第23話 :商会長の土下座。「直轄商会」になりたいと泣きつかれる。
教会の解体が始まって一週間。
王都の商いは、未曾有の大混乱に沈んでいた。
これまで教会の威を借りて甘い汁を吸ってきた大商会たちは、後ろ盾を失っただけではない。
契約庁の目録作成と精査が進めば、過去の取引の汚れが掘り起こされる。誰もがそれを恐れ、逃げ道を探して右往左往していた。
だが――逃げ道はない。
荷の流れの要所は、すでにこちらの手の内にある。
◇
アインホルン領、領主館の応接室。
そこに王都の商会長たちが、揃って座っていた。顔色は土気色。口は固く結ばれ、指先だけが落ち着かない。
「……本日は、どのようなご用件かな?」
私は上座で黒茶を一口含む。
正面にいるのは、かつて資材の値を吊り上げたゴルコンダ商会の会頭、ボルドー。あの時の傲慢さは見る影もない。
「あ、あの、アインホルン男爵……」
ボルドーが声を絞り出す。
「我らは……貴殿のもとへ参りたく存じます。どうか、取り引きをお許しください。いや、願わくば――直轄として、お抱えに……」
「直轄、か」
私は眉を上げる。
「つい先日まで『田舎貴族に頭は下げぬ』と豪語していた口で、よく言える」
商会長たちの肩が揺れた。
私は言葉を続ける。
「それに、貴殿らは教会の“指定の商い手”だったはずだ。今さら鞍替えとは、節操がないな」
「そ、それは……!」
言い訳が途切れた瞬間――ボルドーが椅子から転げ落ちるように膝をついた。
「お、お願いだ! この通りだ……!」
額を床板にこすりつける。土下座。
続いて、他の商会長たちも雪崩のようにひれ伏した。
「賠償も払う! いくらでも償う!」
「どうか見捨てないでいただきたい……!」
かつて相場を握り、弱い商人や雇い人を踏みにじってきた者たちが、今は泥にまみれて命乞いをしている。
胸の奥が冷たく笑った。
(……叩き潰すのは簡単だ。だが、簡単は最善ではない)
彼らの倉庫、馬車、荷の網、雇い人――それは国の血管だ。切り捨てれば、国中が倒れる。倒れるのは彼らだけではない。
「……顔を上げたまえ」
私が告げると、商会長たちは恐る恐る顔を上げた。
「貴殿らの申し出、受け入れよう」
「ほ、本当ですか……!?」
「ただし、条件がある」
私は分厚い羊皮紙の束を机に置いた。
重い音が、室内の空気を縛る。
「貴殿らの商会は、本日より**アインホルン家の直轄商会**となる。看板は残す。だが、商いの骨は私が握る」
商会長たちが息を呑む。
「一つ。相場を口実にした不当な値上げは禁ずる。買い叩きも同じだ」
「一つ。雇い人の給金と休みは、私が定める基準を下回らせない」
「一つ。違反があれば、私は**契約庁へ申立てる**。照合のうえで執行が入る。……覚悟はいいな?」
沈黙。
拒否できる者などいない。
「……つ、謹んで、お受けいたします」
ボルドーが震える手で署名し、拇印を押す。
他の商会長たちも続いた。
――契約は成立した。
◇
商会長たちが去ったあと。
セバスチャンが新しい黒茶を淹れながら言った。
「見事でございます、旦那様。荷の網が、すべてこちらに繋がりました」
「ああ。悪い仕組みは、壊すよりも――握り直した方が早い」
私は窓の外を眺める。
広場には荷が積まれ、領民が行き交い、子どもが笑っている。
「旦那様! 大変です!」
ルーカスが飛び込んできた。
「王都の商会の連中が『直轄になった祝いだ』って、品を山ほど持ってきた! 広場が荷で埋まりそうだ!」
「……祝い、か」
どうやら雇い人たちにも噂が回ったらしい。
“休みと給金が増える”――それだけで、人はここまで顔色を変える。
「仕方ない。今日は領民にも振る舞え。祝いは皆で分けるのが筋だ」
「よっしゃ! 酒だ、飯だー!」
ルーカスが嬉々として走り去る。
窓の外から歓声が膨らみ、冬の空気を押し返した。
私は、机の上の封書を見やる。王家の紋章。
嫌な予感はある。だが――
今夜だけは、領民の笑い声を優先しよう。
「……野蛮な連中に負けていられるか」
私は黒茶を飲み干し、広場の方へ視線を向けた。
そこには、明日の暮らしを信じて笑う人々がいた。




