Let's リハビリ!(前編)
「うーむ……」
魔王は酒場の壁に設置されたクエストボードを、難しい顔で見つめていた。
「持ち家の庭の草刈り、旅行中の家畜の世話、ハトの糞の清掃……」
魔王は掲示されているクエストを片っ端から読み上げていく。
しかし、どれもこれも見事なまでに『THE・雑用』だった。
「こんなクエストでは、ろくな報酬も期待できぬではないか!」
魔王はとうとう、溜まっていた不満を爆発させた。
すると、カウンターに肘をついて魔王の様子を眺めていたリヴェアが、気だるげに口を開いた。
「いいではないですか、魔王様。お似合いだと思いますけど」
「お似合いとか言わないの、リヴェアくん」
魔王は少し傷ついたように肩を落とした。
「というかさ、内容が内容ではあるが……報酬金、安すぎない!?」
魔王はクエストボードを指さしながら続けた。
「この前の金貨73枚に比べたら、良くても2、3枚……ひどいやつは野菜の詰め合わせだぞ!? もはや近所のおすそ分けレベルなんだけど!?」
「酒場も掲載料をいただいていますからね。一般の方が出せる報酬なんて、そんなものですよ」
リヴェアは涼しい顔で答えた。
「悪魔のようなシステムよのう……」
「悪魔に失礼ですよ」
リヴェアは間髪入れずに言い返した。
「こうなったら、便利屋でも始めるか? 『万屋マオちゃん』。なんつって」
「いいじゃないですか。私の代わりにここで働いてくださいよ」
リヴェアは何食わぬ顔で続けた。
「その収入で、私はこの世界で悠々自適に暮らしますから」
「なに流れるように不労所得得ようとしてるの。働かざる者食うべからずだよ、リヴェアくん」
「無職の魔王様には言われたくありませんよ」
「…………」
脱獄事件以来、リヴェアの当たりがますます強くなったような気がする魔王だった。
「……こうなったら、討伐系の報酬だけでも覗いてみるかのう。どれほど違うものか……」
魔王は討伐や戦闘に関する依頼が張り出された、別のクエストボードへと目を移した。
「ん?」
その中に、一枚だけ妙に目立つチラシがあった。
ほかの依頼書とは違い、色鮮やかな装飾が施された大きなチラシだった。
「『街おこし闘技大会』……?」
それは、年に一度開催されるトーナメント形式の闘技大会の案内だった。
「リヴェアくん、これは?」
「あ~、それですか。街の内外から腕自慢が集まって戦う、年に一度の大会ですよ。優勝者には、かなり豪華な報酬が出るそうです」
リヴェアはそう言うと、チラシに記載された報酬欄を指さした。
「ふむ……。戦闘関連ゆえに経験値は期待できそうにないが……ほれ見たことか。経験値オーブ100個」
「…………」
「…………ん?」
魔王はもう一度、チラシに目を向けた。
「オーブ、ひゃ、100個!?」
「ちょうどいいじゃないですか、魔王様。戦闘自体では経験値を得られないとしても、力のある人間を葬りつつ、報酬に経験値まで貰えるんですから」
リヴェアは微笑みながら魔王に提案した。
「いや、葬っちゃ駄目だからね? 街おこしの大会だからね?」
魔王はすかさずツッコミを入れた。
「それに、ここで人間を葬りまくるのは良くないだろう。あっという間に噂になって、全世界の勇者という勇者が集結してしまうではないか」
「なんとかなるでしょう。ストップって言ったら、攻めてこなくなるかもしれませんよ」
「いや、リヴェアくん、勇者のこと椀子蕎麦かなんかと勘違いしてない? さすがの余でも、大勢に一気に攻められたらひとたまりもないからね?」
魔王は再びチラシに目を向け、眉間にしわを寄せた。
「それに、余の呪文は強力すぎるゆえ、手を抜いたとしても怪我人が続出するやもしれぬ……」
「あ、その大会、呪文禁止ですよ?」
「…………え?」
