28. 武芸大会 3
状況が整ったおかげか、少しくつろいだ様子の師匠が、「では」と言って話を切り出す。
「式神を誘拐するようなまねをしてすまなかった。積もる話はあるだろうが……何から話すべきか」
「――あの、師匠。私から先に質問をしてもいいですか?」
不意打ちのような私の提案にも師匠は小さくうなずき、穏やかに続きを促す。
「先ほどまで、演習場で『武芸大会』が開催されていたことを知っていますか?」
「もちろん。妖異が出現したことも含めて、一部始終は見ていたとも」
事もなげに言葉を返す師匠に、私は思わず声を張り上げた。
「あ……あの状況を見ていたのなら、なぜ!」
「妖異を退けなかったのか。巫女姿の少女を助けなかったのか。……つまりは、そう言いたいのだな」
そのとおり。原作ゲームでは与須殻も登場するイベントだったのだから、そこまでわかっていたのなら華麗に撃退してくれてもよかったのに。そうすべきだったのに。
私は憤りで震える手を鎮めようと、文机に向かって筆ごと強く押しつけた。その投げやりな音が向こうまで伝わったのか、師匠は億劫そうに錫色の前髪をかき上げた。
「なるほど。そなたは慎重な性格だと思っていたが……それでもムキになることもある、というわけか」
そこまで言って、師匠が空を仰いだ。失望なのか安堵なのか……その表情や声色から、感情を読み解くことはできない。
私には師匠を責める資格はないし、これはただの八つ当たりだ。頭ではわかっていても、行き場のない無力感が空回りを引き起こす。
「我は彼らのために行動しているわけではない。ゆえに、彼らを助けるのは我ではなく……それを心から望む、そなたの役目だ」
金色の双眸が私の不安定な心中を射抜く。私は言葉に詰まり、肩を落として俯きがちに呟いた。
「私の役目、ですか……」
「そうとも。誰よりも彼らを想う、靜にしか務まらぬ役目だ」
師匠はどこか嬉しそうな調子で言ってのける。そんな無茶なと、私が反論しそうになったところで、師匠が持っていた筆で絵巻を小気味よく叩いた。
「落ち込むのはあとにしてくれ。次は預かっていたこの絵巻――そなたが持つ力について、話をしようじゃないか」
そう言って、師匠はなぜか得意げに口角を上げた。
「……絵巻? 私はそれが手元にないと、本格的な記録ができないんです。今は急ごしらえの予備を使って豆千世を動かしてますけど、なるべく早く返してほしいです」
溜息まじりにぼやく私を、師匠がけらけらと笑い飛ばす。
「いろいろと試してみたが、我にはこの絵巻を使ってもそなたのような『記録』はできなかった」
「まさか、師匠にできないことがあるなんて……驚きです」
てっきり、私の絵巻を使ってあれやこれやと撮影しているのかと思っていた。師匠がどんなものを記録するのか、ちょっとだけ興味があったのにな。
私のために言葉を選んでいるのか、師匠は少し考え込んでから言葉を続ける。
「絵巻に事象を固定する――それが、そなたの能力ということだ」
まっすぐに私のほうを見つめて、師匠が言い放った。それが何を意味しているのかわからず、私はまばたきを繰り返した。
たしかに、スチル撮影が絵巻に依るものではないとすると……私自身に起因することになる。
当然のことながら、自覚はまったくない。事象を固定? そんな考え方、思いつきもしなかった。
「我はこの能力に、『転写魂術』という名前を付けた。絵巻の画像を解析するに、式神を通して見た光景を事象として写し取って固定……言うなれば、天命を確定させているようだ」
「えっと、天命を……何ですって?」
間抜けな合いの手を入れることしかできず、自分が恥ずかしくなってくる。師匠はそれを笑うでもなく、柔和な表情でうなずいた。
「そなたは意識したこともないだろうがな。しかも、この未知なる能力がいかに重要なものか……それもわかっていないだろう?」
「それはまぁ……はい。私としては、ただ式神を飛ばして好きに記録していただけですから。なんなら、バレたら白い目で見られる行為だと思っていました」
私の無遠慮な物言いにも、師匠は気にする素振りを見せない。むしろ嬉しそうだ。
もしかして、木霊の文でのやり取りもこんな感じで読んでいたのかな。
「我も初めて知った能力だ。まだ調査途中だが、この力は五行のどれにも属さない、唯一無二のものだぞ」
「……いまいち、すごさがわかりません。この転写魂術とやらで、並み居る妖異をバッタバッタとなぎ倒せるわけでもないでしょうし」
「ははぁ、靜は妖異を討ち取りたかったのか。それはなぜだ?」
穏やかな態度で接してくれる師匠のおかげか、私もついつい素が出てきてしまう。少しずつ心の内を打ち明けているようで、本当は照れくさいのだけど……師匠相手に隠し事はできない気がする。
「師匠はもうご存じかもしれませんが、都では危険な企みが張り巡らされています。私は推し……記録活動をしているなかで、その一端を目にしてしまったのです。彼らは『天命を操る』と言って、再び大禍刻を発生させようとしています」
「それに対抗するために、妖異を討つ力が欲しい、とな」
「はい。妖異を討つ力を得て、記録対象――天照学府に通う彼らを助けたいのです」
本音で語ろうとすると、体に力が入ってしまう。ついでに目頭も熱くなってきた。
私は彼らを助けたい。しかし悲しいかな、私には彼らと並び立つほどの力がないことも理解している。
感傷的になっている私とは打って変わって、師匠はのんびりと顎をさすり、悪巧みでもしているのかのように不敵に笑った。
「残念ながら、転写魂術は対象を破壊する力でも、癒やす力でもない。しかし、天命を操るなどとのたまう輩には、抜群の効き目があるはずだ。そも、奴らの実力では、境界の歪みを無理やりに引き起こしているにすぎない。それを天命とは……大言壮語だな」
「ど、どういうことでしょう。転写魂術は、役に立つんですか?」
さすがは師匠というべきか。その口ぶりから察するに、敵勢力については調べがついているようだ。
師匠は手にした筆をくるくるともてあそびながら、わざとらしく肩をすくめた。
「天命を確定する、と言っただろう。つまり、奴らの野望――境界の歪みを解消し、天命を正常な状態へと導く術だ。人の役に立つというよりかは、世界の理に影響を及ぼす、おそろしく画期的な能力だ」
「なんとまぁ、私にそんな力があったんですね……」
「たとえ妖異は討てずとも、使いようを知れば武器になる。うまく立ち回るのだぞ、靜」
師匠らしい含蓄に富んだ語り口が、優しく心に染みる。転写魂術について、すべてを理解できたわけではないけど、師匠のお墨付きであれば、自然と受け入れられる。
照れる私の締まりのない笑みが、映像として向こうに伝わらなくて助かった。……ふへへ。




