船長は願いを叶えたい
七夕小話です。
「馬鹿なこと書かないでください!」
響いた怒声とそれに続く情けない泣き言に、今日も始まったかと船員達は笑いあう。
穏やかな笑みが似合わない強面の船員ばかりが集うここは、偉大な大海賊カイル=モーガンの船の上。
今日の騒ぎの中心は甲板に置かれた小さなテーブルと、その前に立つ対照的な二人の海賊だ。
テーブルには細長く切った短冊と呼ばれる紙、そしてインクと羽根ペンが置かれており、その前でたくましい巨体を小さくしている男こそ、かの有名な大海賊カイン=モーガンその人である。
まあ大海賊と称するにはその表情と声音はあまりにも情けないが。
「でも、星に願いを届けるんだろう」
「だからって、何を書いても良い訳じゃありません」
「でもお願いと言ったらこれしかないだろう」
とカインは今し方ペンを走らせた短冊を高々と持ち上げる。
『リードと結婚できますように』
と書かれた短冊をつきだして、そしてカインは凍り付いた。
「それはお願いではなく、卑しく歪んだ妄想です」
カインの前で殺気だった笑顔を浮かべているのは、彼の副官のリード。
以前は自らの性別を偽る為に、最近ではカインの求愛をはね除ける為に男装をしているリードは、一見すると男にしか見えず、結果としてカインが同姓に告白しているようにしか見えない。
だがリードはれっきとした女性。その上別の世界からやっていた異邦の民という変わり種だ。
「やっぱり七夕なんて教えるんじゃなかった」
とカインのお願いをビリビリに破り、リードはテーブルの上の短冊とペンを片づける。
「おっお願いは別のにする! 別のにするから中止はやめよう! 笹だってもう用意しちゃったし」
「そもそも私、七夕嫌いなんですよね。星に願いをとかロマンティックにもほどがあるって言うか」
「でもリードの世界の風習なんだろう?」
食い下がるカインにリードが嫌な顔をしたのは、七夕をやろうと言い出した理由が自分を気遣っての物だと薄々分かっているからだ。
リードが異邦の民だと気づかれて以来、カインとその仲間達は事ある事に、リードの故郷に関したイベント事をやりたがる。
始めはただの好奇心かと思った。しかしイベントの度に感じる過度な気遣いから察するに、そもそもの発端は元の世界に帰れないリードを少しでも慰めたいと思ってのことだと言うのは見当がつく。
強面な見かけに反した細やかな気遣いをするのが、この船長の癖なのだ。
「やろうリード。ロマンチックは良い事じゃないか、前にお前が教えてくれたほら、星に願いをかける歌も歌おう」
「その歌は七夕に全く関係ないのでやめてください」
歌うなら、と脳裏をよぎったフレーズをうっかり口ずさめば、いつの間にか楽器の出来る船員がさり気なく側に来ている。
「よし、歌うぞ!」
とノリノリな船長に、似合わないからやめてくださいと叫んだがもう遅い。
若干発音の悪い異国の言葉で歌を奏でる船長に、リードは頭を抱えた。
「分かりました。好きにして良いですけどせめて大騒ぎするのは星が出る夜にしてください!」
リードの言葉に喜ぶカイン。そんな彼が調子に乗ってまたくだらないお願いを書かぬよう注意しながら、リードは持っていた短冊とペンをもう一度テーブルに置いた。
【船長は願いを叶えたい】
夜の帳がおりはじめた頃、カインはひとり甲板の端にくくりつけられた笹のたもとに立っていた。
笹には船員の数だけ願いが書かれており、カインはそれらを一つ一つ丹念に読んでいく。
船での暮らしには不自由も多く、それに関する不満ともとれる書き込みも多いので、今後の改善の為にもちゃんと見ておこうと思い、彼はひとりやってきたのだ。
「海賊らしくない」「情けない」と常日頃からリードに罵倒されるカインだが、こう見えて船長としての仕事や気配りは意外と抜け目がない。
むしろこれだけ仕事が出来てどうして恋に関しては穴だらけなのかというのが、船員達からの評価だったりする。
しかしそんなことを彼自身はつゆ知らず、一通り短冊に目を通したカインは、ここに来たもう一つの目的を達成する為に素早く辺りを見回した。
人気がないことを確認し、カインが取り出したのは短冊。勿論そこに書かれているのは彼の「お願い」だ。
