九章 ~海 複雑に絡み合う想い~
先程顔を合わせていた孝介さんが、何故か私たちの元までやって来た。途中で西崎君を掘り起こしてしまったようだけど、首から下が埋まった人を見たら普通は助けたくなるものだから、それについて責めるつもりは全くない。寧ろ、孝介さんが来てくれるのであれば、こちらとしても大歓迎だ。
「それで、二人はどういう関係なの?」
あやめが、興味津々といった様子で尋ねてくる。まあ、学校も学年も違うから、私たちの関係が気になるのも分かるけど。
「近所のスーパーでよく顔を合わせるんです」
でもはっきり言って、私と孝介さんの関係はそれだけだ。小さいとき、食事を作るためにスーパーへ買い出しに行って、そこで彼と出会った。きっかけはただ、それだけ。
「たまにお茶したりもしますけど、それだけですよね?」
「ああ、大体そんな感じだな」
孝介さんに同意を求めると、彼も頷いてくれた。孝介さんは私と同じで親が忙しく、家事を一人でこなさなければならない。妹の聖ちゃんがいるから余計にだ。私も、幼い弟妹と、生活力のない姉と兄がいたので、彼とは色々と似た境遇かもしれない。
「言ってみれば、「主夫仲間」って感じか?」
「そうですね」
実際、孝介さんとの話は家事に関するものが多い。やれ寒くて炊事洗濯が大変だとか、やれ牛肉の値段が上がって家計が大変だとか、そんな内容ばかり。今思えば、あの年で話すようなことじゃなかったと思う。
「ふーん」
私の家庭事情を知っているからなのか、あやめは反応が薄い。いつもみたいに大袈裟なリアクションよりかはいいけど。
「で? どっちが本命だよ?」
「何の話です?」
孝介さんの問いを、私は微笑みながらはぐらかす。すると、孝介さんはより具体的な言葉で問いかけてきた。
「だから、優はどっちが好きなんだ?」
やっぱりその話か。西崎君といい、孝介さんといい、どうして男はこういう話が好きなんだろうか? 私も男だけど。
「強いて言うなら、あやめは嫌いです」
「あーっ! ひっどーい!」
私の答えに、あやめは文句を垂れているけど、割と本心なので仕方ない。
「ってことは……こっちのでかい女が好みなのか」
「えっ……えぇっ!」
孝介さんの台詞を聞いて、牧野さんが赤くなっている。……ちょっとからかってみようかな?
「確かに、あやめよりは好感度高いですね」
「ふぇぇっ!?」
たったそれだけの言葉に、牧野さんは更に赤くなった。まるで茹蛸のようだ。やっぱり面白い。
「ぶぅ~……何で私のこと、そんなに嫌いなの?」
膨れっ面のあやめが尋ねてくるけど、理由なんて一つしかない。
「だって、従姉ですから」
「え……?」
そう、理由は簡単。彼女が従姉だから。
「私、従姉妹という存在がどうにも苦手なんです。あやめだけではなくて、他の従姉妹も。なので、私があやめを嫌う理由は、あなたが従姉だから、です」
何も、あやめ本人に問題があるわけではない。確かにあやめは我侭で、はっきり言って傍若無人。その上猫被りで、身内からすればとんでもなく迷惑な子だ。けれど、そんなことはどうでもいい。私はただ、「従姉妹」が嫌いなだけなんだから。最早生まれつきに近いことなので、こればっかりはどうしようもない。
「というか、前にも同じ話をしましたよね?」
「……うん」
あやめが、予想外にしょんぼりしている。まあ、人から嫌われるのは、誰だって気をよくしないだろう。まして、その理由が「従姉だから」という、自分ではどうしようもないことでは、尚更。
「大体、私を簡単に篭絡できると思ったら大間違いです。そこの変態と違って、かなりガードが堅いですから」
「誰が変態だ!?」
その言葉に、西崎君が即座に起き上がって突っ込んでくる。けど、実際に変態なんだから仕方ない。
「う~ん、それは残念」
見れば、あやめはいつも表情に戻っていた。多分、内心はかなり傷ついていたと思うけど……これが、私とあやめの、丁度いい距離なのだから。
◇
「わぁ……!」
日が暮れてきた頃、私たちは花火に火をつけていた。花火といっても、打ち上げ式のは最後にとってあるので、今は手持ち花火をやっている。
「……ふぅ」
私は線香花火を持って、溜息を漏らしていた。線香花火は綺麗だけど、眺めていると、その儚さに心が押し潰されそうだ。
「優、どうした?」
「孝介さん……」
そんな私の隣に、孝介さんがやって来た。因みに、妹の聖ちゃんは既に完全復活して、女の子たちと一緒に花火に興じている。
「どうした? 元気ないみたいだが」
「……分かりますか?」
「分かるっての」
すると、孝介さんの反対側に西崎君が来た。
「さっきの、あれだろ?」
「……変態なのに、察しはいいんですね?」
「だから変態言うなって」
そう、西崎君は、鈍感なようでちゃんと分かっている。さっきだって、場の空気を変えるために、態と滑稽なピエロを演じてくれた。……本当のピエロは、この私なのに。
「まあ、気にすんなって。あのあやめとかいうの、従姉で幼馴染なんだろ? 少しくらいギクシャクしても、わだかまりなんてすぐになくなるさ」
「そうそう。別に、今回が初めてな訳じゃないんだし」
慰めてくれるのは嬉しいけど……西崎君には、私よりもあやめの傍にいて欲しい。だって―――
「それに……俺が余計なこと言ったせいでこうなったんだ。妹を助けてもらったのに、恩を仇で返すような真似して、ほんとにすまん!」
私が沈黙していたせいか、孝介さんは自分を責めてしまったらしい。けれど、彼は何も悪くない。落ち度があるとすれば、それは全部私。
「気にしないでください。普段からあのくらい言っておけば、無駄に傷つける必要もないですから」
あやめが少なからず、私のことを想っていることくらい知っている。だからこそそれが、友情であれ、家族愛であれ、その他どういう類のものであれ、先に突っぱねておくべきなのだ。あやめの場合は、特に。
「それに、あの子には、もっとお似合いの人がいますから」
それは本心だった。あの子とは十年以上の付き合いで、家族同然に接してきたからこそ分かる。―――そして、私よりもずっと、彼女を大事にしてくれる人のことも。
「さてと……そろそろ大きいの上げますよ」
手元の線香花火が消えたので、私はそれをバケツに突っ込み、胸に残った罪悪感を振り払うように立ち上がった。
「……ああ」
「そうだな」
二人はまだ納得いかないようだったけど、ちゃんと頷いてくれた。男友達は、こういうときに黙って頷いてくれるから、色々と助かる。
「みなさーん! 締めの一発打ち上げますよー!」
「おっしゃー! どーんと行くぜぇい!」
そんな二人のお陰で、私はいつも通りの笑顔を浮かべることが出来た。いつものように、あやめにも接することが出来た。
そうして、様々なことがあった海水浴も、夜が更けていくと共に終わりを告げたのだった。




