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呪われ姫の秘密な絵巻 ~和風乙女ゲームに転生したのでこっそり推し活していたら、都の危機に巻き込まれました~  作者: 有路ちみどろ
 

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23. 菊花の宴 1

「――靜子よ」

「はい。お父様」


 (ひさし)の間に敷かれた円座の上で、私は伏し目がちに返事をした。

 あまり屋敷にいないはずの父が、目の前にいる。私が父の部屋――主殿に呼び出された理由は一つしかない。


「星祭りの日に、屋敷から飛び出したと聞いた」

「……はい」

「今の生活は不満か」

「い、いえ! そんなことは……ありません」


 父とこうして面と向かって話すのは何日……何か月ぶりだろう。親子の会話にしてはぎこちない。昔はもっと普通に、柔らかく話をしていたはずなのに。どこかお互いに遠慮のようなものを感じる。


 私が緊張のあまり声を張り上げると、しばらくしてから父の溜息が聞こえた。


「お前には危険な目に遭ってほしくない。私の望みはそれだけだ」

「よくわかっています。ですが、あのとき……」


 私は途中で口をつぐんだ。ここで式神を使った撮影の話をしていいものか。見た目に反して繊細な父が、どんな反応をするのか今の私には予想できない。もしも「禁止」だなんて言われてしまったら……かなりのストレスだ。


「……なんでもありません。以降、気をつけますので私は自室に戻ります。では」


 何をどう気をつけるのかは明言しないまま、私はそそくさと席を立つ。これ以上ここにいても、うまく話を続けられそうにない。

 視界の端では驚いた父が身じろいでいたが、引き留める言葉をかけるでもなく、おろおろと片手をさまよわせている。


 私は髪を振り乱しながら一礼して、慣れない長袴の裾を踏んだり蹴飛ばしたりしながら移動した。



「あーあ、無駄に疲れた!」


 自室に戻るやいなや、私は御帳台に倒れ込んだ。母屋の外で着物を畳んでいた八重が苦笑する。


「けろっと帰宅した靜子様にはわからないでしょうけど、あの日の基光(もとみつ)様の取り乱しようはすごかったんですよ」

「それぐらいはわかったよ。帰ってきて早々、全力疾走で駆け寄ってきたと思ったら、担がれてここに放り込まれたし」


 名付けて過保護の馬鹿力、と帰宅直後の様子を思い出して私は笑った。

 もちろん、父に対する感謝の気持ちはある。けれども、それをどうやって伝えるべきか……いまだに二の足を踏んでいる。


「でもさぁ。八重もお父様も、私が家を飛び出すことを見越して、あの懸守を用意していたんじゃないの?」


 私が屋敷を飛び出したときから、師匠と別れて屋敷に戻るまで。いろんなことが起きて、懸守に込められた霊力はかなり変質していたはず。

 帰宅後、すみやかに自室に押し戻された私は、ほどなくして深い眠りに落ちてしまった。その際に、八重が身支度やもろもろを整えてくれたらしく、さりげなく懸守も回収されたようだ。


 他ならぬ父であれば、あの懸守に上書きされた霊力……与須殻の存在にも気づいているのかもしれない。


「……そうですね。あの懸守は基光様の発案でこしらえた特別なものです。不測の事態に備えて、数年前から基光様が定期的に術を施し、私が管理をしていました」


 父が作り出す結界は、いつも最低でも二重の構造になっていた。慎重で心配性な父らしいなと、八重の話を聞いてしみじみ思った。


「私もうっすらと妖異の気配は感じ取っていました。それがまさか、大禍刻だったなんて。しかも、そんなときに靜子様が屋敷を出ようとするものですから、急いで懸守を持たせたのです。……靜子様が無事に戻ってくるまで、私が生きた心地がしませんでした」


 恨めしそうに八重が眼帯をつけた右目――昔の大禍刻で負った傷――を押さえた。以前、異界の気配が近づくと古傷がうずく、と冗談めかして話していたことを思い出す。

 私は八重の顔色をうかがうように、声のトーンを落として尋ねた。


「えっと……十年前の大禍刻について、聞いてもいい?」

「もちろん、構いません。お恥ずかしながら、未熟な私は真っ先に倒れてしまい、はっきりとした記憶はないのですが」


 母が亡くなった過去の大禍刻については、大まかな流れはわかっているにもかかわらず、いまだに多くの謎が残っているそうだ。


 たとえば「予見できなかった」こと。それに狙い澄ましたかのように「人通りが多い場所」で発生したこと。いくつか、星祭りで発生したものと共通する。

 それに加えて、星祭りでの大禍刻は人為的なものだということを私は知っている。……それでは、十年前は?


