Let's 脱獄!(後編)
リヴェアには、その男性に見覚えがあった。
しばらく男性の顔を見つめていたリヴェアは、何かを思いついたように魔王へ顔を寄せた。
「魔王様、レベルアップのチャンスです」
その言葉に、魔王はたちまち冷静さを取り戻した。
「どういうことかね?」
目の前の男性がレベルアップにつながるとは、到底思えなかった。
「私の働いている酒場では、街の人間たちから依頼されたクエストを受けられるのですが……」
リヴェアは声を潜めて続けた。
「その中に、この男を脱獄させるという依頼があったのです」
話を聞いていた魔王の目が、次第に輝き始めた。
「おお! では早速、この人間をここから出してやろう!」
魔王は手錠をガチャガチャと鳴らしながら、子供のように飛び跳ねた。
しかし、その様子とは対照的に、リヴェアの表情は硬いままだった。
「……どうしたというのだ?」
魔王は不思議そうに、彼女の顔を覗き込む。
「魔王様。人間界には、通常のクエストとは別に『裏クエスト』と呼ばれるものが存在することをご存じですか?」
聞き慣れない言葉に、魔王は眉間にしわを寄せた。
「『裏クエスト』?」
「はい。公にできず、秘密裏に遂行してほしいという依頼が、時折舞い込んでくるのです」
リヴェアは声を潜めて説明を続ける。
「そうした依頼は一般には公開されず、私のような酒場の関係者しか知ることができません。そして……」
「そして……?」
魔王は、リヴェアの言葉に食い入るように耳を澄ませた。
「その報酬は、通常のクエストとは比べ物にならないほど高額です。もちろん、得られる経験値も」
『経験値』と聞いた瞬間、魔王の心はときめいた。
「よし。それでは、そのクエストを受注することとしよう」
魔王は瞬時に背筋を伸ばし、その眼差しを男性へと向けた。
しかし、当の男性は何が何だか分からず、不思議そうに魔王を見つめ返すばかりだった。
「ただし、一つ注意点があります」
リヴェアの表情が、一段と険しくなった。
「裏クエストは、依頼者の情報を守るため、失敗が許されません。一度失敗すれば、その依頼には二度と挑戦できないのです」
重要な情報を聞いたにもかかわらず、魔王は余裕の表情を浮かべた。
「余に失敗というものはない」
「そうですか」
リヴェアは、今まさに牢獄に囚われている魔王を冷たい目で見つめながら、淡々と答えた。
「よし。リヴェアくん。我々をここから出してくれたまえ」
魔王は鉄格子を握り、リヴェアに顔を近づけた。
しかし、リヴェアは表情一つ変えない。
「それはできません」
「え?」
魔王は予想外の返答に、呆然とした。
「私は今、仕事中なのです。職場の仲間には、ここに用事があると伝えて抜け出してきました」
リヴェアは淡々と説明を続ける。
「ですから、このタイミングで脱獄騒ぎが起これば、真っ先に私が疑われます」
「な、なるほど……」
「なので、ご自分で出られてください」
「えっ、ちょっ……」
魔王が引き止める間もなく、リヴェアは牢の隅にいる男性へと目を向けた。
「それと、念のため」
彼女が指先を小さく揺らして呪文を唱えると、男性は再び眠りに落ちた。これから起こる脱獄の一部始終を、目撃させないためだった。
そして、リヴェアは再び空間を歪ませる。
「それでは」
その言葉を残し、彼女は歪んだ空間の向こうへ姿を消した。
「えぇ~……」
魔王はしばらく、リヴェアが消えた場所を呆然と見つめていた。
「仕方がない。ならば、爆破呪文の『バルガン』を使ってここを破壊するとしよう」
魔王は手のひらに、ビー玉ほどの小さな光球を生み出した。
この程度の石壁なら、一瞬で吹き飛ばせるはずだ。
そう考えながら壁へと向き直った魔王だったが、ふと、あることに気がついた。
「待てよ……。今ここでバルガンを使えば、余は無傷でも、この男は無事では済まぬかもしれぬ……」
魔王は手のひらの光を、握りつぶすようにして消した。
