24. 菊花の宴 2
「こんな感じで……どうだ!」
予備の絵巻と筆を手にした私は、秋晴れの空に向かってえいやと豆千世を飛ばした。
今のところ、挙動は問題なし。地図と現在地の光点もしっかり表示されている。うんうん、急ごしらえにしては上出来!
手持ちの材料や時間の都合上、肝心の撮影機能は再現できなかったけど、映像と音声を取得できるだけでも優秀な代用品だ。式神を偵察として扱う、通常の使い方をするのなら、これで完成と言える。
以前のような撮影はできなくとも、きっと今日のイベント――菊花の宴では、重要な情報を得られるはず。
今回の目的地は……ついにやってきた、宮中こと大内裏! 禎連京の中枢となる場所で、見ているだけでも緊張してくる。
ここはさすがに霊的な警備が他よりも厳重なので、近くで様子をうかがうだけになりそうだ。それでもどうにかして、通りすがりの公家からこぼれ話を拾いたい。
「あっちもこっちも菊の花で……今日はどこも華やかだねぇ」
大禍刻で受けた傷などすっかり消えてしまったかのように、昼下がりの都は華やいでいた。
今の季節は、邪気を払うとされる菊の花が見頃を迎える。都に住まう人々は軒先に菊を飾ったり、菊を浮かべた酒を飲んだりして健康や長寿を祈願する。秋の訪れを告げる風物詩だ。
そして今日、宮中では今上帝の主催による宴が開かれる。高位の貴族や功績のあった者が大内裏に招かれて、持ち寄った菊の美しさを競って歌を詠み、親睦を深めるのだとか。
お偉方が集まる場――すなわち、社交場。そこでは当然、怪しげな噂話が飛び交う。包み隠さずに言うと、黒幕である悪役貴族たちの動向を探りたい。
「隠密機能は全開で行くよ、豆千世!」
私は筆を持つ手に力を込めた。スチル撮影がないので、豆千世に送る霊力はすべて隠密機能に割り当てる。とはいえ、そこまで頑張ったところで、大内裏に式神を侵入させるのは危険が伴う。
私にできるのは、出待ちだ。豆千世を門の近くに待機させて、丁度よく大内裏から出入りする貴族を監視する。
……うん。我ながらずさんな計画だと思う。門なんていっぱいあるし、そんなにタイミングよく噂話をしてくれるとは限らない。でも、他に方法が思いつかなかったんだよー!
一番目に人の出入りが多そうな門は、見つかる危険も高そうなのであえて避ける。次点で人通りが多い門にそれとなく目星をつけて、その近くに豆千世を配置する。
さらなる準備期間が確保できていれば、複数の豆千世を置いて監視できたかもしれないのに……無念。
「――監視って……案外、大変なんだなー」
多様な色の袍や袿を着た貴族たちを眺めること、早一時間ほど。ついに集中力が切れた。
監視とは言ったものの、特定の誰かを探しているわけではないのだから……当然の結果かな。そもそも、私は貴族たちの顔も名前もあまり知らない。原作ゲームに出てくるような悪役であれば、なんとなく区別がつくだろうと高をくくっていた。
「こんな場所じゃ、真日流ちゃんも見つけられそうにないし、思いつきだけで行動しすぎた……」
ここも原作ゲームのとおりであれば、大禍刻での功績と東雲の推薦のおかげで宴に招待された真日流ちゃんが、偶然にも貴族たちの暗躍の一端をのぞき見る……という、シリアス色が強いシーンが続くんだけど、はてさて内部ではどうなっているのやら。
盛大な空振りに肩を落としていると、複数人の笑い声が聞こえてきた。見れば、公務を終えて大内裏から出てきた公家たちが、連れ立って歩いている。
「……ん? あれは……見知った顔!」
その中の一人の顔に見覚えがあった。曲水の宴で見かけた、紋子姫の父親だ。娘の呪いの具合も気になるけど、その父親はもっと気になる存在だ。
彼らはひとしきり門の近くで談笑したのち、二手に分かれて歩き出した。私は驚きながらも迷いなく豆千世に指示を出した。紋子姫の父親である男性の後をつけろ、と。
こっそりと後を追っている間、自然と鼓動が速くなる。
おそらく、彼らは悪役――意図的に都での大禍刻を引き起こして混乱を招く、テロ活動に加担する存在だ。そう思ったところで、のぞき見しているだけの私には、彼らを糾弾する力はない。
だからといって、野放しにしておくのも道理にもとるので、こうしてストーキングしているわけで……ひたすらもどかしい。
豆千世は素早く屋根や塀に飛び移り、彼らとつかず離れずの距離を維持した。そして、かれこれ十分以上は歩いただろうか。たどり着いたのは、ひと気のない静かな寺院だった。
比較的こぢんまりとした敷地の中にも庭木や池があり、手入れが行き届いていることがうかがえる。背の低いモミジの葉が、緑から黄へと移り変わろうとしている。
境内に足を踏み入れる彼らも少し気を緩めた様子で、悪の密談を予感させる。ともすれば、敷地に対して人払いの術が施されている可能性がある。
人払いの術とは、特定の人物と式神以外の侵入を防ぐ簡易な結界を作る技。用途や効果が限定的で、長時間の使用には耐えられないけれど、密談、あるいは密会には必須の術なんだとか。




