36. 新嘗祭 3
「しかし、ここは広いな。また二手に分かれて待機するか?」
東雲は辺りを見回し、抑えた声量で問いかける。私は顎に手を当てて考え込んだ。
演習場は広大なだけでなく、都よりも外灯が少ないのでどこもかしこも薄暗い。着いて早々、皆は慣れた手つきで鬼灯石を加工した照明道具を手にしたり、腰に下げたりしている。
暗がりで明かりをともすなんて、こちらの居場所を知らせるようなものでは? そもそも、実行者こと巫女からは、既に警戒されているのでは?
あれやこれやと対策を考えてみても、浮かんでくるのは不安ばかり。気を揉んでいる私の隣で、未明が何食わぬ顔で言い放つ。
「何もせずとも巫女は必ずここに来る。それに、だいたいの位置であれば把握、追跡できる。今さら二手に分かれる意味もあまりないな」
形代を使った調査と星読みの成果なのだろう、自信たっぷりな口振りだ。他でもない、未明が言うのならば間違いない。
とはいえ、周りが有能ぞろいだからといって、彼らに任せきりになるのもいけない。なにより、ここで最善を尽くさないと、私を信じて背中を押してくれた師匠に顔向けできない……気がする。
周囲の反応をうかがっていると、真日流ちゃんと目が合って微笑みかけられた。おかげで少しだけ緊張が緩む。私は意を決して口を開いた。
「では、どこにいてもすぐに駆けつけられるように、罠を仕掛けておきましょう」
冷たい微風が頬を撫でる。私たちは一カ所に集まって暖を取りながら、そのときを待ち構えていた。
不意に、地面にしゃがんで沈黙していた真日流ちゃんの近くで、リンと可愛らしく鈴の音が響いた。それを合図に皆が弾けるように顔を上げて、身支度を整えはじめる。
「なんだ、意外に早かったな」
ついに訪れた敵との邂逅に高揚しているのか、曉の口調は明るい。それをたしなめるように、東雲が曉の横を通りながらその大きな背中を小突いた。
「気を引き締めていくぞ」
体感にして数十分前のこと。私の提案により演習場の入り口という入り口に、侵入者検知かつ拘束の罠を設置した。
この短時間に高性能な術を組み立てるのは、並大抵のことではないけれど、そこは皆の力を合わせれば軽くクリアできたので問題なし。
そして、真日流ちゃんが腰に吊していた小ぶりな鈴は、同質の霊力に反応して音が鳴る特殊なもの。離れた場所にいても罠の発動に連動して音が鳴るよう、事前に調整しておいたのだ。
つまり、例の巫女が演習場へと足を踏み入れ、こちらの狙いどおり罠によって拘束されたということ。巫女の位置をおおまかに把握できる未明が言及してこないところを見るに、誤作動ではないと思う。
その未明を先頭にして、私たちは現場に急行した。またしても私は真日流ちゃんに手を繋がれ、不安定すぎる高速移動を耐え抜いた。……ちょっと慣れてきてる?
到着するやいなや、皆は素早く武器を構えて巫女と対面する。誰もが息をのむなか、真日流ちゃんがためらいがちに呟いた。
「彼女が……?」
蜘蛛の糸に似た、霊力を帯びて白く光る線が四方から集まって、一人の女性を捕らえていた。磔刑を彷彿とさせる体勢で、両足は少しだけ宙に浮いている。片手には背丈を越えるほど長い木の杖を握りしめたままだ。
瞬時に私の頭のなかで菊花の宴での記憶が駆けめぐった。――そう、彼女こそ遊行の巫女だ。
こちらに気づいた巫女が、ゆっくりと顔を上げて微笑んだ。それは仄明るい光に照らされて、不敵というよりも不気味に見えた。
「ハッ……どんな名うての術師が追って来たのかと思ったら、こんな子供とはねぇ。とんだ拍子抜けだよ」
年若い見た目に反して、威圧感のある声だった。
真日流ちゃんがずいと身を乗り出して、今にも攻撃を仕掛けそうな未明を片手で制した。そして、巫女に向かって叫ぶ。
「どうか、ここで退いてくれませんか。貴方たちの企みは、もう破綻しているのです」
それを聞いた巫女はふたたび笑った。今度は微笑みではなく、ケタケタと高笑いで。
「あぁ、おかしい。自分のほうが優位だと思うたか? 私はただ、『使いどき』を見計らっていただけだ」
そう言うと巫女はうつむき、低く唸った。拘束された状態で、彼女が何をしているのか。誰よりも先に事態に感づいた真日流ちゃんが、ヒッと短い声を上げた。
巫女は自身の唇を強く噛んだようで、青白い顎に赤黒い血が伝っていく。相当の痛みがあったはずなのに、顔を上げた巫女は笑っていた。
その目はまさしく、狂気に染まっていた。思わず身震いしていると、すぐ隣で形代が目にも留まらぬ速さで飛んでいった。この容赦ない攻撃は――未明によるものだ。
しかし、形代は巫女に当たる前に失速してしまった。まるで見えない壁に衝突したかのように、はらはらと地に落ちていく。
「今すぐ離れろ! こいつ……呪詛と穢れを吸い寄せているぞ!」
珍しく焦った声色で未明が叫んだ。それに続いて、曉が「はぁ!?」と素っ頓狂な声を出した。
「それを一身に受けて……自殺でもする気か!?」
「いや、自爆だろう。吸い寄せた呪詛を周囲に跳ね返して、無理やりに拘束を解くつもりか」
未明は瞬時に巫女の狙いを看破した。にわかには信じられないけれど……言うなれば、セルフ呪詛返し!?
