五章 ~海 前途多難とはまさにこのこと~
時は流れて、七月三十一日。今日はみんなで海へ行く。朝、一度みんなと合流してから、揃って目的地へと歩き出した……のだが。
「あ゛づい゛ぃ゛~……早ぐ海に飛び込みだぃ~……」
女の子が、いや人間が出してはならないような声を漏らしているのはあやめ。夏の暑さに全身から汗を垂れ流し、今にも融解してしまいそうだ。
「そんなに暑いなら、もっと薄着をすればいいじゃないですか」
今の彼女は長袖パーカーに長ジーンズの重装備。いつもこの時期の彼女は、タンクトップとミニスカートといった超軽装が殆どなのに、一体どうしたのだろうか。
「だってぇ~……水着、見えちゃうしぃ~」
「あー、なるほど」
下に水着を着てるのね。そしてそれが見えないように、この重装備。あやめなら「先に見えたら楽しみがなくなる!」とか言いそうだし。
「ですけど、それならパーカーは半袖でもいいのでは? 下もショートパンツにすれば涼しいですよ」
「あ……」
気づかなかったみたい。まあ、それがあやめらしいところというか。
「それと、まさかとは思いますけど……着替えを忘れた、なんて言いませんよね?」
「あぁっ!」
忘れたんだ……ほんと、あやめって期待を裏切らない子。
「どうしよう……優、下着貸して!」
「女性用下着なんて持ってません」
持ってたとしても貸さないけど。するとあやめは大慌て。
「桜さぁ~ん!」
「え、えっと……」
今度は牧野さんに泣きついているみたいだけど、彼女とあやめは体格が違いすぎるから、合わないんじゃないだろうか。それにそもそも、あやめに貸したら牧野さんの着る分がなくなるし。
「それなら、西崎君の臭いパンツを借りればいいじゃないですか」
「臭いとか言うな!」
いやまあ、匂いを嗅いだわけではないのだけれど。なんとなく想像出来るって言うか……。
「絶っ対嫌っ!」
「分かってはいたけどなんか傷つく!」
その反応は当然だと思う。あやめも一応、年頃の女の子だし、男の下着なんかつけたくないだろう。……っていうことは、やっぱり私は女の子扱いされているのか?
「それならあやめは泳がなければいいです」
「そ、そんなぁ~!」
というのは冗談で、泳いだ後に陸へ上がって暫くすれば自然と乾くだろうから、殆ど問題にならないだろう。タオルは余分に持ってきたから、体を拭けば風邪を引くこともないはず。
「さ、とにかく行きましょう」
「ま、待ってよぉ~!」
そんなこんなで、私たちは海まで歩いていった。
◇
暫くして、私たちは海に辿り着いた。……のだけど。
「うわっ……」
思わず漏らしたのは牧野さん。それもそのはず、海辺はとんでもない状況だったのだから。
「……確かに、これなら人が来ないのも頷けますね」
目に映るのは、澄み渡る蒼い海、陽の光を受けてきらきらと輝く砂浜、そして―――辺りに聳えるゴミ山の数々。
「で、でもさ、海自体は綺麗だし、スペースもあるし―――泳ぐのに支障はない、と思う、んだけど……」
必死に弁解する西崎君。まあ、彼の言い分も分からなくはないけど……とにかく、ぼやいていても始まらないのも事実。もう少し前向きにならなくては。
「それじゃあ、とりあえず着替えだけでも済ませますか」
私の意見に、全員が頷いたのだった。
「んじゃ、女子はそっちで俺と優はこっちな」
この浜辺には更衣室が設置されていないので、私たちはやむなく、ここで着替えることにした。丁度大きなゴミ山があったので、そこを挟んで、人気のない海側で女の子たちが、陸側で私たち男子がそれぞれ水着に着替える。
「……西崎君、覗きは犯罪ですよ」
「わ、分かってるって……!」
いや、彼はゴミ山に隙間がないか丹念に調べていた。絶対に覗く気満々のはずだ。
「知りませんよ。あやめ、怒ると怖いんですから」
「いや、だから覗かないって……」
もしもあやめにばれた日には、西崎君は二度と太陽を目にする機会はないだろう。「日」だけに。
「うんしょっと……」
夏なのに寒いこと言ってないで、私も着替えを始めることにした。と言っても、水着は家で着て来たから、上着を脱いでズボンを下ろすだけなんだけど。
「……はぁ」
その様子を見てか、西崎君が溜息を漏らした。はて、どうしたんだろうか?
「つまんねぇな、まったく……折角優の生着替えが見れると思ったのに」
……今、この幼馴染を本気でどつきたい衝動に駆られました。
「なのに、予め下に着てたなんて……世の中色々理不尽だ」
「西崎君の思考が既に理不尽です!」
どつきました。割と本気で。それと同時に、この友人との付き合いを改めるべきではないか? と、思うようになった。




