29. 武芸大会 4
さてと。ようやく気分が上向いてきたところで、今後の活動のためにも、師匠と情報のすり合わせをしておこう。
私は少し浮き立った調子で師匠に話しかける。
「すでに師匠は、都で暗躍する貴族や術師たち――大禍刻にまつわる謀略を把握しているのですよね。であれば、未然に計画を防ぐことも可能ではありませんか?」
「うむ、そうしたいのは山々なんだがなぁ。我が追っているのは、その貴族たちをそそのかして、凡庸な術者に分不相応な技を授けた存在……世界の深奥に潜む、真なる悪意よ」
え、えぇー……いきなり話のスケールが大きくなったね? 私の守備範囲は原作ゲーム本編までなんだけど……都の危機でも手一杯なのに、さすがに世界の危機まではカバーできる気がしない。
この流れはいろいろと想定外。私は動揺のあまり前のめりになって、最も気になっていた質問を語気を強めて投げかける。
「ということは、来たる大禍刻……師匠のご助力は得られないのですか?」
「そうだ。大禍刻の対処は靜に任せる。我よりもそなたが適任だ。比類なき転写魂術を引っ提げて、例の記録対象たちに声をかけるがよい」
「えええぇ!?」
ここに来て、明確に距離を置かれてしまった。「師匠なら助けてくれるかも」という、私の甘い考えを見抜かれていたのかもしれない。
前回の勢力を超えるであろう大禍刻を、師匠の手助けなしで戦えるだろうか。しばらく返事に迷っていると、師匠は苦笑しておどけてみせた。
「なぁに、心配せずとも万事うまくいく。姿は見えずとも、我もそなたとともに戦っているのだから」
神出鬼没な大陰陽師が、わざわざ私を探し出して言葉を交わし、しかもこうして励ましてくれるなんて。それがどんなに貴重なことか。私は「はい」と震える声で、こみ上げる弱気を振り払った。
そうだ。師匠は私を信頼してくれているのだ。私だってその期待に応えたいし、真日流ちゃんたちのことも助けたい。
私は世界を改変しようだなんて思わない。でも、異常な悪意を見過ごせるほど、世界に対して無関心ではない。
「豆千世よ。いざというときは、お前が靜を守ってやるのだぞ」
そう言って、師匠は豆千世を強めに撫でた。その拍子に絵巻の映像がガクガクと左右に揺れて、豆千世が「チュリチュリ」と苦しそうに鳴いた。どうやら、豆千世のスピーカー機能は終了したらしい。
「では、この絵巻と筆は返却せねばな……」
師匠が手際よく絵巻と筆を布の包みの中へと戻し、それを持ち上げた瞬間、「ご主人!」という威勢のいい声と羽音が聞こえてきた。主の言動を目ざとく察知した博参が、焦った様子で飛んでくる。
博参は師匠から素早く包みを奪い取ると、鳥類らしからぬ不気味な笑みを作った。今のはかなり粗暴な言動に見えたのに、実弥間の小言はないようだ。
「この包みをお姫様の屋敷に返すんだよな? なら、俺が行くからご主人はここで休んでてくれ。……大丈夫、この豆千世とやらを追えば、たどり着けるだろうよ」
博参の唐突な提案に、豆千世は震え上がった。師匠は一瞬だけ目を丸くするも、「そこまで言うのなら、頼むとするか」とあっさり承認した。
小型で軽量が売りの豆千世には、実のところ「自分より重い物を運ぶ」ということは困難だった。その点ではありがたい申し出であるものの、当の豆千世にとっては恐怖で気が気でない、といった様子だ。
「博参は怖くなーい……怖くなーいよー?」
そわそわと落ち着かない豆千世をなだめようとして、下手な猫なで声で話しかける。
案の定、特に効果はなかった。ごめんて。
私の帰還命令に従って、豆千世がいつもより荒っぽく羽をバタつかせて飛び上がると、少し時間を置いてから包みを掴んだ博参も飛び立った。
豆千世は一心不乱に飛んでいるので、後方につけている博参の姿は絵巻では視認できない。帰還命令を出したあとは、絵巻から視線を外して一息ついていることが多いんだけど……今回は目を離さないでおこう。
二羽は順調に屋敷に近づいてくる。……そういえば、厳重すぎる私の部屋に、よその式神が侵入できるのかな? そのとき、博参も私と同じことに気づいたようで、「キィー」という甲高い鳴き声が屋敷の上空で響いた。
「――そぉら! 受け取れ、豆千世!」
ついに振り返った豆千世に向かって、布の包みが襲い来る。博参が掴んでいた包みを放り投げたのだ。
豆千世は小さな両脚でどうにか包みを掴んで必死に羽ばたくも、徐々に高度が落ちていく。
私は絵巻を放って庭へと飛び出し、空を見上げる。……見えた! あの小さな包みが、豆千世だ!
頭上で豆千世がフラフラするたびに、庭で両手を突き出している私もフラフラする。お願いだから、無事に着地して~!
私の願いが天に通じたのか、豆千世が頑張ったおかげか、やっとのことで墜落しかけていた豆千世を捕まえた。安堵のあまり長い溜息をついて、私は包みごと豆千世を抱きしめた。
「豆千世も絵巻も、無事に戻ってきてくれてよかった……!」
博参は怖くないし、いい性格をしていると思うけど……ちょっとガサツだよねぇ!
内心で悪態をついて、はたと気づいた。私は咄嗟に裸足のまま庭に出ていたのだ。足の裏、ズタズタになったかも。あと、この状況を八重に見つかったらマズい。
今さらになって慎重に足元を確認しながら、私はすごすごと自室に引き返すのであった。




