第31話 :勇者ルーカス、命令違反。「契約書なんて知るか。俺はあんたを守る」
領主館前の広場は、戦場と化していた。
「押し込め! たかが警備隊だ!」
「怯むな! アインホルンを守れ!」
数百の王家騎士団に対し、我が領の警備隊は数で劣る。
だが士気は高い。
借りや飢えから救われ、「まともな暮らし」を手に入れた者たちだ。
ここを守ることは、自分たちの明日を守ることと同義だった。
「オラァァッ!!」
最前線で、ルーカスが暴れ回っていた。
鉄塊剣がうなるたび、騎士たちが宙を舞う。
だが敵も精鋭だ。
「囲め! 勇者とはいえ一人だ! 魔法で足を止めろ!」
氷結の魔法が集中し、地面が凍りつく。
ルーカスの足が鈍った、その隙に槍が伸びた。
「ぐっ……!」
一本が肩を掠め、鮮血が散る。
「ルーカス!」
思わず叫ぶ。
契約庁が沈黙した今、この戦いは鎖も執行もない、生身の戦いだ。
「へっ、かすり傷だ!」
ルーカスは笑い、槍をへし折って前へ出る。
その背中が、恐ろしく頼もしかった。
だが戦況は徐々に不利になる。
数で押され、防衛線がわずかに下がった――その時だ。
「男爵! 見つけたぞ!」
乱戦の隙を突き、近衛隊長が私に肉薄していた。
魔力を帯びた長剣が、私の首元へ迫る。
セバスチャンは別の騎士に絡まれ、間に合わない。
「死ねぇっ! 反逆者!」
私は反射的にエリスを背に庇った。
終わりか――そう思った瞬間。
ガキンッ!!
金属音と火花。
私の前に、傷だらけの背中が割り込んでいた。
「ル、ルーカス……?」
「……おっと。危なかったな、旦那」
ルーカスが隊長の剣を鉄塊剣で受け止めている。
肩の傷から血が滴り、息は荒い。
「貴様……! なぜだ!」
隊長が叫んだ。
「なぜそこまでして男爵を守る! 契約はもう動かんのだぞ! 命を懸ける理屈などないだろう!」
「……理屈?」
ルーカスは、鍔競り合いのまま不敵に笑った。
「あぁ、ねぇな。契約書に『命を捨てて守れ』なんて書いてねぇ」
「なら退け!」
「だがな」
ルーカスは一歩踏み込み、隊長を押し返した。
「この旦那は、俺がどん底だった時に手を差し伸べてくれた。借りだらけで泥水啜ってた俺に、飯と寝床と、働き口をくれたんだ」
温かいスープ。清潔な寝台。そして「君が必要だ」という言葉。
その記憶が、刃より鋭く彼を支えている。
「契約書なんか知らねぇ。……俺が守りてぇのは、この場所だ!」
ドォォォン!!
ルーカスの咆哮と共に、剣が閃く。
隊長の長剣が砕け、鉄塊の一撃が鎧ごと隊長を吹き飛ばした。
「がはっ……!?」
「隊長ッ!」
隊長が転がり、指揮が乱れた。
騎士団の足が一瞬止まる。
「……悪いな、旦那。言いつけ破っちまった」
ルーカスが血を拭い、ニカっと笑う。
「『無理はするな』って言われてたけどよ……ここが正念場だろ?」
「……ああ。事後承諾だ」
私は短く頷いた。
「君の命令違反を認める。……存分に暴れてこい!」
「了解!」
ルーカスが前線へ躍り出る。
その背を見て、エリスが胸に手を当て、震える息を吐いた。
そしてすぐ、倒れた老兵の方へ駆けていく。
守りたいものがある。
それが、ここにいる全員の共通点だ。
「聞け! 王家の犬ども!」
私は声を張り上げた。
「契約庁は沈黙した! だが!」
ルーカスと警備隊、そして守られる領民たちを指差す。
「ここには『信頼』がある! 紙一枚で揺らぐような絆ではない!」
領兵たちが勝鬨を上げる。
逆に騎士たちの顔には、動揺が走った。
金と恐怖で動く者には、この熱が理解できない。
「……退け! いったん下がるぞ!」
副隊長が叫び、騎士団がじりじりと後退し始める。
――勝った。
法なき世での初戦を、私たちは信頼で制したのだ。
私は逃げる背中を見つめ、静かに呟く。
「……野蛮ですね」
そして言葉を継ぐ。
「ならば私は、ここに秩序を作る。契約が沈黙した世界でも、守れる形を用意してやる」
王都は放ってはおけない。
次に来るのは、もっと大きな暴力だ。