それを吊し、風に揺れる短冊を満足げに眺めてカインはひとり笑った。
「隠れて何をしてるんですか?」
だが彼の笑顔は長く続かないと相場は決まっている。
酷く間の悪いことに、最もこの場に来て欲しくない相手がいつの間にかカインの背後に迫っていたのである。
勿論そこにいたのはカインの最愛の相手。
思わず動きを止めたカインの側に、彼女は恐ろしいほどにこやかな笑顔でやってくる。
「べっ別に何でもない!」
「それで誤魔化せると思っているなら、船長は本物の馬鹿ですね」
まあ知ってましたけどと酷い台詞を吐きながら、リードはカインが吊した短冊を探す。
「今回は歪んだ妄想じゃない!」
「嘘つかないでください」
「嘘じゃない!」
と慌てるカインの視線を頼りに、リードは風に揺れる短冊を目ざとく見つける。
だがそれを手にとって、それから彼女は思わず動きを止めた。
「……やっぱり、くだらないお願いじゃないですか」
手にした短冊を丸め、リードはそれを勢いよく床へと投げ捨てた。
もちろんカインは拾おうとしたが、捨てた上に二度三度とリードが踏んでしまったので、短冊はもうボロボロだ。
「食事です。みんな食堂で待ってますから、すぐに来てください」
話は終わりだという風に、リードはカインに背を向け歩き出す。
それを強面の顔に似つかわしくない捨てられた子犬のような顔で見つめながら、カインは唸った。
「くだらなくないのに」
ボロボロになった短冊をひろい、それから彼はもう一度、破かないよう丹念に伸ばす。
また捨てられてしまうかもしれないが、それでもやはり、これはカインにとって一番の願いだった。
だから少しの間だけでもと、なるべくリードの目にとまらない奥の方にかけようとして、そこでカインはふと気づく。
手前からは死角になっている奥の枝に、馴染みのない文字が連ねられた一枚の短冊があったのだ。
丸い小さな文字はリードの書くものと似ていて、カインは思わずその短冊を手に取る。
近くで見てカインは確信した。これはリードが書いた物に違いない。
書かれている内容はわからない。わからないが、わからないからこそ読んでみたい。
ばれたら怒られるとは思ったが、どうしても内容が気になったカインは、短冊を持って素早くその場をはなれた。
カインがこっそり向かった場所。それはあろう事かリードの部屋だった。
しかしそれには訳がある。中に入ったのがばれたら半殺しでは済まないが、読めない文字を解読する手だてはここにしかないからだ。
前にリードが、少しでもこの世界の文字に馴染む為、自分で辞書や字の対比表を作ったと話していたのをカインは目ざとく覚えていた。
読み書きに関しては不自由がない物の、海賊をする傍ら新聞記者としての仕事をしているし、リードはとにかく勉強熱心だ。彼女が今もそれらを使って勉強をしているのは想像に難くなく、机の辺りを探せば見つかるのではとカインは踏んだのだ。
案の定、テーブルの上に並べられた書の中に、短冊に書かれていたのと同じ見覚えのない文字をカインは発見する。
それを手早くめくり、そして彼はこの世界の文字とリードの国の文字が並ぶ表を発見した。
だがそこで彼は気づく。よくよく考えれば、わざわざ調べずともリードの願いに検討はつくのだ。
「元の世界に帰りたい」
それこそリードが最も頻繁に口にする彼女の一番の願いであり、そして同時にそれは、彼女に恋するカインには最も辛い願いでもある。
そんな物をわざわざ見たら確実に凹む。凹むどころか身投げしたくなる。
それに今更気づいたが、ここまで来てしまった以上やめるのも忍びない。
もし他にもなにか願いがあるなら。そしてそれが自分に叶えられるなら無視することもしたくない。
顔の割に好きな相手にとことん尽くすタイプの船長は、自分が傷だらけになっても、それでもリードを優先する事を選ぶ男だった。
意を決し短冊と表を抱え込み、カインは早速作業を開始する。
馬鹿だ馬鹿だと言われているが、彼はこれでも大海賊。暗号の解読はお手の物なので、彼は手際よく文字を読み解いていく。
中には表にない物もあり、お陰で重要な箇所はわからなかった。しかし読み取った部分から、リードの思いは伝わってくる。
