四章 ~夏休み 底知れぬ胃袋~
水着を購入した私は、中田君たちの待つドーナツ屋に入った。結構悩んでしまったので、大分待たせているはず。なので出来るだけ急いだ―――のだけど。
「あら、思ったより早かったですね」
中田君の席はすぐ分かった。というか、凄く目立っていた。何せ、彼の前には、大量に積まれたドーナツでタワーが作られていたのだから。
「あ、桜さん。こっちこっち~」
あやめさんに手招きされ、彼女の隣、つまり中田君の向かい側に腰を下ろした。そして恐る恐る、目の前のものについて尋ねてみる。
「こ、これ……どうしたの?」
見れば、ドーナツが数十個単位で積み重なっている。一体、私がいない間に何が起こったのだろうか?
「ああ、これですか。臨時収入が入ったので、ちょっと奮発しちゃいました」
「臨時収入?」
「ええ。あ、好きなの取っていいですよ」
そう言って、彼は皿を手渡してくれた。取れっていわれても……下手なことすると、簡単に崩れそうなんですけど。
「仕事の報酬が入ったので、今、懐が温かいんです」
「もぅ、勿体振らなくてもいいのに」
あやめさんはそう言って、ドーナツの山から一個取り出して、私のお皿に乗せてくれた。そしてもう一つ取ると、それは自分の口に運ぶ。
「ほぅふぇ、ほぅふぇふほふぇんほぅほぅふぇほ?」
「違います。兄さんが無責任に請け負ったアルバイトを、私が代わりに片付けたんです」
「ほぅふぁっふぁんふぁ」
あやめさん、次から次へとドーナツを口に入れているせいで、何を言っているのかまったく分からない。けど、中田君はちゃんと会話できてるし……やっぱり、付き合いの長さなんだろうか?
「うっぐ……で、そのバイトって?」
「家庭教師ですよ。中学生の」
中学生……って、私たちも中学生じゃん!
「もしかして、同い年の子?」
「年上です。今年受験の三年生」
そんな人に教えられるんだろうか、中田君は? 勉強できそうな感じだけど。
「それで、バイト代を兄さんから分捕って来たんです」
なるほど、それでこんなに沢山買えたのか。……でも、ちゃんと食べ切れるんだろうか? でも、さっきからずっと食べ続けてるし。あやめさんと違って、中田君は食べながら喋っても普通に話しているように聞こえるから不思議だ。
「それとあやめ、そんなに食べるとお昼ご飯が入らなくなりますよ」
「大丈夫、ちゃんと考えて食べてるから」
確かに、こんなに食べてると昼食が入らなくなるだろうけど……って。
「もしかして、中田君、これ全部食べて、その上お昼も食べる気なの?」
「ええ、そうですよ」
それが何か? とでも言わんばかりに頷いている中田君。そういえば、こうしている間にも、ドーナツタワーはどんどん小さくなっているけど……。
「これはあくまで、おやつですから」
中田君、ウェストは割と細いほうなのに、どこにそんな量が入るんだろうか……? っていうか、太らないの?
「それで、桜さんは結局、どっちの水着を買ったの?」
中田君の底なし胃袋に戦慄していると、あやめさんがそう尋ねてきた。
「えっと……結構迷ったんだけど、やっぱり黒いほうにしたの」
そう、あの後散々悩んで、結局無難な黒い奴を選んだのだった。やっぱり、ああいう子供っぽいのは、さすがにあれだし……。
「そうでしたか……」
あれ? 何故か中田君がちょっぴり残念そう。もしかして、そんなに気に入ってたのかな?
「優って、昔っからフリフリ大好きだもんね。リボンとか、レースも。……もしかして、少女趣味?」
「間違ってはいませんが、その表現はどうかと思います」
……うん、私もちょっと、違う意味で捉えてしまいそうだった。中田君、一応男の子だし。
「その割りに、私服はラフだよね」
「さすがに、普段からフリフリは着れませんよ。手入れも面倒ですし」
え、もしかして、中田君が着るの? まあでも、お花見のときもフリフリのキュロットだったし、似合うとは思うけど……。
「優ってその辺の女の子よりずっと可愛いのに、どうしてもっと可愛くしようとしないの? 髪だって、中学入るときに切っちゃったし」
「え、中田君って、髪長かったの?」
驚いた。今も男の子にしては長いほうかもしれないけど、昔はもっと長かったんだ……。
「仕方ありませんよ。校則でそうなってるんですから」
「でも、すっごく綺麗だったのに……よし、高校は髪型自由なところにしようね」
「何であなたに進路を決められなくてはいけないんですか?」
……なんだか、すごく楽しそうだな、二人とも。と思っていたら、中田君が振り返ってきた。
「どうかしました?」
「え? あ、う~んと……二人とも、仲よさそうだなって」
「まあ、親戚で幼馴染ですから、そう見えるのも無理ないです」
ん? なんか引っ掛かる言い方。
「私からすれば、牧野さんとあやめのほうがよっぽど仲いいです」
「もしかして……嫉妬?」
「自惚れないでください」
そんな軽快なやり取りはやっぱり、私の目には仲良さげに映る。でも、中田君はそれを否定したいみたいだった。
「牧野さん、ご兄弟はいますか?」
あれ? 何故か話が急に飛んだ。えっと……兄弟っていうと、私には妹がいるけど。
「えっと、妹が一人いるけど」
「なるほど。つまり、そういうことです」
意味が分からない……。もうちょっと、噛み砕いて言って。
「あやめは、私にとって妹みたいなものですから」
「えー? 誕生日で言えば私のほうがお姉さんだよ?」
「精神年齢で言えば妹です。それに、姉なんて一人で十分です」
確かに、そうやって話す二人は、まるで姉妹のように見えた。




