょうか?」
そう言って、高洲さんは深々と頭を下げた。まるで、我が子が他人に迷惑を掛けてしまい、謝る母親のように。
「……分かり、ました」
あまりに唐突な話で、全然飲み込めていないけど。でも、これがあやめさんの望んだことなんだから。―――私には見当も付かないほど長い間、秘めてきた想いなんだから、このくらいは協力してあげないと。だってあやめさんは、私にとって唯一の友達なんだから。
「……ありがとう、ございます」
私の返答に、高洲さんは目に涙を溜めながら頭を下げた。
◇
それから暫くの間、私はそこ(今は使ってない倉庫らしい)に監禁されていた。と言っても、部屋が汚くて埃っぽいだけで、それほど居心地は悪くない。高洲さんが飲み物やお菓子(それも結構高そうな奴。とてもおいしい)を差し入れてくれるし、座っている椅子(こっちも高そう)もふかふかで、はっきり言って、自宅でゴロゴロするよりもよっぽど快適だった。
「おや?」
そうやってマフィンを齧っていると、高洲さんが扉(出口らしい)のほうを向いた。
「どうしたんですか?」
「いえ、そろそろかと」
何のことだろう? と思って首を傾げていると、突然その扉が開いた。
「……っ!」
開いた扉から光が漏れてきて、この部屋を照らす。そのため、扉を開けた主は、逆光になって姿が掴めない。―――けれど、それが誰なのかはすぐに分かった。
「ああ、優様……こちらを、選ばれましたか」
「……はい」
高洲さんの言葉に応えるのは、瞳をいつもの空色にした、中田君。でも、彼がここにいるということは、あやめさんは―――
「あやめには、ちゃんと言って下さいね。―――自分の我侭に、友達を巻き込んだりしないようにと。特に、今回みたいなのは、もう二度と御免です」
「かしこまりました」
高洲さんは恭しく一礼してから、部屋の外へ引っ込んでしまった。そして、残されたのは私と中田君の二人だけ。
「……すいません、あやめが迷惑を掛けたみたいで」
中田君はそう言って、私に頭を下げてくる。けれど、そんな彼を見ていると、逆にこっちが申し訳ない気持ちになってくる。
「い、いいよこれくらい……。それより―――良かったの?」
「いいんですよ、これで」
さ、行きましょう。中田君はそう促して、私を倉庫から連れ出した。……あやめさんには、一回も会うことなく。