魔王はゆっくりとリヴェアに顔を向けた。
そして、慌てて大会の参加要項に目を落とす。
「『呪文および武器の使用は禁止とし、素手のみの戦いとする』……」
「…………」
魔王の肩が、目に見えて落ちていく。
「余……魔法封じられたら、基本何もできないんだけど?」
魔王は唖然とした表情でリヴェアに視線を送った。
「魔王様、かつては武闘派だったって噂を耳にしたのですが?」
「それは、魔王の座に就く前の遠い昔のことだ……。今となっては武闘派の武の字もないわ……」
魔王はかつて、魔王軍の幹部として人間との戦いに明け暮れていた。
魔王の座に就き、強大な魔力を手にする以前は、呪文と格闘を組み合わせた、攻撃的で派手な戦いを得意としていたのだ。
しかし、魔王となってからは、その強大な魔力に頼りきりの日々。
長年格闘を使わずにいたせいで、かつての身のこなしはすっかり鈍ってしまっていた。
「最近、運動という運動をしてこなかったからのう……。脱獄の時なんて、ジャンプして着地しただけで足攣ったし」
「まだ大会まで時間ありますし、リハビリしたらいいんじゃないですか?」
「リハビリって……余、そんなに衰えて見える?」
「少なくとも、ご自分で思っている以上には」
「…………」
魔王は微妙に傷ついた表情を浮かべた。
「……それで、誰を相手にどうすればいいのだ?」
困り果てた魔王に、リヴェアは何かを思いついたように口を開いた。
「ここに、運動もできて経験値も手に入る、ちょうどいいものがあるじゃないですか」
そう言って、リヴェアはある方向へ視線を送った。
魔王もつられて、そちらを見る。
そこにあったのは――つい先ほどまで魔王が散々こき下ろしていた、雑用クエストの掲示板だった。
「じゃあまずは、草刈りからいきましょうか」
リヴェアはそう言うと、呆然と立ち尽くす魔王の目の前で、クエスト受注の印鑑を勢いよく受注表に押した。
魔王は、伸びきった雑草にすっぽりと埋もれていた。
外からは、その姿さえ見えない。
「いくらなんでも伸ばしすぎであろう!」
魔王は雑草の隙間から顔を出し、愚痴をこぼした。
「誰も依頼を受けてくれなくて~」
家主の老婆は、家の窓から優雅にお茶をすすりながら答えた。
「これ、もはや雑草じゃなくて森だからね!?」
老婆から支給された鎌は、雑草の高さに比べてあまりにも小さく、心もとなかった。
しかし、魔王がそれを振るえば、刃は目にもとまらぬ速さで次々と草を薙ぎ払っていく。
「お~、すごいすごい~」
老婆は穏やかな表情で、魔王の仕事ぶりを眺めていた。
やがて――。
「お……終わったぞ……」
庭には、刈られた草が山のように積み上げられていた。
「ありがとうね~。これはお礼だよ~」
老婆は汗だくの魔王に、飴玉をいくつか手渡した。
その包み紙は、どれもくしゃくしゃにしわが寄っている。
「…………」
魔王は手のひらの飴玉を見つめ、しばし固まった。
「う、うむ……。ありがたくいただこう……」
魔王は飴玉を懐にしまい、山積みになった草へ目を向けた。
「この草は、きちんと決められた場所に捨てに行くのだぞ……」
「ん~……こんなにたくさん……私の力じゃ、ちょっと難しいかもしれないね~……」
老婆は困り果てた表情で、魔王を見上げた。
「…………」
魔王は何か言いかけたが、結局、言葉を飲み込んだ。
結局魔王は、すべての草を廃棄場に運んだ。
「おつかれさまです、魔王様。報酬をお受け取りください」
飴玉を口に含み、酒場のカウンターに突っ伏している魔王に、リヴェアは銀貨と小さな経験値オーブを差し出した。
「…………」
魔王は気だるげに顔を上げると、小さなオーブをつまみ上げた。
そして、カウンターに置いてあった残りの飴玉と並べてみる。
「……飴玉の方が大きいんだけど……」