「余の使える破壊呪文では、この男を安全に逃がすことは難しいな……」
魔王にとって、牢獄を破壊すること自体は造作もない。しかし、男性を巻き込まずに脱獄する方法となると、なかなか思いつかなかった。
鉄格子の向こうでは、見回りの兵士の足音が遠ざかっていく。
こうしている間にも、夜は更けていった。
「この者のことは諦めて、ここを出た後に別のクエストで経験値を稼ぐ手もあるか……」
魔王は窓越しに夜空を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「この男を抱えたまま転移魔法で……。いや、駄目だ。人間は転移の負荷に耐えられぬ。かといって、余だけが外に出たところで、この男を逃がす手立てがない……」
魔王は深いため息をつき、冷たい石壁にもたれかかった。
その時、牢の隅から小さなうめき声が聞こえた。
「う……どうしちまったんだ、俺は……」
リヴェアの睡眠魔法が解けたのだろう。男性は頭を抱えながら、ゆっくりと起き上がった。
「お主はなぜ幽閉されたのだ?」
魔王は起き上がった男性に、唐突に問いかけた。
「随分唐突だな……」
魔王は男性のそばに腰を下ろし、彼の言葉に耳を傾けた。
男性はしばらく俯いていたが、やがて覚悟を決めたように姿勢を正した。
「私は……」
「ふむ」
魔王は男性の険しい表情を、食い入るように見つめた。
「女湯を覗いた」
「……は?」
魔王の思考は停止した。
しかし、次第に魔王の中に怒りが込み上げてきた。
真剣に事情を聞こうとしていた自分が、からかわれたように思えたのだ。
「貴様あああ! 余を馬鹿にしておるのかあああ!」
「待て待て! 最後まで話を聞け!」
鬼の形相で怒鳴りつける魔王を、男性は慌ててなだめた。
「俺の意思で覗いたわけじゃないんだよ! 罠にはめられたんだ!」
魔王は荒い息を吐きながらも、次第に落ち着きを取り戻していった。
「ほお、人間をはめるとなると、魔物ちゃ……魔物の仕業か何かか?」
魔王は危うく口を滑らせそうになり、慌てて言葉を選び直した。
「いや……。職場の後輩に『男湯はこっちだ』と案内されたんだ」
男性は苦々しい表情で続ける。
「ところが、入ってみればそこは女湯。あっという間に変態呼ばわりされてしまった」
魔王は再び言葉を失った。
「それで、覗きの罪を着せられて今に至るってわけだ」
「それはまた……難儀と申すか……かわいそうと申すか……あほくさいと申すか……」
二人はしばらく顔を見合わせたまま、何も言えなかった。
「そういうあんたは、なんでここに?」
気まずい沈黙を破ったのは、男性の方だった。
「余か? 余もお主と同じく、不当な理由で投獄された身だ」
「……というと?」
男性は魔王の顔を覗き込み、さらに問いかけた。
「食事を嗜んだら金銭を要求されたのだ!」
男性は無表情のまま、頭をフル回転させた。
しかし、どう考えても普通に犯罪だった。
「えっと……つまり……無銭飲食ってことか?」
男性は信じられないものを見るような目で、魔王を見つめた。
「そういえば、余を捕らえた男もそのようなことを言っておったな」
魔王はいたって平然とした態度で答えた。
それを聞いた男性の口元が、ぴくりと動いた。
やがて堪えきれなくなったように、ぷっと吹き出す。
「あんた! 俺以上にあほくせぇじゃねえか! そら捕まるに決まってんだろうが!」
男性は腹を抱えながら、大笑いした。
「あ~、すまんすまん。なんだか、あんたと俺、似てるような気がしてな」
男性は笑い泣きの涙を拭いながら、そう言った。
「余とお主が?」
魔王は不思議そうに男性へ目を向けた。
「ああ。さっきまでいた美人さん、あんたの部下かなんかだろ? ずいぶん遠慮なく物を言ってたしな」
その言葉に、魔王はぎくりとした。
(こ、この人間……なぜリヴェアくんが余の部下だと分かった!? まさか、余の正体に気づいておるのか!?)
