第47話 :結びの儀。――かつての敵も味方も、同じ卓を囲む夜。
王都の大聖堂。
かつて私が異端として糾弾されかけたその場所は、今、花と祝祭の布で彩られていた。
宰相アルバート・フォン・アインホルンと、王立施療院の長エリスの結びの儀。
国を挙げての祝いの席には、信じられない顔ぶれが揃っている。
「……ふん。人の儀にしては、悪くない酒だ」
上座の卓で赤葡萄酒を傾けているのは、北の太守――元魔王だ。
その隣では、帝国のドレイク提督が興味深そうに料理を突っついている。
「こちらの魚、見事だな。……我が国の都でも広めたい」
「ほう、見る目がある。それは北の海のものだ」
かつて睨み合っていた二人が、今は食と酒の話で笑っている。
その光景だけで、ここまでの苦労が報われる気がした。
「旦那様。……準備が整いました」
正装に身を包んだセバスチャンが、控え室の扉を開ける。
私もまた、アインホルン家の礼装――漆黒の上着に袖を通していた。
「……ああ。行こうか」
回廊を抜け、広間へ向かう。
扉が開いた瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が私を包んだ。
「宰相閣下! おめでとうございます!」
「アインホルン万歳! エリス様万歳!」
参列者の中には、見知った顔が多い。
雇い入れた元冒険者たち。
救った病の子どもとその親。
鍋を囲んだ王都の民。
岩を運んだ魔族の兵。
そして――。
「……本日は、お日柄もよく」
人々を割って進み出てきたのは、老いた男だった。
かつて私と争い、破れた元枢機卿メディチ。
失脚し、今は隠居の身。
だが、その表情は憑き物が落ちたように静かだった。
「……来ていただけるとは」
「ふん。貴公の作った“新しい形”を、この目で見ておきたくてな」
メディチは短く鼻を鳴らし――それから、深く頭を下げた。
「……悔しいが、貴公の勝ちだ」
その声は、苦いのにまっすぐだった。
「今の教会は、私が振り回していた頃より、よほど民に寄り添っている。……私には、できなかった」
周囲が静まり返る。
誰も彼を慰めない。だが、誰も笑い者にもしない。
それが、敗者に残された最後の居場所だ。
「……恐縮です」
それだけ答えるのが精一杯だった。
勝ち負けは、もう十分だ。ここは祝いの場なのだから。
さらに、その横には、北の砦で私に言い負かされた古株の将軍もいた。
顔を赤らめ、祝い包みを突き出す。
「……と、とにかく! 砦の備えが回った礼だ! 勘違いするな!」
「ありがたく頂戴します、将軍」
将軍は「ふん!」と鼻を鳴らし、逃げるように人混みへ消えた。
――素直じゃない。だが、悪くない。
その時。
聖堂の鐘が鳴り響いた。
入口の大扉が開き、光が差し込む。
その光の中から、白の礼装を纏ったエリスが現れた。
「……っ」
息を呑んだ。
美しい――それだけでは足りない。
そこに立っていること自体が、奇跡のようだった。
エリスは父代わりのセバスチャンに手を引かれ、ゆっくりと祭壇へ歩む。
一歩、一歩。
その歩みのたびに、鎖の音ではなく、布の擦れる音がする。
目の前の彼女は、誰にも引きずられていない。自分の足で歩いている。
祭壇の前で、私たちは向かい合った。
立会人を務めるのは――ルーカスだ。
慣れない正装に窮屈そうにしつつ、妙に真面目な顔で咳払いを一つ。
「えー……新郎アルバート。新婦エリス」
言い回しを探しているのが丸わかりで、会場がくすりと笑う。
「……健やかな時も、病の時も。得がある時も、損がある時も」
ルーカスは一拍置き、目を逸らして言った。
「互いを助けるって誓えるか」
その不器用さが、ありがたかった。
飾りより、実のある言葉だ。
「誓います」
「誓います」
声を揃えると、場の空気がふっと温まる。
指輪の交換。
銀の輪が、互いの指に収まった。
照会も強制もない。ただ、外すこともできる輪だ。
だからこそ、重い。
「……では、誓いの口づけを」
ルーカスがにやりと笑う。
私はエリスの薄布をそっと上げ、その瞳を見る。
潤んだ瞳に、私が映っていた。
「……愛しています、アルバート様」
「……ああ。私もだ」
唇が触れ合う。
温かく、柔らかい。
聖堂内が拍手と口笛に包まれた。
太守が杯を掲げ、ドレイクが帽子を振り、メディチが目を細める。
民衆が花弁を放ち、花の雨が私たちの肩に落ちた。
私はエリスの手を握り、参列者へ向かって手を振った。
これほど多くの人に祝われ、これほど得難い伴侶を得た。
胸の奥が、静かに満ちていく。
――だが、終わりではない。
この幸せを守り、湯気のある日々を増やしていくための、明日が始まる。
鐘の音が、夜へ溶けていった。




