35. 新嘗祭 2
「ということは、実行者とやらの居場所を特定して、誘導できればいいんだな?」
未明は懐から形代を取り出し、自信に満ちた表情で呟いた。そして、真日流ちゃんが持っている包みへ腕を伸ばす。
「すでに標本は採取した。霊脈へ接続してこの霊力の残滓――すなわち情報経路をたどり、術者の追跡を試みる。どのみち、付近にはいるはずだろう」
えー……しれっと説明されたけども、未明以外の常人にとってはかなり難しい手段ということは間違いない。
私の隣で即座に未明の意図を理解したらしい真日流ちゃんが、いそいそと包みを手渡した。それを受け取った未明は、特に周りを警戒する素振りもなく、道の真ん中へと移動してしゃがみ込む。
その突飛な行動に私を含めた皆は困惑しながらも、彼を守るように取り囲んだ。未明は広げた包みの上に形代をかざし、わずかに残された霊力を写し取ろうと、慎重かつ丁寧に持ち手を揺らしている。
「少量ではあるが……まぁ、こんなところか」
真っ白だった形代が薄い青紫色に染まっているのは、狙いどおり霊力をまとった証拠だ。未明は真剣な顔つきのまま、土がつくのも気にせず地面に座った。
「ちょっ……おい、大丈夫かよ」
深夜とはいえ、ここは通路の真ん中。曉が焦りをにじませた声を上げ、東雲も心配そうにのぞき込む。
未明は外野の声などどこ吹く風といった様子で弁明もせず、ただ大きく深呼吸をした。そして、閉じた扇子の根でコツコツと小気味よく地面を叩いて呪文を囁いた。相変わらず、速すぎて何と言っているか聞き取れない。
少し間を置いて、扇子で突いた場所が水面のように光りうねりだす。よくよく目を凝らしてみると、そこには小さな渦――霊脈に続く穴がぽっかりと現れていた。
「こうしていとも簡単に霊脈への道を作れるほどの術者に追われるなんぞ、首謀者も実行者も予想できなかっただろうな」
静観していた東雲がしみじみと呟き、隣に並び立つ私も何度もうなずいた。
本気になった未明の追跡を振り切れるのは、師匠くらいしか思いつかない。あらためて、彼の近くを飛び回る豆千世の活動はお目こぼし、あるいは取るに足らないものだと無視されていたのかと再認識する。……おそろしや!
ネズミかモグラが通れるほどの大きさの渦に向かって、霊力をまとった形代がひとりでに入っていく。形代がするりと霊脈へ潜り視認できなくなると、未明は渦の上に扇子をかざした。まるで、氷上のワカサギ釣りのような構図だ。
未明は目を閉じて、霊力の探知に集中している。どの程度の時間を要するのかわからないけれど、しばらくは移動も戦闘もできない、とても無防備な状態に見えた。
彼の邪魔をしないよう注意を払いながら、私たちは周囲を警戒する。
張り詰めた空気感の中ではこれといった会話も生まれず、欠伸を噛みころす曉の声や、かじかむ手指に息を吐く真日流ちゃんの声がやけに耳についた。
うつらうつらと、まばたきが重くなってきた頃合いに。未明の一声で、ついに事態は進展した。
「――彼の者を、逃すな」
うわわわっ!? 不意に圧の強い声が聞こえてきて、私は肩を震わせて飛び上がった。……前にも似たようなことあったね?
