第13話 大商会からの圧力。「商会組合法」違反で訴えます。
ボークス領の併合、そして国庫院の監査官ベルンハルトとの手打ちから一ヶ月。
アインホルン領は、かつてない好景気に沸いていた。
「領主様、今月の魔石の出荷量は過去最高です!」
「街道の整備も順調です。隣国からの行商人も倍増していますぞ」
セバスチャンが嬉々として報告書を読み上げる。
元・勇者のルーカス率いる警備隊のおかげで治安は万全、元・敵兵たちの労働力でインフラ整備も進んでいる。
全てが順風満帆――に見えた。
だが、領を治める者は、好調な時ほど足元を警戒しなければならない。
その予感は、もっとも忌々しい形で的中した。
「……旦那様。ご報告しにくいことが」
ある朝、セバスチャンが渋い顔で執務室に入ってきた。
「王都から仕入れている『建築資材』と『鉄鉱石』の価格が、昨日の今日で三倍に跳ね上がりました」
「三倍だと?」
私は眉をひそめた。
需要増による多少の値上がりは想定内だが、三倍は異常だ。明らかに作為的なものを感じる。
「売り手は?」
「王都の大商会、『ゴルコンダ商会』です。彼らが周辺の商会にも手を回し、アインホルン領への卸値を一斉に吊り上げているようです」
ゴルコンダ商会。
王都に本店を構え、王国の物流の三割を牛耳ると言われる巨大商会だ。
私の領地が急速に力をつけ、独自の商圏を作り始めたことが面白くないのだろう。
これは典型的な「荷止め」による新人潰しだ。
「……野蛮ですね」
私は黒茶を一口啜り、溜息をついた。
「実力で勝てないからといって、政治力で握りつぶしに来るとは。……セバスチャン、ゴルコンダ商会の支店長を呼べ」
「はっ。……しかし、応じるでしょうか?」
「応じるさ。こちらには『契約』がある」
◇
数時間後。領主館の応接室に、恰幅の良い男が現れた。
ゴルコンダ商会の北部支店長、ボルドーだ。
彼は上質な絹の服に身を包み、入室するなり侮蔑的な視線を私に向けた。
「おやおや、アインホルン男爵。資材が高くてお困りですかな? 世の中、物価というのは変動するものですからなぁ」
ボルドーは悪びれもせず、下卑た笑みを浮かべた。
「ですが、ご安心を。我が商会の『傘下』に入り、魔石の販売権を全て譲っていただけるなら……特別価格で提供しても良いですぞ?」
やはりか。
目的は、アインホルン領のドル箱である「ダンジョン利権」の乗っ取りだ。
資材を人質に取り、経営権を奪う。古臭い手口だ。
「お断りします」
私は即答した。
「当領の資材調達に関しては、すでに貴商会と『長期供給契約』を結んでいるはずだ。一方的な値上げは契約違反ですよ」
「はっ! 契約書をよく読みたまえ!」
ボルドーは鼻で笑い、羊皮紙を叩いた。
「『急激な相場の変動があった場合、価格は見直すことができる』――そう書いてあるはずだ! 今は王都全体で資材が不足していてねぇ。値上げは正当な商いだよ!」
なるほど。
「相場の変動」を口実にすれば、どんな暴利も通るとでも思っているのか。
普通の貴族なら、ここで泣き寝入りするか、怒って剣を抜くところだろう。
だが、相手が悪かった。
「……相場の変動、ですか。それは奇妙ですね」
私は手元の資料――『周辺地域の価格調査書』を広げた。
「私の調査では、他の領地への卸値は変わっていない。値上がりしているのは、アインホルン領向けの荷だけだ。……これはどういうことかね?」
「そ、それは……輸送費の問題で……」
「さらに、だ」
私はもう一枚、別の羊皮紙を取り出した。
ボルドーの顔色が変わる。
「これは貴商会と、周辺の中小商会との間で交わされた『裏の協定書』の写しだ。私の手の者が苦労して押さえてきたよ。『アインホルン領への販売価格を統一せよ、従わなければ今後の取引を停止する』……随分と物騒なことを書いているな」
「なっ……貴様、どこでそれを!?」
「私の目と耳を甘く見るな」
私は冷ややかに笑い、彼に突きつけた。
「複数の商会が共謀し、不当に価格を操作して特定の相手を排除する。……これは、王国法における『商会組合法』違反だ」
この世界にも、商人の暴走を防ぐための法はある。
だが、多くの貴族は剣の腕ばかり磨き、法典など読まない。だから商人たちも法を軽視し、やりたい放題やっているのだ。
「ば、馬鹿な! たかが田舎貴族が、商いの法まで知っているだと!?」
「知っていますとも。……さて、ボルドー支店長。選択肢を与えよう」
私は契約用のペンを回した。
「一、このまま私が契約庁へ申立てを行う。文庫の原本と照合され、執行が入るぞ。商会組合法違反の罰則は重い。商いの停止処分に加えて、賠償金は被害額の十倍だ」
ボルドーの顔から血の気が引いていく。
巨大商会といえど、商いの停止になれば信用は地に落ちる。
「二、直ちに不当な値上げを撤回し、これまでの超過分を返金する。さらに『詫び金』として、今後の資材価格を市の相場の二割引きで固定する」
「に、二割引きだと!? そんなことをすれば赤字だ!」
「商いが止まるよりはマシだろう? ……さあ、選べ。今ここで決めろ」
私は懐中時計を取り出した。
カチ、カチ、と無機質な音が響く。
ボルドーは脂汗を垂らし、私と時計を交互に見た。
この場で判を押さずともいい。申立ての文面は、もう用意してある。
彼は商人だ。損得勘定ができないはずがない。
「……くっ、くそぉぉぉ!」
ボルドーは屈辱に顔を歪めながら、震える手で新しい契約書に署名した。
――契約成立。
「賢明な判断だ。これからも『適正価格』での取引を頼むよ」
◇
翌日。
アインホルン領の資材置き場には、通常の相場、いや二割引きで納入された鉄や木材が山のように積まれていた。
「すげぇ! やっぱり領主様だ!」
「これで工事が再開できるぞ!」
「あの大商会を黙らせるなんて、さすがだ……!」
現場監督や職人たちが歓声を上げている。
資材高騰で止まりかけていた建築現場は、再び活気を取り戻した。
私は執務室の窓からその光景を見下ろし、満足げに頷いた。
「……法と金は、使い方次第で剣よりも鋭い武器になる」
「お見事です、旦那様」
セバスチャンが新しい黒茶を淹れてくれる。
だが、これで終わりではない。
ゴルコンダ商会は、あくまで手先に過ぎない。彼らを裏で操り、私を潰そうとしているより強大な「黒幕」がいるはずだ。
「……風が、きな臭くなってきたな」
私は北の空――王都にある「教会」の方角を見つめた。
そこには、私の領地経営を根本から否定する、厄介な論理を持つ者たちがいる。
商い合戦の幕開けだ。
私は杯を置き、次なる戦いに備えて思考を研ぎ澄ませた。




