第17話 :ならばこちらは「錬金薬」で対抗しましょう。
教会による「治療の差し止め」から三日後。
アインホルン領の郊外にある古い工房は、異様な熱気に包まれていた。
「火加減よし! 抽出液の澄み具合、狙いの濃さに達しました!」
「育て桶の青カビ茸、発育順調です!」
厚手の作業着を着た錬金術師たちが、釜や硝子器の間を忙しなく走り回っている。
彼らは、王都の魔導院を追い出されたり、研究費がなくて路頭に迷っていた「はぐれ錬金術師」たちだ。私が好待遇でかき集めた、知識の探求者たちである。
「……素晴らしい」
私は完成したばかりの小瓶を手に取り、光にかざした。
透き通るような琥珀色の液体。
これこそが、教会の支配を覆す切り札――「アインホルン製の錬金薬」だ。
「旦那様、本当にこれが……?」
隣でセバスチャンが不安げに見ている。
「ただのカビとスライムの粘液ですよ? 魔法も込められていない、ただの薬湯が、本当に聖なる奇跡の代わりになるのですか?」
「代わりではない。それ以上だ」
私は小瓶をセバスチャンに渡した。
「魔法は確かに便利だ。だが、高価で、術者の魔力量に依存する。……対して、これは『量産できる薬』だ。作り方を揃えれば、誰が作っても同じ効き目になり、大量に作れる。何より安い」
この世界の常識では、病気や怪我は「祈り」か「魔法」で治すものだ。
だが、病の原因が目に見えぬ微かな生き物だと知っている私には、魔法など非効率な儀式に過ぎない。
(前世の知識にある、膿を止める薬。まさか異世界で再現することになるとはな)
「効き目の確かめは終わっている。……さあ、反撃の狼煙だ。これを領内の薬屋、雑貨屋、すべてに配れ」
私はニヤリと笑った。
「値は、教会の治癒魔法の『十分の一』だ」
◇
翌日。アインホルン領の商店街に、衝撃が走った。
「おい、聞いたか? 領主様が新しい薬を出したってよ!」
「『魔法を使わずに傷が治る』だと? そんな馬鹿な……」
「でも、たったの銀貨五枚だぞ! 騙されたと思って試してみようぜ」
最初は半信半疑だった領民たち。
だが、効果は劇的だった。
「す、すげぇ! 膿んでパンパンに腫れていた足が、三日で熱を引いて歩けるようになったぞ!」
「古傷の痛みが和らいだ! 魔法より効くんじゃねぇか!?」
「ありがてぇ……これなら俺たちの稼ぎでも買える……!」
口コミは瞬く間に広がり、薬屋の前には長蛇の列ができた。
教会に高額な寄進を払えず、ただ死を待つしかなかった貧しい人々にとって、この「安くて効く薬」は、まさに本当の奇跡だったのだ。
先日、治療院の前で高熱に苦しんでいたあの少女も、今朝には粥を口にできるまでに回復し、母親と共に涙を流して喜んでいたという。
その報告を聞いた時、私は密かに安堵の息を吐いた。
一方、閑古鳥が鳴き始めたのは、教会の治療院だ。
「おい、どうなっているんだ!」
司教が顔を真っ赤にして叫んでいる。
彼の目の前には、ガラガラの待合室。
昨日まで、「金貨二枚払え」と脅していた相手が、誰も来ないのだ。
「なぜ誰も来ない! 愚民どもめ、神の奇跡よりも、あんな怪しげな薬を選ぶと言うのか!」
「し、司教様……それが……」
部下の神官が、青ざめた顔で報告する。
「アインホルン製の薬は、確かによく効くのです。しかも安い。……『地獄に落ちる』と言われる前に、皆は目の前の痛みを取る方を選んだようです」
「おのれ、アインホルン……! 商い敵の小細工を!」
司教は机を叩き割らんばかりに激昂した。
だが、彼は気づいていない。
これは単なる商売の競争ではない。
「魔法」という神秘のベールを剥ぎ取り、「医術」を大衆の手に取り戻す――世の仕組みをひっくり返す改革なのだ。
◇
数日後。領主館の執務室。
「旦那様、売れ行きは好調です。生産が追いつかないほどで、第二工房の増設が必要ですな」
セバスチャンが嬉しそうに報告書を置く。
利益率は驚異的だ。材料費は捨て値同然の残り物なのだから、売れば売るほど儲かる。
「これで当面の治療の問題は解決したな」
私は黒茶を一口啜った。
だが、これで終わる相手ではないだろう。
「……ん?」
窓の外を見ると、広場の掲示板の前に人だかりができている。
何やら騒がしい。
「ルーカス、見てこい」
「おう!」
しばらくして戻ってきたルーカスは、一枚の羊皮紙を手にしていた。
その顔は険しい。
「旦那、これを見てくれ。……教会の奴ら、汚ねぇ真似しやがる」
渡された羊皮紙には、教会の紋章と共に、毒々しい文字でこう書かれていた。
『警告:アインホルン領の「錬金薬」には、悪魔の毒が含まれている!』
『使用者は魂を汚され、死後は地獄へ落ちるであろう』
『直ちに使用をやめ、教会で浄化の儀式(金貨五枚)を受けよ』
「……悪評流しか」
私は鼻で笑った。
品質や価格で勝てないと悟るや、今度は「流言」と「信仰心」を利用して潰しにかかる。
実に彼ららしい、腐ったやり口だ。
「領民たちの様子は?」
「動揺してる。『悪魔の毒』なんて言われたら、ビビる奴も多い。薬を買い控える動きが出始めてるぜ」
ルーカスが悔しそうに言う。
医術を知らない人々にとって、教会の権威は絶対だ。「地獄へ落ちる」と言われれば、恐怖するのは無理もない。
「どうしますか、旦那様? また契約庁に訴えますか?」
セバスチャンが問う。
だが、私は首を横に振った。
「いや。これはただの『風聞』だ。法で裁くのは難しいし、時間がかかる。……その間に、領民の不安は広がる一方だ」
「じゃあ、泣き寝入りかよ!」
「まさか」
私は立ち上がり、不敵に笑った。
「虚言には、証拠で対抗する。……そして、その証拠を示すのに、最高の『証人』がいるじゃないか」
「証人?」
私は王都の方角――聖光教会の大聖堂を指差した。
「聖女エリスだ」
「は……? 敵の幹部じゃないですか」
「敵の幹部が、『教会の嘘』を暴き、『アインホルンの薬』を認めたらどうなる? ……教会の信用は地に落ち、我々の勝利は確定する」
私は懐から、先日エリスに送った手紙の「返信」を取り出した。
そこには、震える文字で、しかし確かな意志を持って、こう書かれていた。
『……私を、助けてください』
「準備はいいか、二人とも。……次は『救出作戦』だ」
私は黒茶を一気に飲み干した。
待っていろ、メディチ。
貴様が撒き散らした作り話は、貴様自身の首を絞めることになる。