立ち上がった未明が、扇子を胸元に抱えて高速で呪文をつむぐ。私がかろうじて聞き取れたのは、「急急如律令」という最後の決まり文句くらい。
てっきり形代が帰ってくるかと思いきや、足元の渦は徐々に縮小して閉じていき、あっという間に元の平坦な地面に戻った。
「いったい何が起きたのか……教えていただけますか」
真日流ちゃんが不安そうに未明の反応をうかがう。
「霊脈を通じて、証拠品とよく似た霊力を感知した。それから形代を用いて、実行者と思われる対象に簡易な呪術を仕掛けた」
こともなげに未明は語り、東雲と曉が驚嘆の声を上げる。いやぁ、こんなにすごい人と相弟子だなんて……いろいろと申し訳ない気分になっちゃう。
未明は衣服についた土を叩き落としてから、神妙な面持ちで夜空を仰いだ。私もつられて上を向くと、寒々しい黒い空に淡く光る白い星が点々と連なって見えた。
「一時的なものではあるが、隠形や身体能力の強化といった、自身に施す術を封じる呪いだよ。――この呪いを受けて、都で身を隠せなくなり焦った実行者は、次にどこへ向かうのか。その行き先は一つしかないようだ」
どうやら未明は星読みで先の展開を見通そうとしているのか、夜空から視線を外さずにとつとつと話す。その問いかけのような言葉に、険しい表情の東雲が答える。
「霊脈に接続しやすい、神聖な場である都の社寺は、新嘗祭ゆえにどこも人目があるので寄りつけないはず。であれば、もはや都を出て……『演習場』を目指す、か?」
続けて曉も得意げに腕を組み、これまでよりも明るい調子で喋り出す。
「人目を避けて急いでいるのは、俺たちも同じなんだがな。先んじて、都で騒ぎを起こす展開を阻止できたのは上出来だ。この調子で演習場に先回りして、不埒な巫女をとっ捕まえてやろうじゃないか」
威勢のいい曉の台詞に対して、私も同調するようにうなずいた。
「そうですね。急いで演習場へ向かいましょう!」
私が威勢よく答えると、なぜか四人の視線がいっせいに集まった。その視線からは私を心配するような憐れむような、そんな不穏な感情が透けて見える。
……あれ? 私、何か変なこと言っちゃいました?
「ええ、急ぎましょう。靜子様、覚悟はよろしいですね?」
真日流ちゃんはそう言って、私の手を持ち上げてぎゅっと握った。お互いに指先は冷えていても、ゆっくりと体温が伝わってくる。
いきなり、どうしたんだろう。戸惑いながら真日流ちゃんの様子をうかがうと、ずいぶんと真剣なうえに凄味のある表情をしていて、さすがの私も少し驚いてしまう。
わざわざ意思確認をしてきた理由はわからないけれど、状況的に急いで移動する必要があるということはわかりますとも。
私は真日流ちゃんにけおされながらも、無言で首肯してみせた。
「――はぁ、はぁ……すっ、すごい体験だっ……た」
私たち五人は、ものすごい勢いで演習場へたどり着いた。たどり着いた、のはいいとして……私だけは異様に疲れていた。全力で走って移動したわけでもないのに。豆千世にいたっては、私の袿のなかで縮こまっている。
なるほど、先の意思確認はこれを心配していたのね。丁寧に説明されたところで拒否はしなかったとは思うけど、身体の節々はまだこわばっている。
背中を丸くして浅い呼吸を繰り返す私に、真日流ちゃんがおずおずと話しかけてくる。
「学府の生徒であれば授業で必ず教わる術なので、嫌でも慣れてしまうのですが……最初の頃は、私も靜子様と同じ状態でした」
私たちは都を出てからこの演習場まで、高速で移動する術を用いて、滑るように地面を駆けてきたのだ。
前世の記憶で例えるならば、スキーかスケートか。その不安定な浮遊感に、最初から最後まで混乱しっぱなしだった。それでも、かろうじて悲鳴を上げなかったことだけは褒めてあげたい。……自分自身を!
「私が言い出したことに付き合わせているんです。真日流ちゃんも、あまり気を遣わないでください」
元より私以外はハイスペックな集団なのだから、こういう事態も予想はしていた。せめて足手まといだと捨て置かれない程度に、心持ちは強くありたい。
減退気味だった気力をどうにか振り絞って口角を上げ、私は真日流ちゃんの手を離した。若干、膝が笑っているのは内緒だよ。




