第22話 :教会本部、資産封鎖。アルバートが「資産整理役」として乗り込む。
メディチ枢機卿の断罪から数日後。
王都の聖光教会・総本山は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「どうなっているんだ! 給金が支払われないぞ!」
「商会への支払いが滞っている! 誰か責任者はいないのか!」
神官たちが右往左往し、出入り口には借金の取り立てに来た商人たちが詰めかけている。
無理もない。
メディチが隠し持っていた莫大な資産が没収され、さらに被害者への返還命令が出たことで、教会の金庫は空っぽになっていたのだ。
文字通りの「立ち行き不能」である。
そんな混乱の渦中にある大聖堂の扉が、重々しい音を立てて開かれた。
「――静粛に願おうか」
よく通る声が響き渡る。
騒然としていた聖堂内が、水を打ったように静まり返った。
現れたのは、契約庁の執行官たちを引き連れた私――アルバート・フォン・アインホルンだ。
「ア、アインホルン男爵……!?」
「なぜ貴様がここに!」
上級神官の一人が、顔を真っ赤にして食ってかかる。
私は彼を一瞥もせず、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
天秤と剣の紋章が輝く、契約庁の公式令状だ。
「本日付で、聖光教会の資産は、返還が済むまで契約庁が封印し、目録を作成の上で処分を執り行うこととなった。……そして私が、その処理を一任された『資産整理役』である」
「し、資産整理役だと……!?」
「そうだ。これより、この教会のすべての資産を査定し、売却し、借金の返済に充てる。……君たちの給金も含めてな」
私は冷徹に告げた。
彼らは「信仰」を盾に好き勝手やってきたが、組織としての経営は杜撰そのものだった。
ならば、手練れの手で解体し、立て直すしかない。
「総員、作業開始。……まずは地下の酒蔵と、宝物庫からだ」
私の号令と共に、セバスチャンと執行官たちが動き出す。
「お、お待ちください! あそこには儀式用の聖酒が……!」
「ほう? 帳簿には『最高級の古酒』とありますが?」
セバスチャンが酒蔵から転がり出てきた樽のラベルを読み上げる。
神官が言葉に詰まる。
次々と運び出されるのは、純金の燭台、宝石を散りばめた法衣、そして隠し帳に記されていた数々の贅沢品だ。
「嘆かわしい。神への祈りに、金や宝石が必要ですか?」
私は神官たちを見渡した。
「神は心に宿るものだ。……これらは全て売却し、金貨に換える。不服がある者は、契約庁へ申立てよ」
誰一人として、声を上げる者はいなかった。
彼ら自身、腐敗した上層部にうんざりしていたのだ。
◇
数時間後。
大聖堂の前には、長蛇の列ができていた。
メディチに不当な寄進を強いられ、財産を奪われた被害者たちだ。
「次の方。……はい、金貨三枚。受領の拇印をここに」
仮設のテントで、私が雇った文官たちが返金手続きを行っている。
かつて全財産をむしり取られた老婆が、震える手で金貨を受け取っていた。
「ああ……ありがとうございます……! これで、冬を越せます……!」
「神様、仏様、アインホルン様……!」
人々は涙を流して感謝し、地面に額を擦り付けている。
その光景を見ながら、私は黒茶を一口啜った。
「……悪くない」
奪われた金が、あるべき場所に戻っていく。
経済が回り、民の生活が安定する。
これこそが、私が目指す「正しい金の流れ」だ。
「旦那様。こちらも準備が整いました」
セバスチャンが声をかける。
私は頷き、教会の敷地内にある、古びた別棟へと向かった。
そこはかつて、物置として使われていた建物だ。
だが今は、看板が掛け替えられている。
『アインホルン施療院・王都支部』と。
中に入ると、清潔な白い前掛けを身に着けたエリスが、忙しなく動いていた。
彼女の周りには、貧しい身なりの患者たちが集まっている。
「はい、傷口は塞がりましたよ。……次は薬を塗っておきますね」
「ありがとう、エリス様……!」
「お金は……本当にいいんですか?」
不安そうに尋ねる患者に、エリスは満面の笑みで答えた。
「はい! 雇い主様が、『金のない者からは取るな』と仰っていますから!」
無償の施療院。
それが、私の新たな試みだ。
メディチから没収した莫大な資産の一部を運用し、貧民街向けの医療施設を開設したのだ。
「旦那。……あんた、本当に悪徳貴族か?」
入り口で警備をしていたルーカスが、呆れたように笑う。
「タダで治療なんて、慈悲深すぎて気味が悪いぜ」
「勘違いするな、ルーカス。これは『先立ちの金』だ」
私は患者たちの様子を眺めながら言った。
「病人が増えれば、働き手が減る。働き手が減れば、国の稼ぎが落ち、巡り巡って私の商売にも影響が出る。……民を健康にすることは、長い目で見れば利益になるのだよ」
「へっ。……素直じゃねぇな」
ルーカスは肩をすくめたが、その表情は満足げだった。
「雇い主様!」
治療を終えたエリスが、パタパタと駆け寄ってくる。
その顔は、汗で少し汚れていたが、大聖堂のステンドグラスよりも輝いていた。
「見てください! こんなにたくさんの人が来てくれました! ……私、ここで働けて本当に幸せです!」
「そうか。だが、無理はするなよ。休憩時間は厳守だ」
「はい! ……あ、そうだ。これ、患者さんが『お礼に』って」
彼女が差し出したのは、泥だらけの野菜と、少しの木の実だった。
金のない彼らが、精一杯の感謝として持ってきたものだ。
「……ふむ」
私はその一つ、歪な形のリンゴを手に取った。
市場に出せば二束三文だろう。
だが、今の私には、没収した宝石よりも価値あるものに見えた。
「今日の夕食は、これを使うとしよう。……セバスチャン、頼めるか?」
「承知いたしました。最高の焼きリンゴに仕上げましょう」
教会本部の解体は、滞りなく進んだ。
腐敗した組織は消え、代わりに人々の笑顔と、新たな希望が生まれた。
これにて、第2章の案件はすべて片付いた。
私はエリスとルーカス、そしてセバスチャンと共に、夕暮れの王都を後にした。
「さて、領に戻ったら忙しくなるぞ。……次は、あの大商会たちが泣きついてくる頃だ」
私の予言通り、領地では新たな展開が待っていた。
だが、その前に――。
王城の奥深く。
玉座の間で、一人の男が報告書を握りつぶしていた。
国王だ。
「……アインホルンめ。教会の次は、この国の『財布』を握るつもりか」
王の目は、怒りと焦燥で血走っていた。
「許さん……。これ以上、奴の好きにはさせん。……『あれ』を準備しろ」
次なる敵は、国家権力そのもの。
そして世界の理を揺るがす、最大の危機が迫っていた。