魔王は思わず男性を警戒した。
「いやな、俺にもいるんだよ。口を開けば説教ばっかりの、きつい部下がさ。そういうところが似てると思ってな」
「お主も王として部下を率いておるのか」
魔王の脳裏には、甲冑をまとい、数千の兵を従えて戦場に立つ男性の姿が浮かんでいた。
もちろん、それは魔王の勝手な思い込みにすぎなかった。
「ちょっと時間に遅れただけで、めちゃくちゃに文句を言われるわ……」
その言葉に、魔王の脳裏にある光景が浮かんだ。
(魔王様! 任務の時間に遅れます! 早く暗黒神の加護をかけてください! ほら、早く!)
エミアに急かされた、いつかの光景だった。
「うむ」
「それから、ちょっとミスしたくらいで笑われたり……」
(ん? ヴォガードくん、何を笑っておる?)
(……ぬぬっ! 寝癖が! 気づいていたなら教えてくれてもよかろう! 笑うでない!)
今度は、ヴォガードに寝癖を笑われた記憶が甦る。
「う、うむ」
「あと、やたら容姿を指摘してくるやつとか……」
(魔王様、最近のトレンドを少しは取り入れてみては? 最近老けて……貫禄が隠しきれていないように思いますが)
(ラーハルトくん、今老けてるって言った?)
(まさか)
ラーハルトの涼しい顔が、ありありと思い浮かんだ。
「う……」
「しまいには、まともに説明されなかったせいで、こんな事態に巻き込まれるわ……」
(空いた席にお座りください)
最後に浮かんだのは、連行される自分を物陰から笑っていたリヴェアの姿だった。
「……」
魔王はもはや相槌を打つことすらできず、静かにうつむいた。
「余は、皆に上司として必要とされていないのであろうか……」
(皆を守るためにレベルを上げようと決めたのだが……それすら、余の独りよがりなのだろうか……)
魔王の目には、微かに涙が浮かんでいた。
そんな魔王の姿を見て、男性は穏やかに微笑んだ。
「でもよ、そんなやつらでも、たまーに俺のこと頼ってくれるんだよ」
男性はどこか懐かしそうに続ける。
「そん時のあいつらの嬉しそうな顔を見るとさ、なんか良かったなって思えるんだよな」
その言葉に、魔王の脳裏にも、忘れかけていた光景が甦った。
(魔王様……本当に助かりました……)
安堵した表情を浮かべるラーハルトの姿。
(魔王様……感動しました……。まさか私が泣くなんて……一体どんなハラスメントをしたのですか?)
涙を浮かべながらも、いつもの調子で憎まれ口を叩くリヴェア。
(マオウサマ、ヤサシイ。オレ、マオウサマ、スキ)
満面の笑みを浮かべ、素直に気持ちを伝えてくれたヴォガード。
(今回は少し時間が余ったようですね。……では、残りの時間を有意義に使わせてもらいます)
そして、いつものように淡々と話すエミア。
(……いつもありがとうございます。魔王様)
その言葉を思い出した瞬間、魔王はうつむいたまま、静かに涙をこぼした。
「お主……ここから出たいか?」
魔王はうつむいたまま、男性に尋ねた。
「ああ。ここをとっとと出て、あいつらに説教してやりたいね!」
男性は冗談めかして笑った。
「……なんてな。本当は、またあいつらといつものように仕事がしたいだけなんだ」
そう言うと、男性は自嘲気味に笑い、牢の小さな窓から見える夜空を仰いだ。
魔王はゆっくりと顔を上げた。その眼差しには、先ほどまでの迷いはなかった。
「余が出してやる」
「出るって……どうやって?」
男性は不思議そうに魔王を見つめた。
魔王は鉄格子を両手で力強く握った。
「アイセル!」
魔王がそう唱えた瞬間、両手から凄まじい冷気が放たれた。
鉄格子を白い霜が駆け上がり、瞬く間にその全体が厚い氷に覆われていく。金属は急激な冷却によって軋み、細かな亀裂が走った。
「あ、あんた、呪文が使えたのか!? 魔法使いだったなんて……」
