第6話 ダンジョン・ロジスティクス。スライムは「産業廃棄物」として処理します。
ダンジョン改革の初日。
私は、警備隊長となったルーカスと、ギルド長のガイン、そして数名の作業員を引き連れ、ダンジョンの浅層エリアに立っていた。
「……なぁ、領主様。本当にこんな場所で稼げるのか?」
ガインが疑わしげな声を上げる。
無理もない。私たちがいるのは、冒険者たちが「ゴミ捨て場」と呼んで見向きもしない、スライムの大量発生地帯だ。
スライム。
ゼリー状の体を持つ最弱の魔物。倒しても得られる魔石は米粒ほどで、金にならない。そのくせ、酸で装備を溶かすため、冒険者からは「赤字製造機」として忌み嫌われている。
「稼げるさ。やり方を変えればな」
私は作業員たちに指示を出し、通路の先に掘らせておいた巨大な「穴」――深さ三メートルほどの落とし穴――を指差した。
「ガイン。通常、スライム狩りが儲からない理由は何だ?」
「そりゃあ、手間だろ。一匹ずつ剣で斬って、溶けた死骸の中から小さな魔石を探り出す。時間がかかる割に、剣は錆びるし、服は溶ける。割に合わねぇよ」
「正解だ。つまり『探索』『戦闘』『分別』の手間がかかりすぎるんだ」
私はニヤリと笑った。
「だから、その手順をすべて丸ごと省く」
私はルーカスに目配せをした。
ルーカスが頷き、穴の縁に立つ。彼の手には剣ではなく、巨大な「柄杓」のようなものが握られている。中には、森で採れた刺激臭のする木の実が大量に入っていた。
「頼むぞ、ルーカス」
「了解。……うらぁっ!」
ルーカスが木の実を穴の中へ放り込む。
この木の実は強烈な甘い発酵臭を放ち、スライムを強烈に引き寄せる性質がある――ギルドの古い記録にあった情報だ。
その効果はてきめんだった。通路の奥からスライムたちがズリズリと這い出してきた。一匹、十匹ではない。百匹単位の群れだ。
知能のない彼らは、餌の匂いに誘われるまま、次々と「穴」の中へと転がり落ちていく。
ボトボトボトッ!
粘着質な音が響き、あっという間に穴の底はスライムで埋め尽くされた。
這い上がろうとするが、穴の壁面には油が塗ってあり、滑って登れない。
「うわ、気持ち悪っ……」
ルーカスが顔をしかめる。
だが、私の目は輝いていた。それは汚物ではない。金脈だ。
「仕上げだ。作業員、放水!」
私の合図で、待機していた元・冒険者の職員たちが、樽に入った液体を一斉に穴へ流し込んだ。
それはただの水ではない。塩を限界まで溶かした「濃い塩水」だ。
ジュワアアアアアッ!
激しい音と共に、スライムたちの体が泡を吹いて収縮していく。
塩が水分を奪う性質を利用しただけだ。剣も魔法もいらない。ただの自然現象で、数百匹のスライムが一瞬で死滅し、液状化していく。
後に残ったのは、ドロドロの液体と――底に沈殿した、無数のキラキラ光る粒だけだ。
「なっ……!?」
ガインが絶句した。
私は底の栓を開けるよう指示する。
「栓を開けろ。溶けた泥は下の溝へ落ち、その先の沈殿槽へ導かれる。そこで石灰を混ぜて酸を中和し、上澄みだけを捨てる――残りはまとめて焼却だ」
泥が抜け落ち、網の上には純粋な「魔石」だけがザラザラと残った。
「あとはこれをスコップで掬って、水洗いするだけだ。……どうだ? 剣一本傷つけず、わずか十分で終わったぞ」
回収された魔石は、バケツ三杯分。
一つ一つは小粒だが、これだけの量になれば、金貨数枚分の価値になる。
「す、すげぇ……! これなら俺たち、ただ餌を撒いて水流すだけじゃねぇか!」
作業員の一人――片腕を失って引退した男――が、歓喜の声を上げた。
本来なら、彼はもうダンジョンで稼ぐことはできなかった。
「戦えなくなって終わり、じゃない。ここでは、役目が変わるだけだ。君たちの仕事は、この『作業場』を回すことだ」
「領主様……! ああ、やってやりますとも!」
男が涙ぐみながら、残った片腕で力強く敬礼した。
「スライムは一日に三回湧く。この『処理場』を三か所作り、交代で回せば、一日中魔石を生み出し続けられる」
私はガインに向き直った。
「これが『資源回収』だ。モンスターと戦う必要はない。向こうから来てくれる仕組みを作ればいい」
これぞ、ダンジョン・ロジスティクス。
スライムを厄介な魔物としてではなく、処理すべき「廃棄物」として捉え直した結果の勝利だ。
◇
その日の夕方。
冒険者ギルドのカウンターには、山のような魔石が積み上げられていた。
スライム魔石だけではない。
私の指示で「安全なルート」を通って中層へ行った中堅パーティも、無傷で帰還し、安定した収穫を持ち帰っていた。
「本日の収益……か、過去最高です!」
受付嬢が震える声で報告書を差し出した。
そこに記された数字は、昨日の三倍どころではない。
スライム作業場の稼働により、薄利多売ながらも確実な「底上げ」がなされている。
「おまけに、本日の負傷者報告……ゼロ、です。救護係の出番がなくて、暇をしていました」
その報告を聞いた瞬間、ギルドの空気が変わった。
殺伐としていた酒場エリアが、安堵の熱気に包まれる。
「おい聞いたか? あいつら、無傷で帰ってきやがったぞ」
「俺たちも明日はあのルートで行こうぜ」
「怪我しなけりゃ、薬代が浮く。その分、美味い酒が飲めるじゃねぇか!」
一人のベテラン冒険者が、傷一つない体でビールジョッキを掲げた。
いつもなら包帯だらけで、稼ぎの半分を治療費に消していた男だ。
彼が笑顔で仲間と乾杯する姿を見て、ルーカスが私の隣で小さく呟いた。
「……すげぇな、あんた」
「何がだ」
「俺、魔物狩りってのは、血を流してナンボだと思ってた。でも、誰も傷つかずに、こんなに稼げるなんて……」
ルーカスは、洗浄されて輝く魔石の山を見つめている。
その横顔には、かつての焦燥感はない。自分の仕事が、確実に成果を生み、誰かを豊かにしているという充実感があった。
(……ふん)
私は鼻を鳴らした。
感傷に浸るつもりはない。
負傷者が減れば、ポーションの消費量が減り、教会の売り上げが落ちるかもしれないが、それは私の知ったことではない。
領民(労働力)が健康で、長く税金を納めてくれること。それが領主にとっての「利益」だ。
私は帳簿の最終行に記された、美しい黒字の数字を指でなぞった。
「順調だ。だが、これだけ羽振りが良くなれば、嗅ぎつけてくる輩がいる」
「え?」
「隣の領地だ。ボークス男爵……そろそろ、痺れを切らして動き出す頃だろう」
私は窓の外、東の空を睨みつけた。
私の領地が豊かになることを、面白く思わない隣人がいる。
彼らは軍事力を背景に、理不尽な要求を突きつけてくるだろう。
だが、構わない。
軍隊? 戦争?
野蛮なことだ。
私は懐の「契約書」の感触を確かめ、薄く笑った。
剣を持たぬ私が、どうやって軍隊を退けるか。
次の準備は、もう整っている。




