三章 ~夏休み 交錯する色々~
夏休み初日、私は、突然(死にかけの状態で)訪ねてきたあやめと、彼女に巻き込まれたと思しき牧野さんを連れて、市内の某ショッピングセンターにやって来ていた。ここはメインモールの他にも外食チェーン店などが敷地内にあるが、今日用があるのはメインモールだけだ。
「ふぅ~、生き返るねぇ~」
建物内に入るなり、あやめがそんなことを言う。確かに外は暑いし、中は冷房が効いているけど、私からすれば少々肌寒い。電気の無駄遣いではないかとさえ思う。
「よぅし、アイス食べよう」
「あなた、一体ここへ何しに来たんですか?」
既に当初の目的を忘れているあやめ。大丈夫なんだろうか? 暑さで頭が壊れていないといいけど。あ、元から壊れているか。彼女は、私生活だとはじけすぎるから。
「水着の売り場はあっちですよ」
仕方がないので、私が二人を先導することにした。幸い、売り場は入り口から近いので、彼女たちもはぐれずついてきてくれた。人が少ないのも良かったかもしれない。
「うわぁ~!」
売り場に入った途端、あやめが歓声を上げた。水着の着せられたマネキンが、夏をイメージしたショーウィンドウに飾られていて、確かに雰囲気はとても良かった。けど、彼女が興奮しているのはそれだけが理由ではないだろう。
「すっご~い! 何で今年はこんなに品揃えがいいの~!?」
あやめがはしゃぐのも無理ない。ここは地方の、それも手狭なショッピングモールなので、品揃えが犠牲にされていることも少なくない。けれども、何故か今回は、水着の売り場が結構なスペースをとっている。おまけに、男性用、女性用、子供用といった各種水着が、売り場を埋め尽くすように陳列されていた。それでもちゃんと展示用のマネキンが設置されているのを見ていると、改装して売り場を広くしたのか、未知の技術で空間をいじったのではないかと思えてしまう。
「あぁーっ! これ可愛ーい!」
テンション最大のあやめは放置するとして、私も自分の買い物をするとしようか。
「あ、牧野さん。あなたに合いそうなサイズの水着はこっちみたいですよ」
「う、うん……ありがと」
若干置いてけ堀にされている牧野さんにも声を掛けるけど、なんだか声が沈んでいる。……やっぱり、体格の話はよくなかったのかな? 牧野さん、気にしているみたいだったし。
とりあえず私は、牧野さんを連れて女性用水着のコーナーに来た。私は一応男なんだけど、男物を着るとあやめが騒がしくなるので、プライベートでは女物をつけるようにしている。それ故に、選ぶのは結構大変だったりする。サイズは然程問題ないんだけど、やっぱり男の娘の事情が……。
「もしかしてこれ、私が着れるサイズ……? うわっ、こっちも! あ、これなんかピッタリかも。……うぅ、服がこんなに選べるなんて、生まれて初めて」
横目で牧野さんの様子を窺ってみると、彼女は彼女で色々と物色していた。まあ、この辺りで服を買えるのはここと、安売りが自慢なチェーン店だけだし。前者は需要の多い小柄な人向けの服しか扱っていないし、後者はラフな男女兼用品ばかりだから、こういう状況は珍しいのかも。何故こんなに地域の洋服事情に詳しいのかというと、姉も背が高くて、いい服がないとぼやいていたからだ。確かそのとき、「ちょっとはナイスバディーな女性のことも考えろ弱小地方企業がっ」とか言いながら八つ当たりされた記憶が……。
「っと、そんなことより、選ばないと……」
時間は沢山あるけど、だからって無駄にのんびりする必要はない。関係ことでぼんやりするよりは、買い物で悩んだほうがよっぽど有意義だ。
というわけで、私は暫くの間、水着選びに没頭したのだった。
◇
それから三十分ほど掛けて、私は購入する水着を選んだ。あやめと牧野さんは一つに絞り込めていなかったので、それぞれ試着して決めることにしたようだ。
「まずは―――これ」
最初はあやめ。試着室に入るとき、手にしていたのは黒と白のビキニだったから、そのどちらかを着ているのだろう。
「じゅじゃ~ん!」
変てこな効果音と共に、試着室のカーテンが開かれる。そして、水着姿のあやめが登場……は、いいんだけど。
「……何故、そんな着こなしを?」
あやめは、ビキニ姿だった。いや、それだけだったら何もおかしくないけれども、彼女は何故か、上下で違う色の水着を着ていた。上は黒で、下は白。予想外の姿に、一瞬だけ思考停止に陥りそうだった。
「んー? だって、これなら二着で四パターン作れるでしょ? お得じゃん」
お得、なんだろうか……? けど、よく考えたらそれほど変でもないし、上下のデザインが違う水着はテレビとかでもたまに見かけるから、こういう着かたも案外普通なのかもしれない。っていうか、私はファッションにとことん疎いから、なんとも言えないんだけど。私服もお下がりが殆どだし、自分で用意したものはフリルやレースだらけだし。
