第33話 :民衆蜂起。王を捨てろ、アインホルンに付け!
王都。
王立銀行の崩れから数日が経ち、街は飢えに沈んでいた。
札は札のまま、パン一つに届かない。
さらに王の暴挙で契約庁の塔は落ち、鎖も執行も沈黙した。
治安は崩れ、盗みと暴力が町を歩く――地獄だ。
そんな中、一つの噂が風のように広がっていた。
『アインホルン領へ行けば、食える』
それは希望であり、唯一の救いだった。
「行くぞ! ここにはもう何もない!」
「アインホルン男爵なら、俺たちを見捨てないはずだ!」
一人、また一人。
王都の門から人々が抜け出し始めた。
最初は家族連れの小さな群れだった。だがそれは瞬く間に数百、数千の奔流となる。
家財を背負い、飢えた子の手を引き、彼らは南を目指した。
だが――行く手を阻む者たちがいた。
「止まれ! 貴様ら、どこへ行く気だ!」
王都の南門。
近衛騎士団が簡易の柵を築き、脱出者たちに剣を向けていた。
「王都からの脱出は禁止だ! 戻れ! 戻らねば斬るぞ!」
「ふざけるな! ここで餓死しろと言うのか!」
「俺たちの札も、パンも奪っておいて!」
民衆が叫ぶ。
騎士たちは怯むが、それでも剣を下ろさない。
王の厳命があるからだ。
『民を逃がすな。逃げる者は反逆者と見なせ』。
「……やるしかない」
群衆の中から、一人の若者が石を握りしめて進み出た。
かつてゴルコンダ商会で下働きをしていた男だ。
「俺たちはアインホルン領へ行く! あそこには飯がある! 仕事がある! 人間としての扱いがあるんだ!」
彼が石を投げた。
ゴツッ、と騎士の兜に当たり、乾いた音が響く。
「……殺せ! 反逆者だ!」
騎士が剣を振り上げた――その時だ。
ドォン!!
柵が、正面から叩き砕かれた。
土煙の向こうに現れたのは、巨大な鉄塊剣を担いだ男。
ルーカス。
「……そこまでだ」
そして、その横に立つ黒髪の貴族。
私だ。
「アインホルン男爵……!」
「助けに来てくれたんだ!」
民衆から歓声が上がる。
私は騎士たちを見据えた。
「道を開けろ。……彼らは、飢えた民だ。傷つけることは許さん」
「き、貴様……! 軍を率いて王都に攻め込む気か!」
「攻め込む? 野蛮ですね」
私は肩をすくめる。
「これは救いのための動きだ。飢えた者に食を渡し、倒れた者を運び、保護する。……王がそれを放棄した以上、代わりに手を差し伸べるのは当然だろう?」
「詭弁だ! 反逆――」
「反逆? 誰に対する?」
私は一歩踏み出した。
「契約の鎖を沈黙させ、民を飢えさせた者に、従う義理があるのか?」
その言葉は騎士たちの迷いを突いた。
彼らもまた、給金の札が役に立たず、家族を養えず、王への不信を募らせていたのだ。
「……剣を下ろせ」
私は静かに言う。
「アインホルン領では、騎士にも食と寝床を用意する。七日に二日の休みも、危険の手当も出す。……そして何より、家族に温かいスープとパンを約束しよう」
カラン……。
一人の騎士が剣を落とした。
それが合図だった。
カラン、カラン……。
次々と剣が捨てられ、騎士たちが膝をつく。
戦わずして、勝負は決した。
門の外では、アインホルンの荷馬車が並び、鍋が据えられた。
湯気が立ち、匙が動き、子どもが泣き止む。
「……行こうか」
私は振り返り、民衆に向かって手を挙げた。
「王城へ。……最後の膿を取り除く」
「「「おおおおおっ!!」」」
地鳴りのような歓声が王都を揺るがす。
それは暴れではない。
生きるための選択が重なった、うねりだ。
先頭に立つのは私とルーカス。
エリスは後方で救護に回り、倒れた者に水と布を渡していた。
王城の門は固く閉ざされている。
だが、今の民を止められる扉など、この王都には残っていない。
国王との対面。
剣を抜く王に、私は武器を持たずに立つ。
勝負は――まだ終わっていない。




