第12話 収支報告と慰労の宴。うちの領だけ「産出額」が異常です。
国庫院の監査官ベルンハルトとの「取り決め」から数日後。
アインホルン領の領主館・大広間は、かつてない熱気に包まれていた。
今日は、年に一度の「収支報告と慰労の宴」の日だ。
集まっているのは、領内の有力者や商人たちだけではない。
ダンジョンで働く元・冒険者たち、隣領から鞍替えした元・騎士たち、そして抽選で選ばれた一般の領民たちも招かれている。
テーブルには、領内で採れた新鮮な野菜、肉、そして隣領から買い上げた麦で作ったパンや菓子が、山のように積まれている。
酒も料理も振る舞い放題。
かつての「貧乏領地」を知る者にとっては、夢のような光景だった。
「静粛に」
壇上に立ったセバスチャンの声が響く。
ざわめきが波が引くように収まり、全員の視線が私――アルバート・フォン・アインホルンに集まった。
私はゆっくりとグラスを掲げた。
「諸君。まずは、この一年間の労働に感謝する。……今日は無礼講だと言いたいところだが、その前に一つだけ、君たちに見せたいものがある」
私は指を鳴らした。
背後の壁に、巨大な紙が張り出される。
そこには、何本もの「棒の図」が描かれていた。
「これは、王国における『領地ごとの総産出』の比較図だ」
会場からどよめきが起きた。
無理もない。
図には十数本の棒が並んでいるが、そのほとんどはどんぐりの背比べだ。
だが、一番右端にある「アインホルン領」の棒だけが、紙の天井を突き破らんばかりに突出していたからだ。
「……見ての通りだ。我が領の産出額は、王都を除く地方領地の中で、群を抜いて一位を記録した」
「い、一位……!? あのボークス領や、港町よりもですか!?」
「桁が違うぞ……! なんだこの数字は!」
商人たちが目を丸くして叫ぶ。
私は悪役らしく、口の端を吊り上げた。
「理由は単純だ。非効率なダンジョンを『生産場』に変え、無駄な戦を『領地買い取り』で終わらせ、国への上納を『談判』で適正化した。……そして何より」
私は会場を見渡した。
「君たちという『働き手』に、正当な対価を支払ったからだ」
私の経営哲学はシンプルだ。
金は、貯め込むものではなく回すもの。
領民に十分な給金を与えれば、彼らは市場で物を買う。商人が潤い、上納が増え、さらに領地へ金を回せる。
この「金貨の好循環」こそが、この異常な図の正体だ。
「アインホルン領は、今日をもって『貧困』からの脱却を宣言する。来期はさらなる普請を行う。道路を直し、学び舎を作り、施療院を建てる。……ついてきてくれるか?」
一瞬の静寂。
直後、大広間が揺れるほどの歓声が爆発した。
「おおおおおおっ!!」
「一生ついていきます! 領主様ぁぁぁ!」
「アインホルン様、万歳! 万歳!!」
男たちは拳を突き上げ、女たちは涙を拭っている。
かつて私を「悪徳貴族」と罵っていた彼らが、今は心からの敬意と熱狂を向けている。
(……悪くない)
私は歓声のシャワーを浴びながら、黒茶を含んだ。
これこそが、私が求めた「論理的勝利」の果実だ。
剣で奪った領土は反乱を生むが、金と法で富ませた領民は最強の支持基盤になる。
ふと、会場の隅に目を向けると、一人の青年が壁に寄りかかっていた。
元・勇者のルーカスだ。
彼は真新しい警備隊長の制服を着崩し、皿に山盛りの肉料理を抱えている。
「……よう、隊長殿。精が出るな」
私が近づくと、ルーカスは苦笑して肩をすくめた。
「よしてくれよ、雇い主。……しかし、すげぇ騒ぎだな。あんた、本当に貴族か? 貴族はみんな悪党だと思ってたよ」
「失礼な。私はいつだって、自分の利益しか考えていない冷徹な男だよ」
「へっ。……自分の利益のために、領民全員を腹一杯にする悪党なんて、聞いたことがねぇよ」
ルーカスは肉を口に放り込み、噛み締めるように言った。
「……俺は、ずっと腹が減ってた。勇者と呼ばれても、宿代に困り、装備の借金に追われ、泥水をすするような毎日だった。……それが『冒険』だと思ってた」
彼の脳裏には、かつての過酷な日々が浮かんでいるのだろう。
「世界を救え」という美名の下で強いられる、無償の奉仕と自己犠牲の日々が。
「でも、ここに来て初めて分かったんだ。……腹が満たされて、暖かいベッドで寝て、働いた分だけ認められる。それが、こんなにすげぇことだったなんてな」
ルーカスは私の目を見て、ニカっと笑った。
「悪くねぇよ、ここでの暮らしは。……恩を返し終わるまでは、俺の剣はあんたのために使ってやる」
「奇遇だな。私も、君という優秀な働き手を手放すつもりはないよ」
私は彼のグラスに、自分のグラスを軽く当てた。
チン、と澄んだ音が響く。
それは、主従の契約以上に強固な、「信頼」という名の新たな契約が結ばれた音だった。
大広間では、音楽隊の演奏が始まり、人々が踊り出している。
ボークス領から来た元・敵兵たちも、アインホルンの領民と肩を組んで笑い合っている。
誰もが満たされ、明日への希望に満ちている。
領地再生、完了。
勇者更生、完了。
私の「第1章」は、これ以上ない大団円で幕を閉じた。
「……さて」
私はグラスを飲み干し、窓の外、遠く王都の方角を見つめた。
領内の足場は固まった。
だが、私の「勢い」を良く思わない連中は、まだ山ほどいる。
特に、古い権益の塊である「大商会」や、腐敗した「教会」。彼らが指をくわえて見ているはずがない。
「セバスチャン。次の戦いの準備だ」
「はい、旦那様。……次は、どなたを『法』で裁きましょうか?」
セバスチャンが恭しく頭を下げる。
私は不敵に笑い、新たな羊皮紙――次の標的のリストを広げた。
「商い敵たちに教えてやろう。……本当の『商い合戦』というものをな」
悪役貴族の戦いは終わらない。
むしろ、ここからが本番だ。
私は夜空に輝く月を見上げ、次なる獲物に狙いを定めた。