「■のみんなと■■が、ずっと■■でいられますように」
具体的なこと分からない。だがみんながこの船の仲間を指すことは理解できる。
そしてそのみんなのための願いを、彼女が星にかけたのもわかる。
仲間の為を思いつつ、それをおくびにも出さないところがたまらなく愛おしくて、カインは短冊を優しく指で撫でた。
愛しさと共にこみ上げてきた嬉しさに、顔に似合わず泣き虫なカインは目に涙までためる。
すると突然、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「ちょっと、人の部屋で何泣いてるんですか!」
感動のあまり放心していたカインを現実に引き戻したのは、部屋に飛び込んできたリードだった。
彼女はカインの手元にある短冊と対比表から全てを悟ったのだろう。リードらしくない真っ赤な顔で、彼女はカインにつかみかかる。
「人の短冊読むなんて酷いです!」
「わっ悪かったとは思ってる! でもその、リードのお願いを叶えてあげたいというお星様の意志が俺に乗り移ってだな」
「そんなばかげた理由で納得するわけ無いでしょう!」
と言いつつ短冊を奪い返したものの、リードはそれを捨てなかった。
本当は今すぐにでも捨てたいという顔だが、それをしないのは短冊に書いた願いが自分への物でないからだろう。
「なあリード、やっぱりさっきの短冊さげちゃだめか?」
立ちつくすリードの側で、カインは下げ損ねたボロボロの短冊を差し出した。
『リードが幸せになれますように』と書かれたそれを見て、リードは更に顔を赤くする。
「叶えてどうするんですか」
「叶ったら俺は嬉しいよ」
それにと、カインはリードの持つ短冊をひょいと取り上げる。
「副官が俺達のことを星に願ってくれるんだ。船長である俺がお前のことを願わないのはおかしいだろう」
「本当に読んだんですね」
「でもこの、硬い感じの文字の所はよめなかった」
漢字ですねと呟くリードに、カインは興味津々と言った顔だ。
「何て読むんだ」
「絶対教えませんよ」
「俺はリードの国の言葉が知りたいぞ」
「知ってどうするんですか」
「どうもしないけど、好きな子に関わる全てを知りたいと思うのは普通の事だろう」
この純情中年めとカインを睨んだものの、崩れることのない笑顔に結局リードが負けた。
「この短冊の内容は教えませんけど、今度少しなら」
教えてあげても良いと言うリードに、カインは子どものようにはしゃいだ。
「約束だ。あとちなみに、こっちの柔らかい文字は何て言うんだ?」
「ひらがなですけど、それが何か?」
ああ、うん、べつに、と目を背けるカインに嫌な予感を覚えつつも、結局リードは最後まで彼の勢いに負け、自分とカインの短冊を笹に吊した。
並んで風に揺れるそれをみて、たまになら星に願いを託すのも悪くないとリードは思う。
その横でカインも、リードの見かけによらない可愛らしい一面を見て、来年もまた星に願いをかけようと心に決める。
ただしそれの願望は、その翌朝あっさり潰えるのだが。
「なんですかこれは!」
と朝食の席でリードが差し出したのは、不格好なひらがなで書かれた恋文。
「なにって言わせるなよ恥ずかしい」
俺の気持ちだよ気持ち、とウブな少女のように真っ赤になって照れているカイン。
その前で、リードは昨日の短冊よりさらに細かく手紙をビリビリに破き、その上足で踏んでズタぼろにした。
「こんなくだらないことに使うなら、もう貴方に文字は教えませんから!」
「くだらなくない! 俺は俺の気持ちを、リードに一番届きやすい言葉で書きたかったんだ!」
「何度もいってますが、あなたの気持ちはいりません! 嬉しくありません! むしろ気持ち悪い!」
酷いと項垂れたカインを睨め付けて、そしてリードは宣言した。
「七夕ももう二度とやりませんからね!」
馬鹿な船長をこれ以上調子付かせてなる物かと怒り狂うリードを止められる者はおらず、結局今回も、偉大な大海賊の恋心はズタズタになった。
勿論それで懲りるカインではなく、その後も彼はひらがなの恋文を送り続けるのだが、それはまた別の話だ。
船長は願いを叶えたい【END】




