27. 武芸大会 2
「――――」
放心、無言。豆千世から送られてくる現場の喧騒も、今の私には届かない。
何もかも受け入れがたい。私は絵巻と筆を床に放り投げて、背を向けた。
間違いなく、真日流ちゃんは『恋かし』の主人公だ。彼女だけは、神聖にして不可侵な存在。私がそんなふうに思い込んでいたのは、原作ゲーム知識があるからこそ。それこそが武器だと信じて疑わなかった。
しかし、それが今やどうだ。原作ゲームが形無しの展開が続き、敵勢力は想定以上の力を振りかざし、攻略キャラでも手出し困難な状況に陥っている。
「どうして、こんなことに……」
かろうじて口から出たのは、そんなむなしい言葉。湧き上がってくるのは、とりとめのない自己嫌悪。
「もしかして、私の行動が『恋かし』を変えてしまった?」
さすがにそれは考えすぎだという気持ちと、そうとしか考えられないという気持ちが、半分ずつ心の中に同居している。仮に私の行動が影響していたとして、それはいつの、どの行為だったのか。自分では見当もつかない。
そもそも、意図せず展開を変えてしまうだなんて、原作至上主義なオタクにとっては不本意な大失態だ。
それを抜きにしても、これまで見守ってきた彼らが倒れて、都に邪悪がはびこるバッドエンドは、現実として絶対に容認できない。
「本当に、私にはどうすることもできないのかな……」
今回に限っては原作ゲーム知識がなくとも、先日の情報を深く読み解けば「妖異が真日流ちゃんを狙う可能性がある」と事前に察知できたかもしれないのに。ただただ、不甲斐ない。
私が負の感情に飲まれかけていたところで、「チュリチュリ」と豆千世の不安げな鳴き声が聞こえてきた。
……いけない、豆千世を放置していた。
仕方なく絵巻をのぞき込むと、画面が大きく揺れだした。
ん? なんで? このタイミングで豆千世まで、何が起きたっていうの!?
豆千世の鳴き声は、次第に激しい調子へと変わっていく。何かに抵抗しているような、そんな雰囲気が伝わってくる。
映像はがくがくと揺れながらも演習場を今も捉えているようで、周辺の撤去作業をしている人々が見えた。
「――捕獲完了っと。……待て待て、暴れるな! あとでちゃんと説明するっての」
どこからともなく、聞き覚えがあるようでないような声がする。その声量と羽音から察するに、声の主は豆千世のすぐ近くにいる。おそらく、暴れる豆千世を上からむんずと掴み……飛び去ろうとしている。
「しゃべって掴んで飛べる、鳥っぽい何かは……博参? ってことは、師匠の差し金?」
私はすぐさま筆を拾い上げ、豆千世に霊力を送る。それは合図代わりの微量な霊力だったけれど、豆千世はすぐに意味を理解したようで、ぴたりと抵抗を止めた。
「……おっと。なんだ、急に静かになったのはお姫様の命令か? お互い難儀なもんだな。……そんじゃ、さっさとずらかるぞ」
博参はそう言ってから、羽を広げて飛び上がった。びゅうびゅうと風を切る音が、豆千世マイクを介して伝わってくる。
豆千世を掴んでいても大した重りにはならないのか、徐々に加速しながら移動していく。あっという間に演習場から遠ざかっていくも、いまだに行き先はわからない。
傍目には「捕食者とその餌」に見えていることだろう。豆千世……ごめんよ~!
――数分後。どこぞの山奥にでも連れて行かれるのかと、心に不安の影が差し掛かってきた頃、ようやく博参が降下しはじめた。そして、これといった声掛けもなく博参が豆千世を離す。
ついに拘束から解放された豆千世は、すっかりしぼんでいた羽を伸ばした。そうして人心地がついてから、ゆっくりと周囲を観察してもらおう。
まず真っ先に視界に入ってきたのは、ぼうぼうに伸びた雑草。その奥には割れた木材が転がっている。
なんだか、ずいぶんと寂れたところだけど、ここは都の外にある……廃屋?