「もしも、あの大禍刻が、人の手で引き起こされたものだとしたら……八重はどう思う?」

「ど、どうって……そんなことはありえません。昔も今も、異界に関する情報や研究は十分とは言えません。そもそも、異界は人智の及ばない場所です。普通の人間が踏み込んでいい領域ではないのです」


 珍しく興奮した様子で八重が語り出す。しかし、その途中で急に勢いが止まった。私は少し不安になりながらも、八重の言葉を静かに待った。


「ですが、十年前の大禍刻から生還したあと……この屋敷にはしばらくの間、宮中から派遣された者による監視がついていました。今思えばあれは、大禍刻に関わる何かを疑われていたのかもしれません」


 八重はそう言ったのを最後に、眉間に皺を寄せて押し黙った。その「何か」がわからないのでは、続きを口にできないということか。

 当時の私は幼く、前世の記憶が蘇ったことで混乱していた。あのタイミングで屋敷ごと監視されていたという話は初耳だ。


 想像よりもずっと複雑で大きな問題が、すぐそばに潜んでいたとは。質問を投げかけた私もどんな返事をすればいいかわからず、小さく相づちを打つことしかできなかった。



「――それにしても、手持ちぶさただなぁ」


 別に謹慎処分を食らったわけでもないのに、私は自主的に自室に引きこもっていた。

 呪われた姫君の外出が、珍事としてどこぞで面白おかしく取り沙汰されていないかと、勝手に思い悩んでいたからだ。そうして悶々としているうちに……ひと月近くが過ぎ去っていた。


 ようやく危機感を覚えた私は、意味もなく母屋をうろついていた。

 このところすっかり気温が下がり、一気に秋めいてきた。袿の襟元を引き寄せ、肩をすくめる。


 あれから、木霊の文には何の反応もない。私から連絡をするのもなんとなく気まずくて、あえて触らないようにしている。


 元々、与須殻というキャラクターは、原作ゲームでも行動が読めない存在だった。優秀な弟子である未明をもってしても、与須殻の居場所を突き止めるのは困難だろう。

 ただし、彼の目的については、もう一人の優秀な弟子である私が知っている。与須殻は不審な境界の歪み、ひいては人為的な大禍刻の真相を追っているのだ。


「私の絵巻、いつになったら返ってくるのかな……」


 師匠のことを思い出したら、絵巻物と筆を預けていたことも一緒に思い出した。こればかりは原作ゲーム知識を持つ私でも意図がわからない。

 おかげで、自堕落な生活に拍車が掛かっている。式神が手元にいても、その霊力を連動させた絵巻がなければ記録活動――推し活ができないのだから。


「真日流ちゃんたちは、どこで何をしているんだろう」


 ある程度は先の展開を予測できるにしても、この手で彼らの活躍を記録できないなんて。まるで、自分だけが世界から取り残されたような気分になる。長い間、こうやって部屋にこもって、一人で過ごしていたのにね。

 彼らを観察して記録することは、すっかり私の心の潤い……もとい、生きがいになっていた。


 私と同じく暇を持て余した豆千世が、小さく鳴き声を上げながら近くの机の上にとまる。視線を向けると、八重が用意してくれたお茶が置いてあった。あとで飲もうと思って放置して、すっかり冷めてしまった。


 湯呑みを手に取ると、器の中で黄色い小菊が揺らめいて、爽やかな香りが鼻腔を通り抜けた。この時季らしい、菊花茶だ。


「菊といえば……『菊花の宴』が近いんだったね」


 菊花茶をすすりながら、私は豆千世に話しかける。豆千世はちょこんと首をかしげた。スチル撮影ができないのであれば、豆千世はただの可愛い愛玩動物(マスコット)である。心なしか、少しふっくらしてきたように見える。


 可愛いは大いに結構。でも、豆千世をそのポジションだけに留めておくのはもったいない。豆千世の活躍の場を与えるためにも、沈みがちな私の気分を高めるためにも、予備として新しい絵巻物を作ってみようか。できるかどうかはともかく、こうしてくすぶっているよりは健康的だ。


 私は喜び勇んで塗籠こと物置に入り、代用品になりそうな絵巻物と筆を物色した。そして、それらしいものを手にして笑った。


「よし、決まり! 記録活動を再開する!」


 明確に意思が固まると同時に、気持ちが高ぶってきた。やっぱり何だかんだ言っても、やめられないんだよなー!

 豆千世をお供にして、無為に過ごした時間を取り戻すように、私は予備の絵巻物の製作に打ち込んだ。


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