↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役貴族、剣を捨てて法と金で無双する~破滅予定なので、契約魔法で勇者を差し押さえ、ブラック領地をホワイト企業に再生します~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/48

第43話 :魔王の決断。――盟約の印、そして国の形。

北の国境砦。

 かつて人と魔族が刃を交えたその場所は、いま、妙な静けさに包まれていた。


 広間の中央に大卓が置かれ、羊皮紙とインク、印章箱が並べられている。

 剣は鞘にある。代わりに、証人の名簿と写しの束が積まれていた。


「……来たか」


 卓の向こうで、魔王が静かに待っていた。

 側近たちも控えるが、以前のような殺気はない。

 頬に色が戻り、身なりも整っている。糧と布が回れば、人はまず息をする。


「お待たせしました、魔王殿」


 私は席に着く。

 背後にはセバスチャン、ルーカス、エリス。


 だが、この場には招かれざる客もいた。

 王都から“監視”として来た古株の将軍が、鼻息荒く腕を組んでいる。


「アインホルン宰相! 正気ですか!」


 将軍が卓を叩いた。


「魔族と盟約だと!? 奴らは人の敵! 飢えている今こそ、一気に攻め滅ぼすべきだ!」


 魔王の側近がざわめく。

 私は片手を上げて制し、将軍を見上げた。


「将軍。攻め滅ぼして、何を得る?」

「魔族の根絶こそ悲願! 後患を断つのです!」


「そのために、兵を何人死なせる気だ」

 私は淡々と問うた。

「雪山で追えば、矢より先に凍える。こちらの損は万を下らん」


 将軍が唇を歪める。


「犠牲は覚悟の上だ!」

「覚悟があるなら、払えますね」


 私は名簿の一枚を指先で叩いた。


「遺された家へ渡す扶持、弔いの銭、負傷者の手当て。将軍家の私財で賄えるのか?」

「ぐっ……そ、それは国が……!」


「国は払わん」

 私は切り捨てた。

「無駄な戦に流す銭はない。……それに」


 私は魔王城から届いた石の塊――魔石の欠片を机に置く。


「彼らを殺せば、北の鉱と魔石は誰が掘る? 将軍が鶴嘴を担いで岩山へ行くのか」

「……っ」


 将軍が言葉に詰まる。

 勇ましい声ほど、勘定と労苦を突きつけると脆い。


 私は視線を外し、魔王へ向き直った。


「お見苦しいところを。……では本題です」


 羊皮紙を広げる。

 降伏の文ではない。“互いが生きるための取り決め”だ。


「魔王殿。この盟約が成れば、境の線は“争いの口実”ではなくなります」

 条文を、短く示した。


『一、北の地は王国の直轄として扱い、魔王はその地の太守として治める』

『二、北の産(鉱・魔石)と南の糧は、公の値で引き替える。損が出ぬよう、宰相府と太守府で勘定を合わせる』

『三、人も魔族も、商いと暮らしの場では同じ掟で守る。揉め事は両者の役人が立ち会い、記録し、裁く』


 魔王が羊皮紙を見つめ、静かに口を開く。


「……我らは、誇りを失うことになるのか」

「形だけの誇りなら、失うでしょう」

 私は即答した。

「だが、民を飢えさせぬという誇りは守られる。――私はそこだけは譲らない」


 魔王の目が揺れた。

 誇りでは腹が膨れないことを、彼は誰より知っている。


「宰相よ。そなたの下につけば……我が民は、笑えるか?」

「約束します」

 私は言い切る。

「少なくとも、明日の飯を心配して泣く夜は終わらせる」


 魔王が深く息を吐き、羽ペンを取った。


「……よかろう」


 さらさらと署名が走り、黒竜の印が押される。


 ――だが、これで終わりではない。

 私はすぐに続けた。


「証人を」

「ここに」


 魔王側から二名、こちらから二名。

 さらに砦の守備隊長が立ち会い、連署する。


 写しは三通。

 宰相府の記録庫、太守府、国境砦に保管する。

 破った側が損をする条を添え、逃げ道を減らす。


 紙が守るのではない。

 段取りが守る。


 古株将軍が歯噛みして立ち上がりかけた。


「こんなものは――!」

「将軍」


 私は将軍へ一枚の紙を突き出した。

 王都の貴族会と宰相府の連署が入った命令書だ。


「あなたは“監視役”ではない。ここから先は、砦の兵糧と道の改めに従事してもらう」

「なに……!?」

「口を出したいなら、責も負え。できぬなら、静かにしてくれ」


 将軍の顔が赤くなり、やがて青ざめる。

 周囲の視線が刺さった。今この場で、誰が国を食わせているのか――皆、分かっている。


 将軍は何も言えず、椅子に沈んだ。


 ざまぁは、剣ではなく、命令書一枚で足りた。


 ◇


 その夜。

 砦の広間では、ささやかな宴が開かれた。

 人と魔族が、同じ卓を囲む。


「おい、その肉、うめぇな!」

「こっちの木の実も食ってみろ。北の味だ」


 最初はぎこちなかった兵たちも、温い料理が入れば肩が落ちる。

 魔王が低い声で命じた。


「子と老いた者を先に。次に働き手だ。異論は許さぬ」


 その一言で、配り手の動きが揃う。

 宴の空気が、戦の匂いではなく、暮らしの匂いに変わった。


「……信じられません」


 エリスが配膳の手を止め、広間を見渡す。


「少し前まで殺し合っていた人たちが、一緒に笑っているなんて」

「腹が満ちて、明日が見えりゃ、憎む理由も薄くなる」

 ルーカスが笑う。

「旦那の言う通りだ。鍋は剣より強ぇ」


 私は杯を傾け、魔王――いや、太守となる男の横顔を見る。

 穏やかな顔だ。部下の笑い声を、目で数えるように見ている。


 そのとき、雪まみれの早馬が駆け込んできた。


「だ、旦那様! 西の海より急報!」

「申せ」

「黒塗りの大きな艦が現れました。名乗るは“帝国”――港を開け、商いを許せ、と」


 広間が一瞬、静まる。

 だが私は、杯を置き、言った。


「分かった。明日、話を聞く」

 そして、広間の鍋へ視線をやる。

「今夜は宴を続けろ。腹が減れば、また刃が立つ」


 湯気の向こうで、子どもが笑った。

 その笑い声がある限り――私は、どんな相手とも段取りで渡り合える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。