「個人的には、上は白のほうがいいと思いますよ」
「そう?」
「ええ。白は黒より大きく見えるので、より胸を強調できます」
強調するほどの胸はないと思うけど、それを口にすると「優に言われたくない」と返されるので言わないでおく。
「それに、そのほうがあなたに似合いそうです」
こっちの意見には、特に理屈なんてない。ただ、何となくそう思っただけだった。ファッションセンスは皆無だけど、単純に彼女との付き合いが長いから、そう思うのかも。
「そう? じゃあ、そうしようかな~?」
そう答えるあやめは、どこか嬉しそうな様子だった。まさか、私に構ってもらえたから喜んでいるんじゃあ……そんなわけないか。
「じゃあ、次は桜さんね」
元の服に着替えたあやめが試着室から出てきて、牧野さんにそう言った。結局あやめは、選んだ水着を両方買うみたいだ。
「う、うん……」
牧野さんの姿が試着室の向こうに消える。手にしていたのはワンピース型のと、セパレートタイプのもの。後者は少し生地が少なく、ビキニと呼んでも差し支えなさそうなくらいだった。
「え、えっと……どうかな?」
暫くして、牧野さんが遠慮がちに試着室から出てきた。着ていたのは、ワンピース型のほう。ピンク地に白いフリルとリボンがあしらわれた、とても可愛らしいデザイン(というか、私の好みど真ん中。超プリティー)。こういうキュートなものは小柄な人向けの場合が多いので、正直、このサイズがあったこと自体奇跡ではないだろうか。
「とっても可愛いですよ」
なので、とりあえず感じたままの感想を言ってみる。すると彼女は、はにかむように頬を赤らめた。
「確かに可愛いけど、かなり子供っぽいよ?」
「そ、そうかな……?」
あ、またあやめが余計なことを……。折角喜んでいたのに、牧野さん、表情が引き攣ってしまった。
「だって私たち、もう中学生だよ? さすがにどうかな、そういうの」
「そんなこと言って、私にもっとキュートな服着せたのはどこのどなたでしたっけ?」
「え? だって優は何着ても似合うもん」
それは暗に、その水着似合わないって、牧野さんに言っているようなものなんだけど。
「じゃ、じゃあ、別のにするね……」
ほら、牧野さんも気がついちゃって、試着室に引っ込んじゃったし。とっても良かったのに……。
「こっちなら、どう……かな?」
再び出てきた牧野さんは、セパレートのほうを着ていた。黒地の水着は、上がスポーツブラ、下がショートパンツのようになっていて、かなり動きやすそう。露出は少なめで、色と牧野さんの体格のせいか、クールな印象を受ける。さっきのものとは対照的で、こっちのほうが彼女には似合っている気がした。
「かっこいいです。とっても似合ってますよ」
「そ、そうかな……?」
今度も素直な感想を言ってみるけど、牧野さんはちょっと複雑そうだ。やっぱり、さっきのほうがよかったんだろうか?
「うん! すっごくいいよ! まるで女エージェントみたい!」
あやめも絶賛(?)している。例えは意味不明だけど。
「う~ん……やっぱり、桜さんは背が高いから、そういうスポーティーなのが似合うよね。羨ましいなぁ~」
「うぐっ……!」
あ、牧野さんが傷ついた。コンプレックスを平然と刺激する、それがあやめ。しかも悪気がないから、余計に質が悪い。
「それに……これは絶対反則だよ」
びしっとあやめが指差したのは、牧野さんの胸。普段あまり気に留めないし描写もしないけど、牧野さんは中学生の割りに胸が大きめだ。まあ、この身長なんだから、これくらいあってもおかしくないけど。姉さんも、牧野さんと同じくらいの体型だったし。
「制服のときは目立たないのに、どうしてこんなにあるのかな? 着やせしてるの?」
だけども、平均を下回る程度のあやめには、とても重大な問題だったらしい。傍から見ててもしつこいくらいの食いつきだ。
「あやめ、少し落ち着きなさい」
「だってぇ~!」
窘めるけど、あやめは聞く気配も無い。まったく、仕方がないな……。
「牧野さん、個人的な意見ですけど、私はさっきのほうが好きですよ。それに、ああいう可愛いのは若いときしか着られませんから。今だけですよ」
「ちょっと! 無視しないで!」
「じゃあ、このうるさいの捨ててきますから、ゆっくり悩んで選んで下さいね。入り口のドーナツ屋で待ってますから」
ぎゃーぎゃーと騒がしいあやめを引っ張り、私はその場を立ち去ろうとした。
「う、うん……」
牧野さんは、そんな私たちを、引き攣った笑顔で見送ったのだった。




