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呪われ姫の秘密な絵巻 ~和風乙女ゲームに転生したのでこっそり推し活していたら、都の危機に巻き込まれました~  作者: 有路ちみどろ
 

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22. 幕間 2

 暑さの盛りも過ぎ去った頃。天照学府の一画、陽の当たる校庭にて。

 生徒である一人の少女――真日流は、大きな雲が浮かぶ空を仰いだ。


 学府に入学してから、早くも半年が過ぎた。

 一介の庶民として生活していた去年とは打って変わって、予想だにしない出来事が次々と降りかかってきたが、たくさんの人の手を借りながら必死に生き抜いている。


 そんな真日流の脳裏に浮かぶのは、あのときの一幕。上等な袿をかづいた、自分と同じような年頃の不思議な少女の姿だ。


「たぶん、初対面のはずよね……」


 黒曜石のような瞳を潤ませ、懸命に訴えかけるあの瞬間が、何度も呼び起こされる。

 無視したわけではないし、あのときの対応が悪かったとも思えない。結果的に彼女の訴えは正しかった。それがわかった頃には戦況は大きく変化していて、彼女の姿も消えていた。


 真日流の記憶の中に、思い当たる人物はいない。貴族の知り合いなどゼロに等しいのだから当然だ。

 代わりに貴族の内情に詳しく、かつ大禍刻の現場にも立ち会った学友――と呼ぶには恐れ多いが、東雲の若君に思い切って質問を投げかけた。

 先日の大禍刻で見かけた娘は何者だったのか、と。


「たしかに、現場には不釣り合いな、身なりのいい女性を見かけたという話は耳にした。だが、顔を見ていても誰も『何者かはわからない』そうだ」


 東雲であれば答えを知っているのではないか。勝手に期待を募らせていただけに、結果を聞いたときは自然と溜息が漏れてしまった。

 この学府の生徒で、あの現場に居合わせた者は他にもいる。真日流は人目を避けて過ごしている曉をどうにか見つけ出して、話しかけることに成功した。


「はぁ、貴族の娘? そんなヤツいたか? そもそも、貴族も庶民も、兵士以外は立ち入り禁止だったろうが」


 残念ながら、苦労に見合う情報は得られなかった。曉の言うとおりではあったが、実際にはそうでもなかったのだ。真日流は肩を落として、次なる人物を探す。


 授業の合間を縫って人捜しに励んでいると、未明は意外にもすぐ発見できた。彼は他の生徒から一歩引いた場所で、ひとり静かに過ごしていることが多いようだ。


 真日流には度しがたいが、彼ほどの実力があれば、学府の授業など児戯に等しいのだろう。それでも、せっかく同じ屋根の下にいるのだから、他人と交流するのも大事な学びのはずだ。

 そんなふうに未明を説得して、貴族の娘についての情報を探った。


「あぁ……そういえば、変な娘がいたかもな。僕と同じように、あの人を『師匠』と呼んでいた。……いったい、誰なんだ?」


 質問に対して質問で返されてしまった。これにはさすがの真日流も返答に詰まる。しかし、未明の話によって、かろうじてか細い線が見えてきた。未明の言う「師匠」が、不思議な貴族の娘へと繋がっている。


「師匠がどんな人か、だって? あの人は……普通の人間ではないよ。僕から見ても、規格外の存在だ」


 あの顔を隠した青年が、それほどすごい人物だったとは。真日流はにわかに驚いた。とにかく強いというのは一目でわかったが、周囲を顧みないような言動には首をかしげてしまったのだ。


 悪ではなくとも、善とも限らない。そんな偉大で曖昧な存在については、今は深く追及しないでおこう。まずは不思議な貴族の娘について、独自に調査を進めることにした。



 学府が収集する膨大な資料、その保管場所は、独立した棟として敷地内に建っている。真日流はその棟の入り口付近に設置された、「黒網鏡」という特別な装置を利用して情報を集める。


 見た目は黒水晶のような、大きく平たい円形の鏡。真日流がそこに手をかざすと、霊力によって白い文字が浮かび上がる。

 禎連京の技術者と陰陽寮が協力して開発したという黒網鏡は、学府の他に都の主要な門や、寺社などにも設置されている。

 陰陽寮本部で原盤となる鏡に術者が情報を書き込むと、他の黒網鏡にも同じ内容が文字で浮かび上がるという、霊力による遠隔情報伝達装置だ。


「あの日の――大禍刻が起きたときの情報は、っと」


 ほとんどは緊急性の高い情報――事件や事故、災害といったものに対する警報や注意喚起に用いられているが、ある程度であればさかのぼって閲覧できる。

 とはいえ、中には閲覧規制があるものも多く、それなりに地位のある陰陽師でなければ、すべての情報は取得できない。


 真日流の命令に従って、ふわふわと立ち上る白煙が、徐々に文字へと変化していく。


【概要:星祭り当日、夕刻。神社前の大路にて大規模な『大禍刻』が発生。すぐさま陰陽師や武官といった兵士が駆けつけるも、民家の多い場所ゆえ対応に苦慮。結果:夜遅くに鎮圧完了。建物への被害はあったが、人的被害はなかった。対策:未登録の式神が活動した痕跡多数あり。調査中。また、大禍刻の発生源に不審な点があり、これも調査を進める。】