男性は目を見開き、魔王を見つめた。
「余は、魔王である」
魔王は静かにそう告げると、凍りついた鉄格子を指先で軽く叩いた。
その瞬間、びくともしなかった鉄格子が、乾いた音を立てていとも簡単に砕け散った。
「さて、かわいい部下達に会いに行くとしようぞ」
魔王はそう言うと、地下牢から上階へ続く階段の前に立ち、堂々と男性を手招きした。
その瞬間、一本の矢が魔王の顔すれすれを勢いよく通過し、背後の石柱に突き刺さった。
「ひぃっ!」
魔王は情けない悲鳴を上げ、両手を胸元に引き寄せた奇妙なポーズのまま固まった。
「脱走だー!」
怒号とともに、階段の上から鎧のぶつかり合う音が響いてきた。
次の瞬間、武器を構えた衛兵たちが続々と押し寄せてくる。
「だめか……!」
男性は迫り来る衛兵たちを見て、諦めたようにつぶやいた。
「まだだ!」
魔王はそう叫ぶと、男性をひょいと肩に担ぎ上げ、牢獄の奥へ向かって駆け出した。
「うおっ!? ちょっと、何をする気だ!?」
しかし、魔王が向かった先は行き止まりの壁だった。
「ここまで離れれば、衛兵どもを巻き込むこともあるまい」
魔王は男性を片手で担ぎ直すと、もう片方の手のひらを壁へ向けた。
「怪我をせぬよう、頭を押さえておれ!」
「えっ、何を――」
男性が言い終えるよりも早く、魔王の手のひらに眩い光の玉が現れた。
「バルガン!!」
魔王がそう唱えた瞬間、光の玉が勢いよく放たれ、壁に激突した。
轟音とともに爆発が起こり、石壁が粉々に砕け散る。
「うわあっ!」
男性は慌てて両手で頭を覆った。
爆煙の向こうには、壁にぽっかりと開いた大穴と、その先に広がる外の景色が見えていた。
「いま行くぞお前達ぃぃぃぃぃ!」
魔王は歓喜の雄叫びを上げながら、大穴から勢いよく外へ飛び出した。
「ちょっ、おい! もう少し慎重に逃げろぉぉぉぉ!」
肩に担がれた男性の絶叫が、魔王の雄叫びとともに響き渡った。
朝日が微かに顔を覗かせはじめた頃。
仕事を終えたリヴェアは、街外れで魔王と合流していた。
「魔王様。この男、死んでいるのではないですか?」
リヴェアは、地面に伸びた男性を覗き込みながら尋ねた。
「否、気絶しておるだけだ」
魔王は毅然とした態度で否定した。
どうやら男性は、脱出の途中で気を失ってしまったらしい。
「それに、牢屋を爆破するなんて、めちゃくちゃにもほどがあります」
「余の勇姿がよく見えたであろう?」
リヴェアはすっかり呆れ返り、片手で頭を押さえた。
「……仕方がないですね。このまま騒ぎが大きくなれば、私の仕事にも支障が出ますし」
リヴェアは深いため息をついた。
「脱獄を目撃した衛兵たちの記憶を、私が改竄しておきます。完全には難しいかもしれませんが」
「うむ! 流石はリヴェアくん、頼りになるな」
「……これもハラスメントとして訴える必要がありますね」
リヴェアは冷ややかな視線を魔王に向けた。
「魔王様は、その男性を家族のもとへ帰してあげてください」
「うむ。そうだな」
魔王は気を失った男性に目を向けた。
「……経験値も待っておるしな」
冷静な表情を保ちながらも、その足取りはどこか軽やかだった。
やがて男性の家にたどり着いた魔王は、眠る家族の横に、気絶した男性をそっと寝かせた。
こうして魔王は、晴れて裏クエストをクリアしたのだった。
健やかな寝顔の横には、白目を剥いた顔が並んでいた。
翌朝、魔王はクエストの報酬を受け取るために酒場を訪れた。
そこには、夜通し後始末に追われ、寝不足で苦しむリヴェアの姿があった。
「おはよう、リヴェアくん! 昨日クリアしたクエストの報酬を受け取りに来たぞ!」
「……おかげさまで、私は一睡もできませんでしたが」
リヴェアは目の下にくっきりと隈を作り、恨めしそうに魔王を見つめた。
「うむ! ご苦労であった!」
「…………」
