第25話 :王都召喚。国王は私を「危険な者」として排除するつもりだ。
領地への帰路を急ごうとしていた私の馬車は、王家の使者によって進路を反転させられた。
行き先は王城。この国の最高権力者が待つ、玉座の間である。
「……気に食わねぇな」
馬車の中で、正装に着替えたルーカスが襟元を引っ張りながら唸る。
「せっかくの祝勝会だったのに、水を差された気分だ。……なぁ旦那、王様ってのはどんな奴なんだ?」
「さあな。だが、少なくとも『話の通じる相手』ではなさそうだ」
私は窓の外を流れる王都を眺めた。
教会本部は封印され、大商会の荷の網もこちらが握り直した。
王都の財布と、人の心の流れ。その両方が、いま私に寄っている。
王にとって私は何に見えるか。
答えは明白だ。
「旦那様、到着いたしました」
御者台のセバスチャンが声をかける。
威圧的な城門が、重い音を立てて開かれた。
まるで獲物を飲み込む巨大な口だ。
◇
玉座の間。
高い天井、磨き上げられた床、並び立つ近衛騎士。
最奥の玉座に、一人の初老の男が座っていた。
国王、レグルス三世。
かつて賢王と呼ばれた男だが、いまその瞳に宿るのは知性よりも暗い執念に見えた。
「――面を上げよ」
重々しい声。
私は片膝をついたまま顔を上げる。背後には、特別に帯剣を許されたルーカスとセバスチャン。
「拝謁の栄誉、感謝いたします。陛下におかせられましては――」
「世辞はいい」
国王は私の言葉を遮り、玉座の肘掛けを叩いた。
「アインホルン男爵。貴様の噂は聞いている。領地の立て直し、勇者の雇い入れ、そして教会と商会の一件。……実に見事だ」
「恐縮です。すべては国の安寧のため、契約と法に基づき行いました」
「契約と法、か」
王は鼻で笑った。
「貴様は、この国を商いの帳場か何かと勘違いしているのではないか?」
「……と、申されますと?」
「教会を解体し、商会を飲み込み、民の歓心を買った。……貴様が握っているのは、もはや一貴族の権限ではない。この国の『財布』と『心臓』だ」
王が立ち上がり、階段をゆっくり降りてくる。
周囲の騎士たちが息を呑んだ。
「余は見ていたぞ。貴様が契約庁の威を借り、長年この国を支えてきた教会を切り崩す様を。……あれは、余への警告か?」
「滅相もございません。私はただ、腐敗を取り除いただけです」
「腐敗か。……貴様にはそう見えるかもしれん。だがな」
王は私の目の前で足を止め、窓の外を指差した。
王都の中央にそびえる白亜の塔――契約庁の塔。
「余はずっと、あの塔が疎ましかった」
「……?」
「『契約は絶対である』。『王とて法には逆らえない』。建国の契約により、王権すら縛られる。余が何かを成そうとしても、常に国庫だ、先例だ、条だのと言葉が立ちはだかる」
王の声に、隠しきれない憎悪が滲んだ。
「そこへ来て貴様だ。貴様はあの塔の力を最大限に使い、余の足元を脅かしている。……これ以上、塔と貴様を野放しにしておけば、いずれ王家は飾りになる」
「考えすぎでございます、陛下。私はただの一領主。王家に弓引くつもりなど――」
「口では何とでも言える!」
王が激昂し、叫ぶ。
「アインホルン男爵! 余は貴様を『危険な者』と見なす!」
玉座の間に戦慄が走った。
ルーカスが私の背後で殺気を放ち、騎士たちが一斉に剣の柄に手をかける。
私は片手でルーカスを制し、静かに王を見返した。
「……それで? 私を斬りますか。明確な罪もなく一領主を断罪すれば、契約庁の目は必ず動きますが」
「ふん。契約庁、か」
王はニヤリと笑った。
「貴様は賢い。だが、賢すぎるがゆえに盲点がある。……貴様は『決まりの中』で勝つことしか考えておらん」
私は黙った。
「もし、その決まりそのものが消え失せたら――貴様はどうする?」
意味が読めない。
決まりが消える? 契約庁の塔がある限り、世界の理は揺るがぬはずだ。
「……今日は帰るがよい。だが、覚えておけ」
王は踵を返し、玉座へ戻っていく。
「余は王だ。この国の法も、民も、すべては余のものだ。……それを忘れた小者には、相応のしつけをしてやる」
「……肝に銘じます」
私は深く一礼し、玉座の間を後にした。
◇
王城を出て、馬車に乗り込んだ瞬間。
私は大きく息を吐き出した。
「……おい旦那、大丈夫か? 顔が白いぞ」
「……ああ。久々に、背筋が凍った」
私は手巾で額を拭った。
メディチやボルドーとは違う。
あの王は、法そのものを邪魔だと思っている。
「彼は、契約という枷を憎んでいる」
「王様なのにか?」
「王だからこそだ」
窓の外、遠くに見える契約庁の塔。
あれを睨みつけた王の目は、狂気すら孕んでいた。
(……決まりそのものが消えたら、か)
嫌な予感が胸に刺さる。
「……急いで領へ戻るぞ」
「御意」
だが、私の予感はその日のうちに最悪の形で当たった。
領地に着いた私を待っていたのは、王家からの理不尽極まりない勅命だった。
『アインホルン領に対し、特別防衛の上納として金貨百万枚を即時納めよ』
――宣戦布告だ。
ルーカスが歯を食いしばり、セバスチャンが静かに息を吸う。
そして私の背後で、領主館の明かりが灯り始めた。
守るべきものがある。
だからこそ、私は笑った。
「……野蛮ですね。ならばこちらも、法と金で返すまでだ」