目を凝らして見ると、禍々しい黒い靄が巫女を取り囲んでいる。闇夜に紛れて集まってきたのか、それとも彼女自身から発生しているのか、もはや見分けがつかない。
跳ね返すといっても、呪いは呪い。そんな異常な使い方をすれば、術者もただでは済まない。
東雲は巫女から距離を取りながらも視線は外さない。怪訝そうに眉をひそめ、しみじみと呟く。
「そんな荒業を扱えるほどの術者だとは思えなかったが……」
その鋭い指摘に、私はハッとした。彼女こそ師匠が言っていた「凡庸な術者」で、誰かから「分不相応な技」を授かった存在なのかと、頭のなかで点と点が繋がる。
「結界を張ります! 皆さん、防御態勢を取ってください」
緊迫した状況であっても、真日流ちゃんの神楽鈴は爽やかに響き渡る。さすがに今は、浄化の力を使う時間も余裕も足りない。ここは真日流ちゃんの指示に従って、結界のなかでやり過ごそう。
それからすぐに、絹を裂くような甲高い悲鳴が聞こえてきた。驚いて声の主であろう巫女に視線を向けようとするも、急に地面が揺れた感覚がしてふらついてしまった。
常軌を逸した汚染攻撃の波が、周囲に押し寄せる。その猛攻を受けて、結界がビリビリと揺らいでいるのだ。
「大丈夫……耐えられます!」
勇ましい宣言どおり、真日流ちゃんは懸命に結界を展開して、私も持っていた護符を駆使して、どうにか攻撃をしのいだ。
大きな揺れは一度だけで、次第に攻撃は弱まっていった。
ただし、ここまでしても完璧に呪詛と穢れの付着を防げたわけではなかった。懸守による守護の力が消費されて、ずいぶんと軽くなっている。
私は胸元に隠れて震えている豆千世を、ギュッと抱きしめた。
気丈に振る舞っていた真日流ちゃんが、深呼吸をした際に力まで抜けたのか、ぐにゃりと姿勢を崩した。私は咄嗟にその華奢な肩を支える。
「ご無事ですか!?」
そのまま近くを見渡して他の面々の状況を確認すると、東雲と曉は地面にしゃがみ込み、未明は額を押さえてうつむいていた。
いくらハイスペックとはいえ、彼らは無敵ではないし、いつもよりコンディションは不良。連日のように地湧き処理に駆り出され、疲労が積み重なっているところに、寒さで体力を奪われているのだから。
やや離れたところで、演習場の奥地へと走っていく巫女の後ろ姿が見えた。暗がりで視認できないだけで、彼女だって傷を負っているはずなのに……すさまじい執念だ。
「巫女が向かう先は、霊脈に接続しやすい、開けた場所のはず……」
私は彼らに無茶なことを強いている。だけど、それ以上に彼らのことを信用している。最後は必ず、ハッピーエンドを掴み取ってくれる、と。
「まだ終わりではありません。もう一度立ち上がって、次こそ決着をつけましょう!」
そのためには、私が彼らを導こう。こんな重い雰囲気だからこそ、不慣れな術を使って暖を取り、説得力はなくとも励ましの言葉を尽くした。
「君に言われなくとも、わかっている」
「……ふん。今さら引き返すような奴、こんなところにいるわけねぇだろ」
「どのみち、あの巫女を野放しにはしておけないからな」
未明と曉はぶっきらぼうに、東雲は努めて冷静な感想を述べながら、次の行動に向けて態勢を整えていく。
各自の体調はともかく、見据える先は変わっていない。こっそり安堵の溜息をついていると、真日流ちゃんが深呼吸をして力強く言った。
「ここが踏ん張りどき……ですよね、靜子様!」
私はその言葉に大きくうなずいた。
【ペース落ちてますが…次話執筆中…】