リヴェアは何か言いたげに口を開いたが、やがて諦めたようにため息をついた。
そして、カウンターの裏から何かを取り出すと、魔王の前でそっと手を開いた。
そこには、一枚の金貨と、眩い光を放つオーブのようなものがあった。
「こ、これは?」
「こちらのオーブが経験値になります。そして、こちらの金貨が報酬金なのですが……」
「おお! これが経験値か!」
魔王は目を輝かせ、オーブをまじまじと見つめた。
しかし、リヴェアの表情は徐々に曇り始める。
「……魔王様。本来、今回のクエストの報酬は金貨73枚です」
「な、なんと! そんなにも貰えるのか!」
「ですが、昨日の無銭飲食代。それから、記憶改竄だけではごまかしきれなかった牢屋の修理代を差し引きまして……」
リヴェアは一度言葉を区切り、手のひらに載った金貨へ視線を落とした。
「衛兵たちとは、修理費を負担することでどうにか話をつけました。その結果、合計72枚が差し引かれ……」
そして、残された一枚の金貨を魔王に差し出した。
「……こちらの一枚だけになりました」
「なん……だと……」
魔王は震える指先で金貨をつまみ上げた。
そして、まるで失われた72枚の面影を探すかのように、たった一枚の金貨をじっと見つめるのだった。
しかし、魔王の目はまだ死んではいなかった。
「本命はこのオーブ! 経験値ぞ!」
魔王はオーブを手に取り、天高く掲げた。
すると、オーブは無数の光の粒となり、魔王の体に降り注いだ。
「うおぉぉ! この感覚、誠に久しいぞぉぉぉ!」
魔王は歓喜の声を上げながら、全身で光を浴びた。
やがて、すべての光の粒が魔王の体に吸収されると、オーブは跡形もなく消え去った。
「…………」
魔王はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
「……む? レベルが上がらぬぞ?」
魔王は不思議そうに自分の体を見下ろした。
「……あれ、リヴェアくん。この経験値さ、金貨と同じように差し引きされてないよね?」
「いえ、そんなことは……。それに、裏クエストで得られる経験値は相当なはずですが……」
リヴェアも心当たりがないのか、不安げな表情を浮かべた。
「……魔王様。一つお聞きしますが、今のレベルはいくつか分かりますか?」
嫌な予感がしたリヴェアは、目を細めて問いかけた。
「余のレベルか? ……うーむ、百二十……五だったかのう?」
「……どうりで」
リヴェアは深いため息をついた。
「レベル125……。いくら裏クエストでも、街の脱獄補助程度で上がるレベルではありませんよ……」
「そうなの!?」
魔王が驚きの声を上げると同時に、リヴェアの体がぐらりと揺れた。
「……もう、限界です……」
夜通し後始末に追われていたリヴェアは、とうとう睡魔に抗えなくなり、気を失うようにカウンターへ突っ伏した。
「リ、リヴェアくん……?」
魔王はしばらく彼女を見つめていたが、やがて自分の手のひらに視線を落とした。
確かに、レベルは上がらなかった。
しかし、魔王の表情はどこか穏やかだった。
「……まぁ良い。今回は、ある意味で経験値を得られた」
そうつぶやいた魔王の耳に、店内の賑やかな声が届いた。
「先輩! ちょっと今お金使いすぎちゃったんで、先輩の奢りでお願いします!」
「なにー!? 一体何にいくら使ったんだよ!?」
「秘密ですよ! 秘密!」
魔王が声のする方へ目を向けると、そこには昨日まで投獄されていた男性の姿があった。
男性は、再会を喜ぶ部下たちに囲まれ、楽しそうに酒を酌み交わしていた。
相変わらず遠慮のない部下たちに振り回されながらも、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
魔王はその光景を眺め、満足げに微笑んだ。




