7 リードの秘密 その1 ~航海士を取り巻く世界の不条理~
リードと名乗る前の名前を、もはやリードは発音することが出来ない。
なぜならこちらの言語とリードが住んでいた「地球」の言語には大きな差異があるからだ。元の世界と類似する物や名詞も多いが、やはり差異の方がリードにとっては目につく。
そんな、地球とはまるで違うこの世界にやって来たきっかけは、今では詳細に思い出せないくらい他愛のない物だった。何の前触れもなく、朝目が覚めたらこの船の上にいたのだ。
海に漂っていた所を恩師が見つけて引き上げたのだという。
言語に関しては、発音も文字も全く違うのに難なく理解することが出来たので、状況だけはすぐに把握出来た。
それから後の日々はあまりに慌ただしくて良く覚えていないが、とりあえず簡単には帰れない事はすぐにわかった。
なぜなら、この世界にはリードの友人が多くいたのだ。というか、世界規模の勢いで元の世界の住人がこちらの世界に流れ込んできているらしく、帰ったとしても元の世界に知人はいないも同然だったのである。
隣のお婆ちゃんは人魚になっていたし、親友は姫巫女として騎士の国でちやほやされている。
学校の担任は鍛冶職人になり、久しぶりに再会した母は父よりも遥かにイケメンの騎士と結婚していた。
そんななか、どうして自分は海賊なのかと思わない日はない。
正直リードは、前の世界では優秀だった。勉強は誰よりも得意で、通っていた高等学校では常に学年トップ。運動神経も良く、剣道では常に全国大会に出場するほどだ。受験戦争も勝ち抜き、来年には東京大学への進学も決まっていた。そして大学を卒業した暁には、有名新聞社で記者として働く。
それがリードが描いていた未来図であり、全ては射程距離に入っていたはずだった。
なのに、海賊である。三流大学に進学が決まった親友が姫巫女で自分が海賊。
勿論納得出来なかった。
そのくせに無駄に義理堅いため、恩師の言葉を無下にも出来ず、結局船から下りる機会も失った。
挙げ句の果て、頼りにされると調子に乗る性格と、負けず嫌いな性格が手を取り合ったお陰で、今やカインの副官にまで上り詰めてしまっている。もちろん海賊一味として指名手配までされている。
カイン以上に人生を放棄したいのは自分である。帰る世界にはもはや知り合いはおらず、むしろ皆こちらで楽しく暮らしている。
前にも進めず後にも引けず、日々の指針となる唯一の物は恩師の言葉だけだ。
「もうやめたい」
甲板に出て青い空を眺めていると、そんな思いが胸を突く。
だがやめたところで居場所はないのだ。
いっそカインみたいに右腕がフックになったら諦めもつくかも知れない、そんな阿呆な事を思ってしまった自分がまた嫌で、リードは自室へとトボトボと歩き出した。