 これは事件が一段落してから、調査員が当時の報告を簡潔にまとめて、読みやすく編集された報道用の情報だ。

 駄目で元々と構えてはいたものの、ここまで表面的な情報しかわからないとは。


 当てが外れた真日流は失望で肩を落とし、黒網鏡に背を向けた。そして、夕食を済ませるために生徒用の食堂へと向かった。



 夕食の時間にはまだ早い時間帯で、食堂を利用する生徒の数はまばらだった。

 徒労で落ち込んでいる真日流にとっては、静かな方がありがたい。真日流は軽食と飲み物をお盆に載せて、壁際の席に座る。


 考え事をしながらでは、食もあまり進まない。ひっそりと静かに箸を動かす真日流に、近づいてくる者がいた。


「よっ! なぁに難しそうな顔してるのさ」

「亜佐ちゃん!」


 真日流の友人である亜佐だ。亜佐は真日流と同じ庶民上がりの女子生徒で、気心の知れた同級生である。彼女は真日流の隣の席に座り、屈託のない笑みを浮かべた。


「今度は何に悩まされてるんだか。私でよければ、相談に乗るよ?」

「ありがとう。……でも、深刻な悩みじゃないというか、人を探しているのよ」

「おや、珍しいね。失せ物探しかい?」


 真日流と亜佐は境遇が近い。尋ねるまでもなく、貴族社会については疎いだろう。しかし、自分のことを気に掛けてくれる、その力強くも細やかな気配りが真日流にはとても嬉しかった。


 気をよくした真日流は自分が探している貴族の娘について、身振り手振りを交えて亜佐に説明する。

 それを面白がるように耳を傾けていた亜佐は、話が一段落したところで「これは、関係ないかもしれないけどさ」と呟いた。


「あの日、私は実家の……出店の手伝いをしていたんだ。そしたら、急に退避命令が出てね。もう商売どころじゃなくなって、周りの店の人たちと一緒になって慌てて撤収したんだよ」


 都の中で大禍刻が発生するなど、ほとんどの民衆にとっては前代未聞で、とても恐ろしい状況だったはずだ。そんなことなどおくびにも出さずに、亜佐は軽快な語り口で話を続ける。


「移動してるときに、誰かが言っていたんだ。『呪われた姫が屋敷を飛び出した』ってさ。もしかして、大禍刻の発生と関係があったのかな、なんて今になって思ったんだよね」

「の、呪われた姫……?」

「そう、物騒な響きだろう? 妙に引っかかったから『辻絵巻』で調べてみたら、それっぽい貴族の娘さんが実在するんだって」

「どういう人物かはわかったの?」

「さすがに、名前も容姿も不明。でも『呪われ』なんて言われてるくらいだし、角とか牙とか……こわーい見た目をしているんじゃない?」


 亜佐の言う「辻絵巻」とは、一枚刷りの絵と簡単な文章からなる情報紙のことである。文字が読めずとも、絵を見れば大まかに内容が把握できるので、庶民のあいだで広まっている。


 真日流は目から鱗が落ちるようだった。頭の中でその存在がすっぽりと抜け落ちていたからだ。亜佐の言葉を借りるなら、ものすごく「それっぽい」ではないか。



 ――それから数日後。授業がない休日の、穏やかな昼下がり。真日流は意気揚々と都へ出かけた。目的地は古巣である「詞屋」だ。


 真日流が通っていた詞屋では、過去に発行された辻絵巻を集めて管理していた。それを読み解けば、何か手がかりが得られるかもしれない。


「こんにちはー……って、今日はここもお休みよね」


 軽い木造の引き戸を開けて、おずおずと挨拶をする。半年ぶりに訪れた学び舎は、拍子抜けするほど静かだった。数人くらいは見知った生徒がいるかと思いきや、今日は誰もいないらしい。

 詞屋に通う生徒の中でも特に親しい少年がいたのだが、あいにく不在だった。薬師として貴族の屋敷にも出入りしている彼ならば、変わった情報を持っていたかもしれない。


 なお、事前に連絡をしていた塾長とは話をすることができたので、今回の目的を簡単に説明しておいた。塾長は終始、目を細めて、真日流の学府での健闘ぶりを喜んでいた。


「えーと、『呪われた姫』については……」


 塾長が用意してくれた辻絵巻の綴りを、慎重にめくっていく。辻絵巻はあくまで大衆向けで、必ずしも正確な情報紙とは言えない。それを念頭に置いてから読み始めなければ。


 最新号は先日の「大禍刻について」だった。それから数枚めくったところで「呪」という文字が目に入り、真日流は食い入るように辻絵巻に顔を近づけた。


【怪奇! 若き歌人、おぞましき呪いに身を蝕まれ宴に出られず!】


 無駄に仰々しい見出しが目を引くが、問題はその内容だ。

 記事によると、とある弁官の娘が「呪い」を受けたせいで、得意の歌を披露できずにいる、とのこと。しかも、どんな薬師も治癒術師も歯が立たないほどの呪いなのだ、と。


「なんてこと! これが本当なら、強力な浄化の力を必要としているのかも」


 と、そこまで言いかけて、真日流は思い出した。あのとき出会った娘は大声を張り上げ、傍目には健康そうだった。

 では、この辻絵巻が指す「呪い」とは何か。真日流は再び記事に目を通す。恐怖心を煽るような調子の記事は、こんな文章で締めくくられていた。


【『呪われた姫君』といえば、思い当たる人物がもう一人いたはずだが……彼女は相変わらず謎に包まれたままで、今も動向は誰にもわからない。】


 強固な結界に守られた安全な都にあって、こんなにも呪いが蔓延していたとは。真日流はうなだれて、辻絵巻を閉じた。

 結局、謎は謎のままだ。真日流はただ一言、彼女に謝意を伝えたかっただけなのに。


「……大丈夫! 私が『呪い』を払ってみせるわ!」


 信じられる情報はわずかでも、おごることなく、自分にできることをするしかない。真日流は決意に満ちた表情で、詞屋を後にしたのであった。


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