34. 新嘗祭 1
「初めて目にする術ではあるが……これが、本当に『天命を正す力』なのか?」
「思っていたよりも静かな、それでいて不思議な術ですね」
私の手元、広げた絵巻を後ろからのぞき込む未明と真日流ちゃんが、思い思いの感想を口にする。未明は不信感を隠さずに、真日流ちゃんは私に気を使ってか柔らかな言葉を選んでいるようだ。
こんなふうに式神を使った推し活こと記録活動、その過程を披露する日が来るとは夢にも思わなかった。緊張を通り越して、恥ずかしいやら情けないやら。
私はへにゃへにゃと締まりのない笑みを浮かべながら、絵巻に焼き付いた画像――一枚の木簡を見つめる。私の頭上では、豆千世が得意げに鳴いた。
やって来た場所は、学府付近にあるご神木のうちの一つ。ご神木は都のシンボルかつ結界の要で、一帯は柵で囲われているものの、住民たちの憩いの場として開放されている。
暗く冷ややかな空気が漂う敷地内の隅、柵の近くへ未明が進み出て、持っていた扇子をクイと動かす。すると、先ほど撮影した被写体である木簡が、音もなく浮かび上がった。いつからそこに置かれていたのか、真新しいものには見えない。
宙に浮かんだ木簡を観察する未明の吐息が白い。すっかり日は落ちて、気温も下がっている。道なりに外灯はあれど、それでもさすがに薄暗い。時折、私が身震いをするたびに真日流ちゃんが心配してくれる。その真日流ちゃんも、たまに眠気に襲われているようで目元をこすっている。
学府には外泊申請を出したとは言っていたけれど、この忙しい状況でちゃんと許可が下りているかはわからないそうな。……いろいろと心配になってきたよ。
「ただの古ぼけた木簡に見えるが、見慣れない術式が書き込まれているな。とはいえ、これ自体に強い霊力が封じられているわけでもなし。不審物と呼ぶには、周囲への影響力が少なすぎる……逆に、それが狙いか?」
未明による考察を聞いて、私は師匠の言葉を思い出した。たしか、「凡庸な術者に分不相応な技を授けた存在」がいるらしく、師匠はそれを追っている……らしい。
原作ゲームでも、その点については深掘りされていなかった気がする。もしかしたら次作への布石とか、そういう類いの情報だったのかも? 何はともあれ、今の私には確かめようのないことだけど。
このときのために新調した絵巻に記録されるのは、めくるめく美麗スチルではなく、敵勢力が撒いたであろう地味な証拠品。これには一抹の寂しさを感じながらも、記録という行為そのものに意味があるのだと、自分を奮い立たせるしかない。
私が肩を丸めて絵巻を見つめていると、後方から曉と東雲の声が聞こえてきた。周辺の見回りから戻ってきたようだ。
「出てくる妖異は雑魚ばかりだが、地湧きそのものが多いな」
「あまり時間をかけて、誰かに感づかれても面倒だ。分析は後にして、次の地点に向かうべきだろう」
二人とも、手慣れた様子で武器をしまった。ほぼほぼ戦闘能力のない私からすれば、彼らは勇ましく光り輝いて見える。ありがてぇ……!
「どのみち、妨害に気づいた敵勢力ともやり合うことになるかもな」
「早いところ犯人自ら姿を晒してくれたほうが、こちらとしては楽なんだがな。はたして、この人数で組織犯罪にどこまで抵抗できるか……油断は禁物だぞ」
曉と東雲の報告に耳を傾けつつ、私は絵巻と筆を小脇に抱えた。次なる証拠品を捜すために、再び夜道の移動を始めなければ。それもなるべく静かに、すみやかに。
皆して目を引く容姿なので隠形術を施してはいるけれど、大きな音を立てたり派手な動きをすれば術の力でも隠しきれない。しかも、東雲は立場上、お偉方に捜索されている可能性もある。
今日は徹夜になるだろう。かじかむ両手に吐息を当てて、こすり合わせた。首から下げた懸守はあくまで守護の道具であり、残念ながら防寒機能はない。真日流ちゃんたちも襟巻きや外套を身につけてはいるが、冷えと眠気がじわじわと体力を奪っていくのは間違いない。
せっかく揃った豪華メンバーだけど、和やかに遊んでいる暇はなさそうだ。記念写真を撮りまくりたい気持ちをぐっとこらえて、別のご神木のもとへと歩き出そう。
「――それで、こうして集めたお札やら木簡やらは……どうしましょう」
寝静まる夜の都を四人で練り歩き、絶妙に怪しい道具を見つけ出しては撮影して……という単調な工程を繰り返した結果。さすがは少数精鋭と言うべきか、結構な数の札や木簡が集まった。まさか、街中にこんなに配置されているとはね。
収集した証拠品を抱えた真日流ちゃんが、困ったように私を見つめてくる。
「どうしましょうって……君の力で浄化したほうがいいんじゃないか」
見かねた東雲がそう答えると、真日流ちゃんは肩をすくめた。
「いえ、これらに呪の気配はありませんよ。かすかに霊力の残滓がある程度で、まるで抜け殻のようですね」
大抵は人目につかない物陰や木の枝にくくりつけられ、野ざらしだったせいでかなり劣化しているものもあった。真日流ちゃんはそれらを薄手の布の上に置いて、手際よく包んだ。
「どれも過去に境界の歪みが観測された場所の近くだったな。霊脈から吸い上げた霊力の結節点に使われたのか……? 原理はともかく、これらが霊脈を乱して悪影響を及ぼしていた、という可能性は高い」
「うーん。そうは言われても、ゴミ拾いをさせられているような感覚で、いまいち手応えがねぇんだよな。ここまで来て、犯人らしき奴を目撃していないのも妙だしな」
未明は木簡が吊されていた植木をいぶかしげに見つめた。一方、曉はきょろきょろと周囲を見渡している。もちろん、通行人などは一人も見当たらない。
不意にこみ上げてくる眠気を振り払おうと、私は大きく深呼吸した。
「敵の狙いは都の混乱、つまり新嘗祭の中止です。首謀者は上級の官人で、共謀かつ実行者は……遊行の巫女、と私は予想しています」
「やけに具体的な犯人像だな。その巫女を見つけ出してふん縛って、計画の邪魔をしろってことか」
「まぁ、そうなれば一番いいんでしょうけど……」
曉の率直すぎる物言いに、私は苦笑しながらもうなずく。理解が早くて助かります。
原作ゲームの終盤、大禍刻が発生するのは深夜、禎連京の大路だった。主要キャラクターたちが真日流ちゃんのもとへと駆けつけて、切った張ったの大立ち回りを繰り広げるのだ。
黒幕についてや事件発生までの経緯は、後日談として軽く触れられる程度で、最後は乙女ゲームらしく真日流ちゃんとそのお相手に関するやり取りが主として続いていく。
実際問題としては、星祭りのときのような市中での激しい戦闘行為は避けたい。そのために、こうして暗躍しているのだけど……曉の言うとおり、達成感は少ない。




