第26話 :不当な上納命令。ならば私は「王家の借金証文」を買い集めます。
「き、金貨百万枚……!?」
領主館の執務室。
王家の勅命書を読んだルーカスが、素っ頓狂な声を上げた。
「冗談だろ!? そんな大金、国庫が干上がるぞ!」
「冗談ではない。王印つきの勅命だ」
私は黒茶を一口含み、羊皮紙を机に置いた。
『特別防衛の上納。金貨百万枚を即時納めよ』
名目など何でもいい。
要は、教会と商会の件で私が握り直した財を、王が力ずくで奪い返そうとしている。
「払えなければどうなるんです?」
セバスチャンが低い声で言う。
「反逆の咎で領地没収。私も君たちも首が飛ぶ」
「ふざけんな! ただの強盗じゃねぇか!」
「王権を被った強盗だな」
私は窓の外を見た。
広場には、昨日の宴の名残がある。笑い声の余韻がまだ残っている。
この景色を、王の腹一つで踏みにじらせるわけにはいかない。
「……だが、相手が悪かった」
私は口元を上げた。
「金貨百万枚? いいだろう。用意してやる」
「はぁ!? 旦那、正気かよ!」
「ただし、王が望む形では、な」
私は執務机の奥から、鍵のかかった箱を取り出す。
中にあるのは、王印の押された借りの証文の写し――以前、国庫院の監査官を屈服させた時に押さえていたものだ。
「王都へ使いを走らせろ。――王家の借金証文を、買い集める」
「借金証文……?」
「そうだ。王家が商人たちから借りた金の約束だ」
(前世で言うなら、“国の借金”を紙にしたものだ)
◇
翌日。王都。
両替商と金貸しが集まる通りに、アインホルン家の馬車が次々と入っていった。
「アインホルン家が、王家の借金証文を買うぞ!」
「書付どおりの金貨で買い取るだと……!?」
噂は瞬く間に広がった。
王家は長年、あちこちから金を借りている。だが返しは遅い。
商人たちは、返ってくるかも分からぬ証文を抱え、資金繰りに喘いでいた。
そこへ、金貨を積んだ私が現れた。
「売る! いま売る!」
「こっちの証文も頼む!」
羊皮紙の束が、次々に積み上がっていく。
金貨が、別の形の“首輪”へ変わっていった。
夕方。
セバスチャンが報告する。
「旦那様。市に出回る証文の大半を押さえました。金貨八十万枚分ほどに」
「十分だ」
私は頷いた。
「王は私から金を抜こうとした。なら私は、その金で王の借金を握る」
「……最大の貸し手は、旦那ってわけか」
「そういうことだ、ルーカス」
◇
数日後。王城、玉座の間。
再び呼び出された私は、王の前に立った。
「――アインホルン男爵。上納は用意できたか」
王の声は冷たい。
周囲の貴族たちが、私の没落を待つ目をしている。
「はい。用意しました」
合図すると、セバスチャンが木箱を運び込ませた。
王は鼻で笑う。
「ほう。金貨百万枚が、その箱に収まるとでも?」
「中身をご覧ください」
箱が開かれる。
溢れんばかりの羊皮紙――借金証文の束。
王が一枚を掴み、目を走らせた瞬間、顔色が凍った。
『借用証文:金貨一万枚 借主:レグルス王家』
「……貴様」
王の喉が鳴った。
「金貨百万枚の上納は、支払います」
「なら――」
「ただし同時に、王家が商人たちへ約した借りの返済について、私は契約庁へ申立てます」
私は一歩だけ踏み出す。
「申立てが受理され、原文と照合が済めば、執行が動く。王家は、私に金貨を返す」
「……!」
「上納で私が納める金と、王家が返す金。差し引けば、ここにある証文の分だけで足りるはずです。――理に適っているでしょう?」
貴族たちが息を呑んだ。
国庫の役人が叫ぶ。
「我らが求めたのは金貨だ! そんな羊皮紙では――」
「王印のある証文を“羊皮紙”と呼ぶなら、王家の面目は地に落ちますが?」
役人が口を噤む。
王は唇を噛み、震える手で証文を握り潰しそうになった。
「……アインホルン」
「陛下。借りが整理され、国庫の息も少しは楽になる。民も喜びましょう」
私は微笑んだ。
王は私から金を奪えなかった。むしろ、“借り”の弱みを増やした。
「……下がれ」
王が呻くように言った。
「……今回は認める。さっさと失せろ!」
「はっ。ありがたき幸せ」
私は一礼し、踵を返した。
◇
帰りの馬車。
ルーカスが興奮気味に言う。
「すげぇ……! 王様相手に、真正面からひっくり返しやがった!」
「勝負は剣だけじゃない。借りもまた、縛りになる」
私は黒茶を含んだ。
だが、終わりではない。
王の目は、あの時と同じだった。――“決まりそのものを壊す”目だ。
「……旦那様。次はどう出ると」
セバスチャンの声が低い。
「金を取れないなら、次は“価値”を壊しに来る」
「価値……?」
「通貨だ。王立銀行券と金の釣り合い――そこを突いてくる」
私は窓の外、王都の方角を見た。
「野蛮ですね。……ならば次は、通貨の戦だ」
紙が紙に戻る夜が来る。




