第21話 :公開法廷(後編)。枢機卿の『不正蓄財』を監査します。
契約庁・大審問会場。
数千の視線が、審問官の机に置かれた一冊の羊皮紙の束――エリスが持ち出した『寄進の記録帳』の写しに注がれている。
「……不正蓄財、だと?」
メディチ枢機卿が、顔を歪めて唸った。
先ほどまでの余裕は消え失せ、その瞳には焦燥の色が浮かんでいる。
「馬鹿な。言いがかりだ。その帳簿は偽物に決まっている!」
「偽物かどうかは、数字を見れば分かります」
私は静かに告げ、審問官に向き直った。
「審問官殿。この記録帳には、過去五年間に教会が集めた『寄進』の額と、その『使い道』が詳細に記されています。……エリス殿、これを記したのは?」
証言台のエリスが、凛とした声で答える。
「……私です。メディチ枢機卿の指示で、毎日、集まった金額と保管場所を記録させられていました。……枢機卿は、私を『計算ができる道具』として使っていましたから」
「だそうだ、枢機卿。……貴方の筆跡とも一致するかと」
私はセバスチャンに目配せをした。
彼が巨大な紙を広げ、会場全体に見えるように掲げる。
そこには、記録帳から抜き出した「数字の矛盾」が図解されていた。
「皆様、ご覧ください。……ここにある数字は、奇妙なことを語っています」
私は指し棒で図を叩いた。
「昨年度、教会が集めた寄進の総額は『金貨五万枚』。対して、施療院の運営や貧民への炊き出しに使われた経費は『金貨一万枚』。……残りの四万枚はどこへ消えたのでしょう?」
会場がざわめく。
四万枚。小国の国庫の年勘定に匹敵する額だ。
「神への奉納に使われたのだ!」
メディチが叫ぶ。
「大聖堂の改修、祭具の購入……神を敬うためには金がかかる! それを『蓄財』などと、不敬にも程があるぞ!」
「なるほど、改修と祭具ですか」
私は冷ややかに笑い、もう一枚の書類を取り出した。
それは、第13話で私が締め上げた大商会『ゴルコンダ商会』との取引記録だ。
「ですが、商会の記録にはこうあります。『メディチ枢機卿へ、隠し金として金貨三万枚を渡した』……と」
「なっ……!?」
「さらに、ここには『宝石の買い上げ記録』もあります。……奇妙ですね。教会の改修費という名目で、貴方の個人的な屋敷に最高級の調度品が運び込まれている」
私はメディチを見据えた。
「聖典法、第十条。『神への捧げ物を、私欲のために用いてはならない』。……枢機卿、貴方は信徒が血の滲む思いで捧げた金を、自分の懐に入れていた。これは明白な『着服』であり、聖典法違反だ」
逃げ場のない論理の包囲網。
数字は嘘をつかない。
メディチの顔色が、赤から青、そして土気色へと変わっていく。
「ち、違う……これは……教会の権威を保つために必要な……」
「権威?」
私は傍聴席の最前列に座っていた、一人の老婆を指差した。
ボロボロの服を着た彼女は、震える手で聖印を握りしめている。
「彼女は、病気の孫を治すために、家財道具を売って金貨を作った。貴方が『払わねば地獄に落ちる』と脅したからだ。……その金が、貴方の指輪やワインに変わっていたと知っても、まだ『権威』と言えますか?」
会場の空気が、一変した。
ざわめきが、怒号へと変わる。
「ふざけるな! 俺たちの金を返せ!」
「聖女様をこき使って、自分は豪遊かよ!」
「悪魔はお前だ、メディチ!!」
数千の民衆の怒りが、波となってメディチに襲いかかる。
それは、彼が利用してきた「信仰心」が、反転して彼自身を食らい尽くす瞬間だった。
「ひ、ひぃ……! し、静まれ! 私は枢機卿だぞ! 神の代理人だぞ!」
メディチが後ずさる。
だが、もう誰も彼を敬わない。
審問官が、重々しく木槌を叩いた。
「……静粛に! 判決を言い渡す!」
ドームが一瞬で静まり返る。
「被申立人、メディチ枢機卿。……提出された証拠と証言により、貴殿の『聖典法違反』および『着服』の事実は明白である」
審問官の低い声が、死刑宣告のように響いた。
「よって、枢機卿の位を剥奪する。教会の財産は、返還が済むまで契約庁が封印し、目録を作成の上で押さえる。……また、不正に蓄えた財産はすべて没収し、被害者への返還に充てるものとする!」
「そ、そんな……私の地位が……富が……!」
メディチはその場に崩れ落ちた。
赤い法衣が、今はただの囚人服のように見えた。
「連れて行け」
執行官たちが現れ、メディチの両脇を抱える。
彼が引きずられていく間際、私の方を向き、憎悪に満ちた目で叫んだ。
「アインホルン……! 覚えておれ! 法と金で神に勝ったつもりか! 貴様もいつか、その傲慢さで破滅するぞ!」
「ご忠告、痛み入ります」
私は優雅に一礼した。
「ですがご心配なく。私は『契約』を守る限り、破滅しませんので」
扉が閉まり、メディチの絶叫が消える。
その瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
◇
閉廷後。
契約庁の外に出ると、夕日が王都を黄金色に染めていた。
エリスが、深く息を吐き出す。
「……終わったんですね」
「ああ。これで教会は解体され、再編されるだろう。君を縛るものはもう何もない」
私が言うと、エリスは振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「雇い主様。……ありがとうございました!」
それは、聖女としての作り笑いではない。
一人の少女としての、心からの笑顔だった。
「これからは、アインホルン領で働くんですね。……私、頑張ります! お休みをもらった分、たくさん働いて、たくさん稼ぎますから!」
「頼もしいな。だが、ほどほどに頼むよ。君が倒れたら、私の先立ちの金が無駄になる」
私は苦笑し、彼女の頭を撫でた。
ふと見ると、広場の向こうで、先ほどの老婆が孫の手を引いて歩いているのが見えた。
老婆が孫の手を握り直し、小さく頭を下げた。
没収された財産が返還されるのはこれからだが、少なくとも、もう不当な寄進を強いられることはない。
(……悪くない)
私は胸元の会計の控え帳を軽く叩いた。
教会の腐敗を一掃し、聖女という最高の人材を手に入れ、さらに教会の隠し財産も(管理費として)一部手に入る。
今回もまた、私の「完全勝利」だ。
「帰ろうか、セバスチャン、ルーカス」
「へいよ、旦那!」
「御意。……今夜は祝杯でございますな」
私たちは馬車に乗り込む。