「ただいま戻りましたよー。この式神、かなりの隠密機能を積まれているらしくて、見つけ出すのはちと骨が折れたぞ?」
おどけた調子で博参が話しかける相手は他でもない、師匠だ。倒壊した家屋、その柱の後ろからぬっと顔を出した師匠は、豆千世を捉えて微笑んだ。
ぐっ……今回は普通に素顔を晒しているので、絵巻越しでもオーラがまぶしい……気がする!
「ははっ、なんといっても我が授けた技だからな。そう簡単に見つかっては困る」
「だからって俺まで困らせてどうする。……はぁー、疲れた」
師匠はささくれだった木材――おそらくは縁側だった場所に腰掛けた。その隣で博参は手招きするように羽をひらひらと上下させて、豆千世を近くに呼び寄せる。おそろしい面々の横に並ばせられて、豆千世は居心地が悪そうだ。
もぞもぞと豆千世が身じろいでいると、「博参」と不機嫌そうな低い声がした。今の声は師匠……ではなく、もう一体の式神である実弥間が発したものだろう。
「その不真面目な態度は見過ごせんな。式神として、あるまじき対応だ」
「おいおい……ただでさえ疲れているうえに、お前の対応までしないといけないのかよ」
命令もなしに師匠の影が動き出し、そこから実弥間が姿を現す。実弥間はうなりながら、博参をにらんだ。反射的に豆千世が震えているけれど、たぶん標的にはならないと思うから落ち着いてほしい。
師匠が気だるげに手を振り払ったので、二体は少し離れた場所でぎゃあぎゃあと暴言の応酬を続けている。……止めなくていいの?
「たしか集音機能もあると言っていたな。どうだ、我の声はしかと聞こえているか」
師匠は自身の式神たちを放置したまま、隣で小さくなっている豆千世に向き直り、その背後にいる私へと語りかける。豆千世は私の反応を待たずに、代理で返事をしてくれた。その様子を見た師匠は、顎をさすって考え込んでしまった。
「ふーむ、お前は人間の言の葉を操れないのか。ならば……これを使わせてもらおう」
師匠は近くに置いてあった布の包みを手にして、素早く中身を取り出す。……あれ? それって、私の絵巻じゃないの?
私が混乱している間にも、師匠はあれやこれやと術を使って小さな木材を集め、器用に書見台のようなものを作っていた。そこに私が貸していた巻物を立てかけて、最後の仕上げとばかりに豆千世を招いた。
「しばし、お前の体を借りるぞ。お前の主――靜の言の葉を伝えておくれ」
広げた絵巻に豆千世を乗せて、師匠は筆を手にして呪文を唱えた。すると……
「どわっ! れ、霊力が……!?」
現在、私の手元にある予備の絵巻と筆に霊力の反応が出た。びっくりして筆を落としそうになったよ、もう。
あの絵巻とこの絵巻、どちらも私が丹精込めて作り上げたもの。それを豆千世を経由して、同期を取った……ということかな?
えー……正直に言うと、さっぱり原理がわからない! 大陰陽師である師匠のやることなので、実はとんでもない荒技なのかも。
「おぉ、靜の声だな。しばらくぶりだが、息災であったか」
「あ……はい。おかげさまで……って、私の声、豆千世から出てるんですね!?」
「案ずるな、一時的なものだ。こうでもしなければ、やり取りができぬがゆえにな」
マイクしかないはずの豆千世に、スピーカーがついて……この一瞬のうちにすごい改造されてる!
そもそも、「式神を使って他人とコミュニケーションを取る場面なんて皆無!」と思っていたから、音響機能に関しては最初から私の頭にはなかったんだよね。
改めて、師匠のすごさを実感させられる。こんな一廉の人物が、呪われ姫の教師役なんて、よく引き受けてくれたなーと。
才能の塊みたいな未明については理解できるけど、文通相手みたいな私まで弟子扱いしてくれるのは……未だに不思議でならない。




